111話 裏切りと涙
「二人揃ってくるなんて珍しいじゃないか」
俺は嫌な予感を抱きつつ、二人が口を開くのを待った。重い空気に息が詰まりそうだ。燭台が仄かに光り、僅かな温かさを伝えてくる。
「ユウ。心して聞いてくれ」
ギエイがようやく話し始めた。
「江陵でリュウキが武器と物資を集めている」
「知っている。まもなく魏との戦いが始まる。それに備えているのだ」
「その通りだ。それ自体は問題ない。だがリュウキの元に集まっている人間が問題だ」
「人間?ショカツのことか」
「ショカツもだ。だが、それ以上にいてはならない人物がいる」
そこでギエイは言葉を切った。言おうか迷っているのか、目が泳いでいた。
「誰だ?誰であっても俺は驚かない」
「そうか。ならば言うぞ。シバキュウシが江陵にいる」
「シバキュウシだと!」
驚かないと言ったが、俺は驚愕した。シバキュウシは東晋に対し、反乱を起こし、俺が捕らえた人物だ。建康に護送し、牢に入れられていたはずだが、何者かの手引きにより脱獄したのだ。逃げたところで影響はないと見て、追跡はされなかったが、まさか江陵にいるとは思ってもいなかった。
「シバキュウシは知っての通り、王族で現皇帝に反感を持っている。それがどういうことか分かるか」
「あの男に今更何が出来ると言うのだ」
「意外とまだあの男の求心力はあるのだ。国は以前より安定しているとはいえ、はっきり言ってあの皇帝に対して不満を持つものは多い」
俺は皇帝アンテイの顔を思い浮かべた。重度の知的障害を持っている。目は遠くをぼんやり見ており、話すことも出来ない。この戦乱の時代の皇帝として、とても人の上に立つ器とは言い難い。
「リュウキはシバキュウシを利用していると言うのか」
「そうだな。リュウキの目的は分からないが、シバキュウシを立てて、皇帝に反旗を翻そうとしているのは確かだ」
「......そうか。他にこのことを知っているのは?」
「レイセキが知っている。俺が調べ話した。だが、レイセキは長安にいて動けない。ここはユウが、建康に訴えてリュウキを討つのだ」
「そうしよう。ちょうど建康にはフリョウがいるしな」
リュウキ。俺を目の敵にしているのは知っているが、まさか反乱を起こそうとしているとは。筋書が見えてきた。リュウキは俺の責任を問い、建康に将軍の地位を剥奪させようとしている。そのうえで弱体化した東晋に反旗を翻して、皇帝を討つつもりだ。
「調べてくれて助かったよ。俺はリュウキを討つ準備をする」
「ユウ。もう一つあるわ。覚悟して聞いて」
俺はセキカの方を向いた。
「今更なんだよ。シバキュウシ以上の話があるのか」
「......アイの襲撃事件。黒幕はリュウキよ」
俺は言葉を失った。あの事件の黒幕がリュウキだと。怒りがこみ上げてくる。体がワナワナと震えた。
「どういうことだ!」
俺は思わず叫んでしまった。セキカもギエイも腕を組み、無表情に俺を見ている。
「すまない。つい、声を荒げてしまった。続けてくれ」
「フコウシは刺客全員を殺したわけではないわ。一人だけ生き残ったものがいるの。わたしはそいつを尋問し誰が黒幕か吐かせたわ」
あの事件から随分と時間が経つ。刺客としては絶対に吐いてはいけない情報だ。セキカは相当粘り強く尋問したに違いない。
「吐かせるには長い時間が掛かったわ。詳しく聞く?」
「...いやいい」
暗殺も受け持つセキカは時に非情なことをする。想像するだけで身震いした。
「リュウキはアイが死ねば、あなたが崩れると思った。フコウシに感謝することね」
あの事件の記憶が蘇り、気持ちが沈んできた。アイが死んだらと考えると胸が張り裂けそうであった。おそらく、俺は廃人のような日々を過ごしていたに違いない。
「分かった。リュウキは許すことは出来ない」
「リュウキはもう敵よ。察知される前に動くことね。....それとショカツはもうリュウキ側よ」
俺はショカツは時が経てば分かってくれると思っていたが、すでに手遅れであったようだ。残念で仕方なかった。
◆
コハンはユウの話を聞き青ざめた。リュウキの陰謀が発覚した。シバキュウシの脱獄の手引きをしたのはコハンだ。だが、シバキュウシは北へ逃げたはずであった。それが何故か江陵に舞い戻り、リュウキと手を組んでいる。
(わたしがいれば止めたのに)
シバキュウシを引き入れるのは愚策だ。シバキュウシで東晋に反感を持つ人物を集めることは出来る。だが、それではどうしても動きが大きくなり、露呈してしまう。そのような動きをユウの諜報部隊が見逃すわけがない。
コハンが関わっていることまでは露見していないようであった。ユウの怒りの矛先はリュウキのみに向けられていた。
「建康のフリョウには知らせたの?」
「ああ。早馬を走らせたよ」
コハンはリュウキの元に戻りたかった。だが、それはもはや許されない。ユウのことも愛している。だが、リュウキのことも愛している。コハンの心は葛藤に苛まれた。
リュウキとの間に書簡のやり取りは無い。そのような証拠を残すほどコハンは愚かでは無かった。東晋の国内で大戦乱が起きる。母親になったばかりのコハンはそれを見守るしか無かった。
ユウが出陣した。コハンの目には涙があった。




