109話 陰謀
リュウキとは深い関係になることは予感していた。コハンとリュウキは共に、荊州刺史レイセキの配下で、何度も顔を合わせたことがある。久々に会った時、なぜだか胸の高まりを抑えられなかった。
コハンは勝つ為なら、色仕掛けでも何でもする。時には鞭で男を従わせることもある。だが、それは演技だ。本心では純粋な愛を求めている。リュウキはそんなコハンの心のうちが分かったのか、優しく、時に激しくコハンの感情を揺さぶってくる。
リュウキと結ばれてもよいと思った。だが、リュウキから提案されたものは、コハンにとっては残念で寂しさを感じるものであった。それでも愛する人の為に、協力を惜しまなかった。
「漢王室を再興する」
リュウキの言葉は今の時代すでに死語になっている。二百年前の三国の動乱期であればまだしも、この漢人と胡人が入り乱れて争う時代では、そんな言葉は軽く思われがちだ。勝手に漢王室の末裔を名乗ってしまえばいいだけだからだ。
それでもリュウキが言うと、真剣であり安っぽさが無くなる。リュウキはかつて荊州を統治した、リュウヒョウの末裔なのだという。そしてリュウキの口から語られる漢王室再興は、まるでリュウヒョウ本人が話しているかのような熱を帯びている。
「リュウユウもリュウビの末裔を名乗っているわ。共に漢王室再興をすればいいのでは」
「......あいつはダメだ。リュウビは偽善者だ。あいつの漢王室の血筋は偽物だ」
コハンは何故、ユウに対してそこまで嫌悪しているのか理解できなかった。だが、共に戦ったとしても最後は両者が相いれない立場になるのは想像できる。
「今がリュウユウを消し去る好機だ」
リュウキの策は卑劣なものであったが、コハンは協力し、策の荒いところを補った。
アイを襲撃し、殺害する。
ユウの精神的な支柱である最愛の妻を排除する。ユウは妻を失った悲しみで立ち直れなくなるだろう。だが、それはフコウシの奮闘により失敗した。
ユウは少なからず衝撃を受けたが、立ち直ってしまった。だが、そこに追い打ちをかけるような事態が起きる。
ボクシがこの世を去った。
働きすぎ、最後は炎天下の中で倒れたという。ユウにとって莫逆の友の死。
ユウは一見、悲しみを振り切っているように見える。だが、どこか無理をして気丈に振る舞っているに過ぎないことはすぐに分かった。
「リュウユウに近づき腑抜けにしろ」
リュウキの指示にコハンは揺らいだ。まるで道具のように扱ってくるが、嫌とは言わなかった。ユウを落とすのは簡単であった。ほんのちょっと抱いて慰めるだけであった。そして劣情を揺さぶり掻き立てる。コハンはリュウユウはこの体に溺れたと実感した。
だが、ある日、コハンは自身に異変を感じた。
「まさか......どちらの方なの」
妊娠していた。コハンは何度も計算した。
「そんな......計算が合わないわ」
ユウと関係を持ち、側室となった日から数えても、最後の月の周期と日数が合わない。お腹の中にいるのは、リュウキの子であることは明らかであった。多少の誤差はあるだろう。発覚すれば大事件である。コハンは、このまま隠し通すしかないと思った。
「ええ!妊娠!」
ユウは驚いていた。アイのことを気にしていた。
「わたしは側室なのよ。堂々としなさい。何もやましいことは無いわ」
コハンはそう言って、ユウの肩を叩いた。そう、やましいことは無い。その言葉は虚しかった。心が張り裂けそうであった。そしてコハンは気付く。
(わたしはユウを愛している)と。
◆
リュウキは決起の時は近いと思っていた。ボクシが死んだおかげで、建康に対する意見が通りやすくなっていた。リュウユウが戦場を放棄した罪は重い。何度か罪を問う使者を送ったが、全てボクシにより不問に付されていたのだ。
今、政治の中心にいるのはジョセンシとトウリョウである。二人はかつてカンゲンに諫言し追放された経歴を持っている。リュウユウの旗揚げを促した中心的な人物であるが、かといってリュウユウ派というわけではない。リュウキは改めてリュウユウの罪を問うた。
「これでリュウユウが建康に反発すれば討つ口実が出来る」
「あいつが建康の決定に従った時はどうする」
「軍権を失うなら、なおさら好都合だ。いずれにせよ、リュウユウを討つのはお前だ。ショカツ」
「ああ。ところでコハンが妊娠したらしいな。いいのか、お前ら愛し合っていただろ」
「ふん。あんなお色気だけの女に興味があるものか。あの女には利用価値がある。その為に演じただけだ」
「ははは!リュウキ、お前も悪い奴だな。コハンが哀れに思えてきたぞ」
江陵の月明りに照らされながら、二人はゆっくりと杯を重ねるのであった。




