122話 読み合い
「なあ、ユウ。お前さん本当にエン様を娶ったのか、嘘だよな」
「いや、本当のことだ」
フリョウは肩をがっくり落として建康に帰っていた。まあ仕方がないことだ。俺をヨウカに引き合わせたのはフリョウなのだ。こうなることも想定してもらわないと困る。
「そういえば、もう一人、エンに告白したやつがいたな...」
だが、シャカイはあっけらかんとしていた。逆に「俺は引く手あまただからな」と、むかつく言葉を吐いた。俺は心配して損したと思った。
◆
「そうか。東晋は魏と同盟を......」
その情報はカクレンのもとにいち早く届いた。まだ、どちらの国も同盟を結んだとは公言していない。
「リュウユウはまさか自分の従者が我が国の間諜だとは思ってもいないだろうな」
「どうするおつもりで。手を打たねば、貴重な情報も無駄になりますぞ」
「アリよ。この知らせを自ら伝えに来たということは、何か策があるのであろう」
「奇襲をかけることです。東晋に取って奪われると痛い場所を取りましょう」
宛、新野、襄陽の防衛線は固い。その一方で、漢中から益州方面は薄い。東西に長い東晋は、江東と荊州を本拠地だという意識が強い。漢中、益州は支配が完全に及んでいるとは言い難かった。
「カイオンは東晋の配置を細かく知らせてきてます。宛は防備が堅く、魏の干渉を受けるかもしれません。ならば突くのはここです」
アリは地図の一点を指さした。
上庸。
漢水を下り、一気に奇襲をかける。カイオンの情報では守備兵は千人しか置かれていなかった。
「ここを取ると荊州を深く抉ることも出来ます」
「ふむ。こんな重要な場所の守備を怠るとはな......」
「長安をまだ狙っているのでしょう。前のめりな配置ですな」
「出陣する。決して悟られるな」
◆
夏の軍が上庸を落とし、荊州に侵入してきた。
全く想定外の事態に、俺もシャカイも顔面蒼白であった。荊州の北に軍を集結させていた。夏との決戦はやはり潼関から始まると思っていたからだ。
上庸には千の守備軍がいた。特段、警戒を怠っていたわけではないが、場所の重要度の割には手薄と言えば、手薄であった。上庸を抜いた夏軍は、軍を二手にわけ、俺のいる襄陽には七万の軍を貼りつかせ、残りは荊州の中南部を狙ってきた。
「このままでは、毒が回るように荊州が浸食されていくぞ」
シャカイは慌てていた。急いで地図を広げ、各都市の守備軍の状況を俺に説明した。
非常にまずい状況であった。江陵はじめ、ほとんどの都市が数千の守備軍しか配置されていない。おまけに荊州中南部に侵攻してきた夏軍がどれほどの規模なのかも把握できていなかった。
「夏の軍事力から考えるに三万ぐらいだろう」
「援軍に向かうぞ」
宛のドウサイの五万は動かせない。潼関に対する抑えに必要なのだ。襄陽にも守備軍が必要で、荊州中南部に回せるのは四万がいいところだ。
「どうやら襄陽に来た夏軍にはカクレンはいないようだな」
「ああ、そのようだ」
俺はカクレンがいれば気配で分かる。あの身の毛のよだつ気配は別格だ。それにあの夜を過ごしたことで、俺のカクレンに対する感覚は研ぎ澄まされたと感じていた。
「ユウ、すぐに行くぞ。一刻を争う」
襄陽にはカンシュクとチンアクに八万を預け守備させ、俺は騎馬隊を中心とした四万で出撃した。
俺の軍を遮るように、夏軍が現れたが一撃で蹴散らすと、それ以上は追ってこなかった。
「ユウ!カクレンは軍を三つに分けて侵攻している!」
ギエイが馬を走らせながら伝えてきた。
「カクレンはどこに向かった!」
「それは分からない!」
カクレンならどこへ行く。俺は必死に考えた。江陵のような要衝を狙ってくるのか。だが、カクレンはもっと奇抜なことをしてくると思った。根拠は無い。全くの勘であった。
「ユウ!俺たちも軍を分けるべきだ。個別に対処しないと、野火のように広がってしまう!」
「分かった。ケイシャンは江陵へ!エンとシュクユウは上庸奪還!俺は長沙へ行く!」
「長沙だと!そんなに遠くに行くのか!」
「カクレンがいる気がするんだ!」
「......なんだと!お前の勘か!分かった!行くぞ!」
俺は一万の騎馬を切り離し、シャカイ、モウチョウと共に長沙へ向かって駆けた。ケイシャンは一万で江陵へ、エンとシュクユウは歩兵も含む二万で上庸奪還の為に動いた。
◆
カクレンは上庸でユウが来るのを待った。十万の軍で荊州に侵入し七万を襄陽に向かわせ、残りの三万で上庸を奪った。そこでさらに半数を切り離し、荊州中南部に侵攻させた。
カイオンから荊州の配備の情報が伝わっていた。荊州北部に大軍が置かれていたが、中南部の各都市にはどこも数百か数千の軍しか配備されていなかった。江陵、長沙、武陵といった都市を制圧できれば、荊州の機能はほぼ麻痺するが、撹乱するだけでも十分であった。
「カイオンから知らせが来ています」
「うむ。リュウユウはこちらに来ているか」
「い、いえ。長沙に向かっている模様です」
「な...なんだと」
カクレンは鉄鞭で机を叩き割った。
「リュウユウ!妾が待ってやっているのに、何故ここに来ないのだ!」
「上庸にはエンの二万が迫ってきています!」
「......エン。まあいい。あの女にも因縁がある」
◆
「おい、ユウ!夏の軍が見えないぞ!」
夏軍はわずか千の騎馬隊で長沙付近の村を焼いただけであった。カクレンの気配は感じなかった。
「まさか俺の勘が外れたのか......」
カクレンと干戈を交えるまえから負けていた。急に嫌な予感がして背筋が震えた。
「シャカイ、すまない。上庸に行くぞ」
「ああ、それがいい。この辺の夏軍はモウチョウに任せるのだ」
俺は背筋の震えが止まらなかった。馬腹を蹴り、必死に駆けた。




