125話 救出の策
俺はカクレンからの手紙を読み、怒りで震えが止まらなかった。エンがカクレンに捕まった。返してほしければ一人で来いと言ってきている。
「おい、ユウ。まさか一人で行く気か」
「行く。エンの命が危ない」
「止めろ。行ってはカクレンの思う壺だ」
シャカイは俺を遮るように前に立った。絶対に一人では行かせない気だ。
「どけ。これは俺の問題だ」
「違う。お前は大将軍で、カクレンは夏の女王だ。これは国の問題だ」
「じゃあどうすればいいのだ。エンを見捨てろというのか」
「見捨てない。助けるしかない。とりあえず上庸に向かうぞ」
◆
上庸に着くと、シュクユウが泣きながら俺に抱き着いてきた。
「エンさんが!エンさんが!」
「...気にするな。カクレンがここに留まっているとは思ってもいなかった。俺の判断が間違っていた」
夏はエンを捕虜とした後、攻撃は仕掛けていなかった。東晋の軍は遠巻きに上庸を囲んでいた。捕まって一週間は経っているだろう。俺はあの夜、カクレンの洗脳魔法に何度も落ちそうになったことを思い出し、エンが同じ目にあっていると思うと胸が張り裂けそうであった。俺はフリョウの符術でなんとか耐えることが出来たが、エンには何もない。目から涙が溢れてきた。
「ユウ。俺に考えがある」
「よい考えがあるのか....」
俺は顔を上げてシャカイの目を見た。ここはシャカイの知恵に頼るしかなかった。
◆
ユウから返書が来た。カクレンは少しドキドキして手紙を受け取った。果たして一人で来るのか。次に会ったら殺すと言ったことも忘れ、まるで少女のように胸を高鳴らせた。
手紙を広げ、一文字一文字、読み飛ばさないように丁寧に読んだ。
突然、頭が割れそうな痛みに襲われた。目が眩む。
「な、なんだこれは...」
手紙の字が何重にも見え、読むことが出来なかった。
「カクレン様!」
侍女が駆け寄ってきて、カクレンの肩を支えた。
「これはどうしたことだ...代わりに手紙を読んでくれるか...」
侍女はカクレンを横に寝かせ、手紙を読み始めた。侍女が読み終えた時に、カクレンは怒りがこみ上げてきた。
(エンを解放し、東晋に降伏せよ)
手紙には要約するとそう書いてあった。
「これは洗脳の魔法だ!妾をこのような手紙で惑わそうとするとは許せん!」
目眩はまだ収まらず、カクレンは立ち上がろうとしたがすぐによろけた。
「カクレン様。少しお休みになってはいかがでしょうか」
カクレンは今にもエンを処刑して、撃って出たかったが、まともに立つことも出来ず、侍女の勧めに従った。
その夜、異変が起きた。手紙を代わりに読んだ侍女が、その内容に従い、エンを解放して東晋に降伏したのである。
◆
「フリョウの手紙の効力は絶大だな」
シャカイは建康に早馬を走らせ、フリョウに手紙を書かせていた。フリョウはエンの危機を何よりも優先して手紙を書いた。
「読んだのはカクレンではなかったのか」
「ああ、あわよくばカクレンが降ってくると思ったが、そう簡単にはいかなかったな」
俺は軍営を飛び出し、エンを抱きしめた。体が冷たかった。
「ユウ...ごめんなさい」
「大丈夫だ。カクレンに洗脳されなかったのだな」
「......あなたのことを考えていると、跳ねのけることが出来たわ」
俺は涙が出て来た。エンも泣いていた。エンとの婚姻は魏のヨウカを説得する為の半ば方便なのだ。その方便のはずのエンが、これほど俺を思ってくれていることに、胸を打たれた。アイに感じている感情とは違うものがこみ上げて来た。いつまでもエンを守りたいと思った。
エンの心は満たされていた。失った愛以上の愛を手に入れたと感じた。いつまでもこの大きな体に身を埋めていたいと思った。
◆
エンが侍女の手で解放されたと聞き、カクレンは狂わんほどに怒った。鉄鞭を持ち近習たちの首を刎ねた。
「くそ!ユウめ!妾を何だと思っているのだ!」
近習たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。カクレンの鉄鞭が届く範囲には誰もいなくなった。
「襄陽に貼りつかせている軍を呼び戻せ。ユウを討つ」
「ですが、それでは襄陽の東晋軍もこちらに来ます」
「うるさい!そんなことは分かっている!」
カクレンは作戦が失敗したと感じていた。上庸でユウを待たず、自ら荊州中南部を侵略するべきだったと後悔した。江陵に向けた軍も、長沙に行った軍も東晋に撃破されていた。
「せめてユウだけは奪う」
カクレンは、これだけ怒りを覚えても、まだユウを欲していることに気づき軽く驚いた。今頃、エンはユウに抱きしめられているのであろう。カクレンの心にはどこか羨望の思いがあった。




