112話 電撃戦
ギエイの諜報部隊が江夏から江陵へ移動中のショカツの位置を知らせてきた。ショカツは俺の軍が迫っていることに気が付いていないようであった。
「本当にやるのか、ユウ」
ケイシャンの問いに俺は黙って頷いた。ショカツはリュウキの企みにどっぷり浸かってしまっている。もはや手遅れに感じていた。話し合う余地はまだあるのかもしれない。だが、ここでリュウキの先手を打たないと、後手に回ってしまう。今、ここでショカツは叩いておく必要があった。
騎馬隊だけ先行している。替え馬を用意して、昼も夜も駆けた。仮に敵の斥候が気づいても、斥候が戻るより早く叩くつもりだ。
ショカツの部隊が見えた。およそ五千。のんびりと物資を運んでいた。
「敵襲!敵襲!」
「なんだと!敵だと!」
ショカツが気づいた時には、俺はもう棍棒を振り上げていた。ショカツが背の大剣を抜く間もなく、その脳天を割った。
ケイシャンの騎馬隊がショカツの部隊を囲み、掃討していった。
「一兵も逃がすな!」
ここで一兵でも逃がせば、江陵に駆け込みリュウキに知られてしまう恐れがある。ケイシャンとモウチョウはぐるりと囲み、中の兵たちを狩った。
「......ショカツ」
手に不快な感触だけが残った。棍棒で頭蓋を砕いた感触。最後にショカツの脳漿が飛び散り、目が飛び出した。俺は目を閉じた。それでも、その残像は無くならなかった。
「......ユウ、終わったぞ」
ショカツの部隊を皆殺しにするのに半刻も掛からなかった。降伏は許さなかった。中には攻撃される理由が分からず、「何故、味方を殺すのだ」と叫ぶものたちもいた。兵たちには悪いが、ショカツに全ての責任があるのだ。恨みはあの世でショカツに言ってもらうしかない。
「江陵に向かうぞ」
俺は自分の声の冷たさに気づき驚いた。それを聞いたケイシャンも、モウチョウも顔を険しくしている。
「リュウキたちのせいで、死ななくていいものたちが死んだのだ。これは仇討ちだ」
俺は馬腹を蹴る。まだ手には不快な感触が残っていた。
◆
エンの騎馬隊二千は先行して江陵に向かっていた。リュウキに気づかれる前に、江陵攻めの拠点を確保する為だったが、城門が平時のように開いているのを見て、そのまま突入した。
「なんだ!お前らはどこのものたちだ!」
エンは城門の守備隊長を斬り捨てた。そして、そのまま正門を占拠した。同時に、河から水軍による攻撃が始まった。チンアクがすでに江陵の埠頭に船団を展開している。船から投石車を降ろし、江陵に向けて一斉に投石を開始した。
城壁を越え、人の頭ほどの大きさの石が大量に降り注いだ。
「......馬鹿な!いったいどうして」
正門は占拠され、埠頭からは投石が来る。リュウキはいきなりの事態に狼狽した。
「どこでバレたのだ......」
リュウキは慎重に事を運んでいたと思っていた。軍備の拡張も、来るべき魏との決戦という理由で、当たり前の準備だったのだ。
「リュウキ!これはどうしたことだ!」
シバキュウシは顔面蒼白でリュウキに詰め寄った。王族として、無能な皇帝を討つ。今回はリュウキという東晋の歴戦の将を味方につけることが出来た。必ず成功すると考えていた。
「こうなっては決起するしかない。まずは、正門を奪い返し籠城する」
「投石車はどうするのだ!」
「そんなものに構うな!投石では江陵は落ちない!」
江陵の中には一万の兵がおり、城外にも九万の軍が駐屯している。見たところ正門を占拠している部隊は少数だ。簡単に取り返せるはずだ。
「シバキュウシは城外に出て、埠頭の水軍を叩け!俺は正門を奪い返す!」
リュウキはそう指示すると、ようやく集まってきた三千の兵を率いて、正門へ向かった。投石の混乱で兵の集まりが悪い。集まり次第、正門に向かえと指示した。
「来たわね」
エンは水流剣を構え、リュウキに打ちかかった。
「女が!調子にのるな!」
リュウキは剣を抜き横に払う。水流剣と激しくぶつかり、水しぶきが舞った。
「漢王室の再興を邪魔するな!」
「そんなくだらぬ妄想に囚われて哀れね!」
エンとリュウキの打ち合いは何合も続いた。剣がぶつかり合う度に、水が弾ける音が響いた。
「なんて女だ!恐ろしく腕が立つ!」
「観念しなさい!リュウキ!」
リュウキはエンの水流剣を弾くと、馬首を返して逃走した。
「待ちなさい!」
「これでもくらえ!」
リュウキは腰にぶら下げていた袋を掴み、エンに向かって投げつけた。
「!?」
エンは咄嗟に顔に向かってきた袋を避ける。耳を掠めた。ジュっと音がして焼けたような感覚があった。袋の中身は強力な酸のようであった。
「女性の顔に向かって何をするの!」
「くそ!その美しい顔が溶けなくて残念だ!」
エンは怒り、渾身の力で水流剣を振り下ろす。受けたリュウキの剣を折り、肩から切り下げた。血しぶきが立ち上り、錆びた鉄の匂いで満たされていく。
馬から落ちたリュウキはエンの兵たちに縛り上げられた。
「ひと思いに殺せ!」
「簡単に死ねると思わないで。あなたの罪は重いわ」
リュウキは目を閉じた。漢王室再興の夢が潰えた。二百年前から転生したのは何の為であったのだ。遠のく意識の中、リュウビの顔が浮かぶ。本当に忌々しい顔であった。




