115話 落日の長安
想像以上に長安の防備は整っていた。以前に見たときより、城壁の補修は進んでいた。そして鉄壁の守備に夏軍は城壁の上に辿りつくことが出来なかった。
「レイセキという男を甘くみていたか......これは簡単に落ちないな」
カイオンからの知らせは、リュウユウが奇襲をかけ、反乱軍の部隊を殲滅し、江陵に向かっているというものであった。どうやらリュウユウは反乱を事前に察知し、反乱軍の準備が整わないうちに襲撃したらしい。
「思いのほか東晋の方は早く片付くな」
長安の攻撃を開始してから一週間経過した。連日、猛攻を仕掛けたが、レイセキ軍に揺らぐ気配はなかった。それでもカクレンは焦っていなかった。
「カクレン様、準備が整いました」
カクレンは静かに頷き鉄鞭を手に取った。欲しいものは奪う。長安はその一つに過ぎない。
長安には王族しか知らない秘密の脱出路がある。北宮の地下の隠し扉から長安の外に出る通路だ。斥候を出口から侵入させ、通路が生きているか確認させたが、塞がれておらず北宮に繋がっていた。
後秦のヨウセキトクは知っていたはずだ。どうやら東晋は、後秦を討ち、長安を占領した時にそれを調べなかったようだ。
人が一人、通れる程度の通路である。カクレンは先頭に立ち進んでいった。その後ろには二千人が続いている。空気の流れが弱い。松明を燃やすと、この人数ではたちまち酸欠になってしまう。カクレンは魔法で灯りをともしながら進んだ。
扉に辿りつき、カクレンは耳を当て外の様子を窺う。真夜中であり、扉の向こう側には人の気配は感じとれなかった。
開けた。
外の涼しい風が通路に流れ込む。北宮は廃墟のままであった。ここの再建を優先させる理由はないのだ。秘密の通路が露見してないのも、廃墟のまま手つかずであった為であろう。
「各小隊分かれよ。火を放て。城門を占拠せよ」
夏軍、二千人は地上に出てすぐに百人隊単位で散開した。家屋に火を放つもの、城門を目指すものに分かれていく。カクレンは一人で大通りを歩き、レイセキの本陣がある方へ向かった。
方々で火の手があがり、東晋の兵たちの叫び声が聞こえた。民衆は逃げ惑い、混乱は広がっていく。大通りは逃げる民衆で溢れた。カクレンのことなど構わず、城門を目指して逃げた。
カクレンは人の群れを掻き分け進んでいく。
未央宮に辿りついた。ここだけは本陣として再建されている。本陣も突如の事態に混乱していた。伝令が行きかい、消火の為に部隊を送り出していた。
「おい、誰だ、あの女......」
兵の一人がカクレンに気づいた。
鉄鞭が唸り、その兵の首を飛ばした。
「て、敵襲だー!」
「カクレン!ここにあり!レイセキの首をもらい受ける!」
駆けた。遮るものは鉄鞭で打ち砕いていく。
「......カクレン!」
レイセキは外に出てきた。矛を構えている。カクレンは体が滾ってきた。顔が紅潮し、血が熱い。
「これだ。この感覚だ」
はじめてリュウユウと対峙した時の感覚が蘇ってきた。強いものを屈服させたいという願望、血の匂いが快楽に変わる瞬間。濡れている。
レイセキはカクレンの恍惚そうな表情に、一瞬たじろぐ。だが、矛を構え直し冷静に向き合った。
「たった一人で飛び込んでくるとは......愚かな女だ」
「ふふふ。お前に妾を止められるか」
鉄鞭を振り下ろす。矛で受ける。
激しく響く金属音。火花。
兵たちは近寄ることも出来ず、レイセキとカクレンの一騎打ちを見守るしかなかった。
片手に一本ずつ持った鉄鞭の動きは不規則で、レイセキは矛で払うだけで精一杯であった。
「どうした!その程度か!」
「舐めるな!」
レイセキは踏み込み矛の先を回した。矛の飾り房はカクレンを幻惑する。
「ほう、妾を惑わすか。小賢しい真似を」
カクレンの視界がぐらつく。その隙をついてレイセキは矛を繰り出した。
カクレンの肩当が飛んだ。
「なかなかやるな。妾に傷をつけるとは」
「この魔法に対峙したものは必ず死ぬ。終わりだ、カクレン」
飾り房の回転が速くなった。レイセキはカクレンが崩れる瞬間を見逃すまいと目を凝らした。
「ふん!この程度の魔法で妾を支配できると思うな!」
「なっ!魔法が......!」
カクレンは幻惑を自力で解いた。そもそも洗脳系の魔法はカクレンの十八番なのである。精神支配力はカクレンの方が上であった。
鉄鞭を振る。光の輪が弧を描き、レイセキの腕を斬り落とした。
「勝負あったな」
「......まだ、勝負は終わっていない」
「諦めの悪いやつだ。周りを見よ」
火の手は静まるどころか、ますます燃え広がり長安を焼いていった。城門も何か所か夏の手に落ち、外の軍が侵入してきていた。
「カクレン様!」
未央宮に夏の騎馬隊が突撃し、レイセキの兵たちを蹴散らしていく。
「......ここまでか。首を刎ねよ」
レイセキはついに観念し目を閉じた。
「殺すのは惜しい男よ。どうだ妾に仕えぬか。毎日、快楽を与えてやるぞ」
「ふ、ふざけるな!誰が貴様のような淫婦などに仕えるものか!」
「い、淫婦だと.......妾に向けてそのような言葉......口を慎め!」
「何度でも言ってやる!貴様は誰も従えることは出来ない!リュウユウもな!」
「黙れー!」
鉄鞭が舞った。
「......はぁ......はぁ......くそっ.......いったい何なのだ」
カクレンは首だけになったレイセキを見下ろした。その目は鬼の形相でカクレンを睨みつけているようであった。
カクレンの目に涙が流れた。リュウユウを従えることは出来ないと言われたのが堪えた。長安の夜空が赤く染まる。だが、カクレンの心の炎は揺らいでいた。




