119話 大将軍
キョウテイの元、新たな体制が築かれていった。政治の実行を担う大臣にはフリョウが立った。朝臣を説き伏せた能力は、やはり軍師より政治家に向いていた。本人も満更ではない様子であった。皇帝を護る禁軍の将軍にはドウキを任命した。これは既成事実として認められた。
そして俺は荊州刺史にして、大将軍となった。東晋ではシャアン以来の大将軍の誕生である。俺の大将軍任命は満場一致であった。エン、ドウサイ、ケイシャン、シャカイ、カンシュク、チンアクも将軍として改めて追認された。感慨深かった。ただのチンピラだった男が、ついにシャアンに並んだのだと思った。
「おめでとう。ユウ」
俺は真っ先に京口にいるアイに大将軍就任の報告にいった。アイはとても喜んで涙ぐんでいた。
「おいおい。こんなことで泣くなよ」
「こんなことでって......だって、あの馬鹿で、歴史もしらなくて、助平で、変態のあなたが大将軍なのよ。感動せずにはいられないわ」
「ちょっと、その言い方!」
「ははは!とにかくおめでとう」
笑いあった。幸せであった。
だが、大将軍になった重責は重い。そしてその先にあるものは、ボクシにしか語っていない。それは皇帝になることであった。転生した時に定めた目標であり、この体の持ち主が寒村にいた時に、リュウホウのようになりたいと言っていた。それがあと一歩で実現しそうであった。
野望というものではない。何のためにこの世界に転生してきたのか。その答えが皇帝であるのかも分からない。だが、どうせなら天下を取りたい。それだけであった。
その前に大きな障壁がある。
言うまでもなくカクレンである。これを討たない限りは戦乱は終わらない。
俺はアイと寝室で転がりあった。あの時のように。夜が明けるのが早かった。
◆
荊州へ帰路についた。荊州刺史として赴任するということでもある。
カイオンはまめまめしく働いた。気が利いて、俺が望むものを先回りして用意した。喉が渇いたと思えば水筒を差し出し、疲れたなと思えば、俺が命じるより早く休憩の指示を出した。俺のことをよく観察しているのだろうと思った。将校の才能は無いが、従者としては最高であった。
馬もよく乗りこなす。長安にいた兵なら当然なのかもしれない。
「もうすぐ江夏につきます」
「ああ、襄陽についたら作戦会議を開くから諸将を集めてくれ」
急いでいたわけではないので、ぼんやり釣りをしながら今後の事を考えた。潼関の一帯を巡り、東晋と夏と魏とで三すくみの状況となっている。
「なあ、魏は何を目指しているのだろうな」
夏は匈奴の旧領の奪還という悲願のようなものがある。東晋にも一応は華北の回復という国是はある。だが、魏にはそれらしきものは聞かない。
俺の方の竿には魚は全くかからなかった。隣にいるカイオンは次々と釣っている。
「魏がどうとか、わたしには分かりません」
「そうだな...ただの独りごとだと思ってくれ。それにしてもどうしてそんなに釣れるのだ」
「コツがあるのですよ。教えませんけどね」
「ふん。むかつくやつだな」
カイオンが魚のはらわたを綺麗に取り除き、串に刺して火であぶっている。魚の脂がポタポタと滴り落ち火に落ちると、ジュっという音を立てる。いい匂いがしてきた。本当に何でも出来るやつだなと思った。
江夏にはシャカイがやってきた。フリョウが建康で大臣となった為、軍師が不在であった。シャカイは将軍の地位に就いたが、俺は参謀として手元に置くことにした。襄陽での作戦会議の前に、色々と話がしたかったので、先に呼んだのだ。
「なかなか旨い魚ではないか」
シャカイが綺麗に骨を取り除きながら食べていた。俺は頭からむしゃむしゃと嚙み砕いた。それほど骨は気にならないなと思った。酒が運ばれ、兵たちも飲んでいる。カイオンの姿はなかったが、裏で追加の魚を焼いたりしているのだろうと思った。
「シャカイ。魏をどう思う」
「大国だが野心はない」
「どういう意味だ」
「夏は因縁の相手だ。これを滅ぼして華北は統一したいだろう。だが、それ以上は版図を広げようとはしないだろうな」
「なぜ、そう言い切れる」
「勘だ」
「おい」
「冗談だ。お前のセリフを言ってみたかっただけだよ。いいか、東晋と魏は揚子江を境に、広く国境を接している。南燕だった地域もだ。なのに戦は、潼関周辺でしか起きていない」
「そうだな。俺も何故だろうと思っていたのだ」
「淝水の戦いは知っているな」
「ああ...」
「魏は、秦が淝水の戦いで百万を擁しながら敗退し、その後、滅亡に進んだことを反面教師にしているとみている。つまり、中華全土を支配することは魏にとって益が無いのだ」
「そうなのか」
「そう見ている。フリョウに言って一度、魏の女帝ヨウカに使者を送ってみることだな」
やはりシャカイは全体をよく見ているなと思った。ボクシに隠れてはいたが、シャアンと同族であり、名門の出なのだ。戦略家として素質は高そうであった。
襄陽に諸将が集まってきた。カンゲン打倒の旗上げをした27人は半数近くになっていた。戦死したもの、病に倒れたもの、裏切ったものなど、多くのものがこの世を去った。
大将軍になった代償は大きい。それでも、俺は成り上がりここにいる。将軍となったドウサイやシャカイ、カンシュクなど俺が小さな部隊の隊長だったころからいるものたちは、誇らしげな顔をしていた。
「魏のヨウカに使者を送り、様子を見ようと思う」
俺はシャカイと話したことを皆に伝えた。魏がそれでどう出るのか見定めたかった。
「それまでは戦に備えて待機だ」
カイオンが皆に酒と料理を出した。その日は昔の思い出話で盛り上がった。
北から吹く風の音が大きかった。




