118話 恭帝
皇帝アンテイの葬儀はその在位期間の割に簡単なものであった。魏などの国からの弔問もなく、淡々と儀式が行われていった。
後継を定めてなかった。重度の知的障害を持っており、子を成すことが出来なかった。誰もが次の皇帝に誰を据えるか虎視眈々としていた。
候補は二人に絞られていた。ジョセンシやトウリョウといった有力者は、シバジュンを推していた。アンテイと違い健常者だ。実際に地方都市の太守の任についたこともあり、誠実で有能であった。シバジュンが皇位につくのであれば東晋は暫くの間は安泰だと思われていた。
「やはりジョセンシたちはシバジュンを推してきたか」
「順当ではないのか?」
「血統としては遠いのだ。シバジュンが即位すると必ず荒れる」
「では、お前は誰がよいと思うのだ」
フリョウは少し考えるふりをした。俺は「いいから早く言え」と促した。
「シバトクブンだ」
聞いたことのある名であった。皇帝アンテイの世話役として常に側にいた人物であった。かといって、ただの世話役ではなく、アンテイの弟であった。知的障害を持つ兄をよく支えていた。カンゲンによる簒奪の際も側にいた。俺は会稽の幽閉先からアンテイを逃がした際に、一緒に居たのを覚えていた。
ジョセンシとトウリョウは俺が、次の帝位にシバトクブンを推してきたのは意外だったようだ。そういうことに関心のある人物だと思われていなかったのだ。
朝廷は割れた。シバジュン派とシバトクブン派の争いといってよい。連日、どちらが皇帝にふさわしいか論争が行われた。
実力か血統か。
ジョセンシはシバジュンのこれまでの功績を並べた。太守歴があり、反乱軍の鎮圧もしたことがある。夏のカクレン、魏のヨウカ。ともに女傑といってよい。これに並び立つには実力が必要だと言った。
俺はそれを腕を組んで聞いていた。弁舌は全てフリョウに任せた。シバジュンの実力など、所詮は太守止まりのものだ。そんなものは皇帝の資質ではないと言い放った。皇帝に必要なのは由緒正しい血統だと言った。晋を建国したシバエンとより血が近いものが皇帝になる。そうするとアンテイの弟であるシバトクブンしかいないと言った。
どちらも理がある。だが、次第に情勢は俺たちの方に傾いていった。その理由は言うまでもなく俺の存在だ。東晋最大の兵力を有する俺がシバトクブン派なのだ。それに大男の俺が腕を組んでじっとしているだけで威圧感があった。
俺に近づき、贈り物などをしてくるものも多かった。シバトクブンが皇帝になったあかつきには、取り立ててくれということであった。俺はそういったものを、固辞して受け取らなかった。これを受け取ってしまうとカンゲンと同じだと思った。
すると掌を返すように、俺から離れてジョセンシの方へいくものたちが増えた。シバトクブンが皇帝になっても自分たちには理がないと思ったのだろう。優勢に傾いたシバトクブンは再び、劣勢になった。
「まったく、馬鹿正直なのも困りものだな」
「賄賂など受け取るつもりはない。カンゲンのようになりたくない」
「分かっている。だが、シバジュンを推すことが大きくなってきているぞ」
「......そうだな。どうしたらよい?」
「ふん。少々乱暴だが、久々にあれをやるか」
「ずるだぞ、それは」
「綺麗ごと言うなよ。ジョセンシは賄賂を受け取っているのだろ」
フリョウはそういうと、手紙を書き出した。朝臣に向けたもので、洗脳の符術が織り込まれている。
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長い論争は終結した。というより無理やり終結させた。
手紙を読んだ朝臣たちは、全てシバトクブン派になった。俺の背後には朝臣たちがずらりと居並んだ。
「リュウユウ!貴様!なんて汚い手を使うのだ!」
「何のことだ。彼らは正しい判断をしているにすぎない」
フリョウの書いた手紙は全て符術が織り込まれていたわけではない。中には洗脳されてシバトクブン派になったものもいる。だが、大半はフリョウの手紙に書かれていたことに納得し、こちら側についたものたちばかりであった。
王族で反乱を起こしたシバキュウシの例が書かれていた。それは身近な記憶として残っている。中途半端に有能な人物の危うさを説いていた。そして血統の乱れが、王室の乱れであることは歴史が証明しているとも。さらには俺がカンゲンと違い、一切の賄賂を受けようともせず、外戚になろうともせず、誠実であることが書かれていた。ジョセンシ、トウリョウが実権を握るのと、かつてのカンゲンの政治は何が違うのかと理路整然と説いていた。
シバトクブンが皇帝に選ばれた。彼は以降、キョウテイと呼ばれるようになる。
◆
納得のいかないジョセンシとトウリョウはシバジュンを推戴し反旗を翻した。かつてはカンゲン打倒と東晋再興を果たした同志であったはずだ。結局は二人も地位と権力に縛られた俗物に過ぎなかった。
建康の宮殿の中で、クーデターを起こそうとした。トウリョウは一応は軍人で殿中将軍なのである。近衛兵三千が集まってきた。
その情報はすぐにギエイの部下たちによって知らされた。
「こういうことなら軍隊を連れてくればよかったな」
俺はフリョウと二人で建康に乗り込んできたことを後悔した。こうなることを想定しておくべきだった。いったんはシバトクブンを連れ、京口に行き兵を集めようと思った。
「その必要はないぞ」
「どういうことだ」
「禁軍がいる。ボクシが密かに育てていたのだ」
建康にいる禁軍一万が俺のもとに集結してきた。
「やあ大将!久しぶりだな」
ドウキであった。アイの元使用人でもあり京口に一緒に帰っていたはずだと思ったが、そのドウキが一万を率いて現れたのだ。
「ボクシに感謝するのだな。やつはこうなることを想定していたのだ」
「......ボクシ」
俺はトウリョウを討ち取り、ジョセンシとシバジュンを捕らえ即座に斬首にした。
「俺たちはボクシに遠く及ばないな......」
今もボクシは俺を見守ってくれていると思った。
◆
フリョウの洗脳の手紙は、俺に賄賂を贈ろうとしたものに限定されていた。俺はこの機に彼らも一斉に捕らえ追放した。こうして、俺は政権の中枢に一気に躍り出たのである。




