121話 ヨウカとの対談
フリョウは建康に戻らず、襄陽へ向かった。ヨウカとの対談は1カ月後となった。それまでにユウと話合う必要があった。対談の場所は寿春だ。魏の領土であるが、東晋との国境も近い場所だ。
「俺は会いたいなんて言ってないけどな」
「そういうなよ。会わないで済むわけないだろう」
魏との同盟はフリョウだけでも決められる。だが、エンの身柄引き渡しは俺の判断が必要だと言うのだ。
「引き渡しを断るとどうなるのだ」
「同盟は無い。だが、それもお前さん次第だ」
「何か良い策はないのか」
「お前さんが考えることだ。はっきり言って、俺もエン様の引き渡しなど反対だ。絶対に処刑されてしまう。だが、これはお前さんが覚悟きめて、ヨウカを説き伏せなければならないことだ」
それ以上の話は無かった。結局、フリョウは、俺が考え決める必要があるというのを言いに来たようなものであった。
◆
「エンさん...話は聞いたか」
「ええ...こうなっては仕方ないわ。わたしを魏に引き渡して」
「それはダメだ!何の為にエンさんはここに来たんだよ!」
はっきりした答えはなかった。江東の地に何か惹かれるものがあった。それがユウという存在であったのだ。
エンは朝鮮半島にある小国の公女であった。燕に破れ、カクという将軍の配下になった。そしてカクを愛した。そのカクは秦との戦いで死んだ。カクを討ったのはケイであった。秦の捕虜となり、ケイの部隊の副官になった。ケイはカクの仇であり、いつか恨みを晴らすという気持ちもあったが、ケイと一緒に過ごすうちに、そのような気持ちは無くなっていった。
ケイを愛した。最後は添い遂げたと思った。だが、あの夜、ケイは違う女の名を呼んだ。激情にかられ、エンはケイを剣でその胸を貫いた。結局、ケイは誰とも心を通わすことがなかった。表面上は優しい男であったが、実際は違っていたのだ。
逃げた。自害しようとは思わなかった。江東に何かがあるという予感があり、ひたすら走った。
ユウに初めて会った時、ケイが生きていたのかと思った。体の大きさも、性格も何もかも違う。なのに纏う雰囲気は同じであった。だが、ケイとユウとでは決定的に違うものがあった。それは心の奥底にある温もりであった。
なぜ、ここに来たのかという答えはずっと探し続けていた。だが、不意に気が付いた。
「わたしは、温もりを求めている」
愛する者を失い、愛する者を殺した。温もりが欲しかっただけだった。
エンはユウの胸に飛び込んだ。涙が止まらなかった。
「エン...」
抱きしめてくる腕の強さが心地よかった。
◆
対談の日が来た。
俺はケイシャンを護衛につけた。エンとフリョウもいる。何かあれば騎馬隊で離脱するつもりであった。
寿春には既にヨウカとサイコウが来ていた。
「お初にお目にかかる。東晋の大将軍リュウユウです」
「...ヨウカよ」
皇帝であるヨウカが上座だ。俺は低い場所に座った。本来であればヨウカは見下ろすのであろう。だが、俺が大男であるので、視線の高さは同じであった。
沈黙が続いた。フリョウもサイコウも固唾を飲んで見守っていた。
「エン...ハクエンの引き渡しに応じてくれるわね」
「......」
俺は答えなかった。ヨウカは少し苛立っているようであった。
「聞こえなかったのかしら。ハクエンの引き渡しを求めるわ」
「...断る」
「なっ!気は確かなの?同盟は無いわよ」
「分かっている。だが、断る」
「......正気じゃないわね。あなた何しにここに来たの」
「同盟の為だ。だが、エンは引き渡さない」
「馬鹿な。引き渡しが同盟の唯一の条件よ」
沈黙が流れた。ヨウカの顔は怒りで赤くなっている。サイコウは難しい表情で腕を組んでいた。フリョウは落ち着きなく、俺とヨウカの顔をキョロキョロと見ていた。
「...なあ、ヨウカさん。あなたには愛する人がいるのかい」
「なにを!無礼だぞ!」
「ケイという人を愛していたんじゃないのか」
「だったら何だっていうのよ!」
「愛する人を引き渡せと言ったら、あなたは素直に引き渡すのか」
「.......」
「だから、引き渡しはしない。これは私情だ。同盟はする。これはお互いの国の利益の為だ」
「詭弁を...あなたはあの女を愛しているというの」
「ああ、愛している。俺はエンを妻にしたんだ......」
ヨウカは驚いていた。フリョウは動転して倒れそうであったが何とか堪えていた。
「人前で恥ずかしくないの......呆れたわ」
ヨウカの顔から怒りが引いていった。
「呆れるといいさ。これが俺という男なんだ」
「分かったわ。同盟は結ぶ。あなたはハクエンに殺されてしまいなさい」
そう言うとヨウカは話は終わりだと立ち上がった。俺も立ち上がり、あとはフリョウとサイコウで話合ってくれと言った。
外に出るとヨウカが立っていた。
「あなた不思議な男ね.....ケイにどことなく雰囲気が似ているわ」
「エンにも言われたよ」
「あの報われない女にも幸せが訪れたということなのね...」
「許せないか?」
「当たり前よ。でも、ケイはわたしを愛してくれなかったわ。ハクエンを追うのは皇帝としての意地なのよ」
威信に関わるということなのであろう。そして俺はヨウカもまた悲しい女なのだと思った。
「俺はカクレンを討つ。それでいいな」
「ええ。邪魔はしないわ。カクレンは魏にとっても因縁の相手よ。討ってちょうだい」
こうして同盟は成った。東晋にとっても、俺にとっても大きな一歩であった。




