114話 奪うだけだ
カクレンはあまり眠れていなかった。リュウユウにもう一度会いたい。次会った時は殺すと言ったが、そんな気はなく、ただ会って今度こそ抱いて欲しかった。あの夜、カクレンは一方的に攻めたてたが、カクレンの方が先に落ちた。リュウユウの腹の上で自ら動き、自ら果てたに過ぎなかった。
何故、この思いが伝わらないのか。カクレンには理解できなかった。リュウユウの将や兵たちを多く屠ったが、それは戦争だからであり、お互い様なのだ。カクレンにとって、そのような細事は心を閉ざす理由にならなかった。
「.....んっ.....」
眠れぬまま火照る体を慰めていた。もうこの細い指先では不十分であった。朝の光が差し込んできても、体の火照りは消えなかった。
「カクレン様......アリ様より至急の知らせが届いております」
侍女が来たのを気づいてなかった。この漏れる喘ぎを聞かれたかもしれないと思い、少し恥ずかしくなった。このように感じるのも以前には無かったことだ。多少、聞かれても全く気にしてなかったのだ。あの男の存在が確実にカクレンを変えていっている。
「なんだ。朝早くから」
アリからの知らせは東晋国内における混乱を知らせるものであった。江陵でリュウキが反乱を起こす準備をしており、リュウユウが大軍を率いて襄陽を離れたというものであった。
アリはリュウユウが長安を離れる際に、カイオンという間者を忍びこませていた。山賊を装い、リュウユウに降ると見せかけて近づいたのだ。アリの思惑通り、リュウユウはカイオンを処断せずに身辺に置いた。そのカイオンの知らせは、どんな斥候や間諜より早かったのだ。
「東晋と手を切るか......」
今、この瞬間、大きく軍事的均衡は崩れている。潼関は夏が押さえている。関を閉ざせば、長安は孤立無援になるのだ。
アリは長安奪還の決断を迫ってきている。長安はまだ再建途中で、ところどころ城壁が崩壊した状態のままである。攻撃すればレイセキがどんなに名将でも落とすのはたやすい。柔然が北から魏に対して圧力をかけているうちが好機であった。魏は北の備えの為に大きく兵力を割いている。冬になれば、柔然の圧力は弱まり、また夏に兵を差し向けてくるに違いない。
東晋と手を切る。リュウユウとの関係が終わる。それだけが心残りであった。カクレンはその寂しさに気づき愕然とした。
(関係が終わるだと.....違う、欲しいものは奪うのだ)
長安を奪う。そしてリュウユウを奪う。それだけの事ではないかと思い直した。
「長安を攻める。急ぎ準備せよ」
夜な夜な物思いに耽るのはお終いだ。「奪う」それだけだ。カクレンは鎧を身に着け、鉄鞭を手に取った。
◆
潼関の通行が出来なくなった。
夏の軍は突如として、長安と漢中を繋ぐ桟道を急襲し押さえてしまった。
「恐れていたことが起きたか......」
レイセキはいつか夏が掌を返すと思っていた。そうならない為に使節を送り、友好を保っていたつもりであるが、カクレンにはそういう道理は通じないらしい。
「宛に向かい、リュウユウ殿に援軍を依頼せよ」
夏が長安を攻撃した際の段取りは出来ている。レイセキが長安に籠城する間に、リュウユウが外から夏を打ち砕く。その為の連絡網も整えていた。
だが、籠城をはじめて数日後、レイセキは思わぬ知らせに愕然とした。
「リュウキが反乱を起こしただと!」
襄陽にいるリュウユウはその討伐の為、江陵に向かっていた。すぐには長安に駆け付けられる状況では無くなっていた。
レイセキはなぜリュウキが反乱を起こしたのか理解できなかった。西府の軍の募兵に応じてやってきたリュウキを見出したのはレイセキだ。もうあれから十数年も経つ。リュウキは人を見下すところがあるが、それ以外は優秀な軍人であり、戦術家でもあったのだ。
いくら思案したところで援軍はしばらく来ない。レイセキの役目はとにかく長安を死守することである。あと数カ月かは持つはずだ。それまでにリュウユウが討伐を終え、長安に来るのを待つしかなかった。
夏が長安を包囲し、連日猛攻を掛けている。
だが、長安には十万の軍がおり、四方に配置された守備軍は奮闘し、揺らぐことは無かった。城壁に脆いところはあるが、最優先で補強しており、後秦が占領していた時のような穴は無かった。
「長安を攻めたことを後悔させてくれる」
梯子は全て落とし、夏軍は誰一人として城壁の上に辿りつくことは出来なかった。そもそも夏の兵力は八万であり、城攻め自体が無謀なのだ。カクレンはおそらく長安の防備は整っておらず、崩壊した城壁からたやすく侵入できると考えていただろう。レイセキはただ固く守るだけで良かった。
籠城から一週間経過した。まだどこも揺らぐことは無い。明らかに攻め手である夏の方が疲弊していた。
「一体なぜこのような無駄なことを......何か策でもあるのか」
考えられるのは増援だ。潼関のアリは動くことは出来ない。だが、夏は隴西回廊を支配地域に置いており、そこからの軍も東に向かっているだろう。
「長期戦だな......」
だが、レイセキの考えは見事に打ち砕かれた。
長安の中心部。北宮で火の手が上がったのだ。




