123話 女の闘い
上庸に籠る夏軍は一万五千と、東晋の二万より少なかったが、カクレンは出撃を選んだ。
「撃って出て来るとは、あの女は相変わらずね...」
「エンさん。ここはわたしが行きます。あなたはユウの大事なお方ですから」
「あら、あなたもユウの子供を産むと言ったそうじゃないの」
「ええ、諦めていませんわよ」
シュクユウはそういうと飛刀を太ももに括り付け馬に乗った。南蛮兵二千が周囲を固めた。
「ふん。異様な奴らが出て来たな」
カクレンは、半裸で獣の骨で出来たような兜に、毛皮のマントをつけた南蛮兵を見て、馬腹を蹴った。真ん中にいる女の将軍。小麦色の肌は、この冬の季節に似合わず、艶やかであった。
「カクレン!いつまでもユウに付きまとう悪魔め!」
「ん?なんだ、お前もユウを狙っているのか」
シュクユウの叫びに、カクレンは妖しく笑った。
シュクユウの双剣と、カクレンの鉄鞭がぶつかり合った。
「うぐっ.....」
シュクユウは馬ごと吹き飛ばされた。体勢を整えた時に、カクレンの鉄鞭が振り下ろされた。
「くう!」
「なんだその程度で妾を討てると思ったのか!」
鉄鞭の一撃、一撃が重たかった。シュクユウは剣を振ることも出来ず防戦一方であった。
「死ね!お前ごときにリュウユウは渡さん!」
「黙れ!わたしはユウの子を産むのだ!」
カクレンはシュクユウの言葉に呆れて、ポカンと口を開けた。鉄鞭の連打が一瞬止まった隙に、シュクユウは双剣で鉄鞭を跳ね上げ、馬首を返し逃げた。
「雑魚が!敵に背を向けるのか!」
シュクユウは太ももの飛刀を手に取り、矢継ぎ早に放った。
「そんな小細工が通じると思ったか」
「喰らえ!」
振り向きざまに双剣を薙ぎ払った。カクレンはニヤリと笑い、片方の鉄鞭でそれをいなすと、もう片方の鉄鞭を振る。鉄鞭の先が、シュクユウの胸元を掠めた。
「あっ!」
シュクユウの胸の装甲が宙に舞った。豊かな双丘が露わになった。
「ふん。無様なものだ。お前では相手にならん。ハクエンに代わってもらえ」
「く、くそ!なんて屈辱なの......」
「お前の首など興味はない。引っ込んで、その大きな胸を揉みながら泣いていろ!」
「....き、貴様!」
シュクユウが双剣を構えようとしたとき、「待ちなさい!」という声がした。
エンであった。
「シュクユウ、下がりなさい。ここはわたしに任せて」
「エンさん.....でも.....」
「その様子では戦うのは無理だわ。あなたは夏の兵を討って」
「.....うう、わかったわ」
シュクユウは離脱し、歩兵同士でもみ合いになっているところに介入した。
「ハクエン、久しいな」
「......カクレン」
「ケイに飽き足らず、ユウにも手を出すとはな。ユウも殺す気か?」
「黙れ!」
エンは水流剣を払った。カクレンはそれを顔を傾けるだけでかわした。
「お前も変わらんな。すぐにムキになる」
「貴様に言われたくない!」
撃ち合いが始まった。水流剣と鉄鞭。水しぶきに光の輪が反射して輝いていた。カクレンはシュクユウと撃ち合った疲れなどないようであった。それどころか益々、鋭くなっていた。逆にエンの方は、疲労が出始めていた。
「どうした!ハクエン!動きが鈍くなってきたぞ!」
「う、うるさい!はあ.....はあ......」
エンは鉄鞭を受ける手が痺れてきた。剣を握る感覚が次第に鈍っていく。カクレンはその様子をみてニヤリと笑う。
日が落ちてきた。冬の夜風は冷たいが、エンにもカクレンにも関係が無かった。
「ふふふ。今日のところはこの辺にしておいてやる」
「......はあ....はあ.....まて、逃がさぬぞ」
「ふん。強がるな、また相手をしてやる」
カクレンは笑いながら引き上げていった。エンはそれを見届けると、疲れで馬から落ちてしまった。全体の戦況としては互角であった。シュクユウが怒りに任せて、夏の歩兵に突っ込んでいったが、本体の動きが出来ず崩すまでには至らなかった。
「エンさん、ごめんなさい......」
「気にしないで......カクレン相手に死ななかっただけでも十分だわ」
エンはまだ手の震えが止まらなかった。カクレンは以前より強くなっている。それに引き換え、エンは体力も落ち、動きが冴えなかった。明日もカクレンは攻めて来るだろう。上庸を奪還せよという命であったが、カクレン相手にそれは難しいと思った。せめてユウが戻るまで持ちこたえないといけない。
「まともに相手にすると持たないわ......」
「ええ、明日からは守備に徹しましょう」
夜風が闘いで火照った体を冷やした。星空が澄み、冴えわたる。エンもシュクユウも疲れ果て、泥のように眠ってしまった。
夜中、どこか遠くで鐘がなる音が聞こえているような気がした。その音が徐々に大きくなる。
エンはハッとして跳ね起きた。既に東晋の本陣は燃えていた。




