103話 窮地
フコウシは焦りを感じていた。敵はおよそ八人。いずれも手練れだ。
最初は歩兵として北府の軍に入った。リュウユウの部隊に配属されたが、思ったほど活躍できなかった。ドウサイやショカツが活躍するなか、出世に取り残された。だが、なぜだかギエイと気が合い、諜報部隊に属するようになった。
(まさかこんな事になるとは...)
諜報部隊となって初めて才能が開花した。足が速く、持久力もあり走るのは苦になるどころか楽しかった。この長安攻略戦でも荊州と前線を繋ぐ連絡役として活躍した。もう前線で剣を振るうことは無いと思っていた。
新野で後方支援をしていたアイが襲われた。フコウシが駆け付けた時には、アイは瀕死の重傷を負い、治癒士が四人がかりで治療をしていた。
ここには戦線離脱したシュクユウをはじめ、多くの怪我人がいた。シュクユウは応戦しようとしたが、アイが止め、自ら剣を持ち戦った。だが、しばらく剣を使っていないアイは八人の刺客に太刀打ちできず、腹を斬られ倒れた。
「フコウシか....わたしが食い止める間に、アイを逃がせ....」
シュクユウが怪我を押して剣を構えていた。だが、痛みをこらえているのか汗をかき、苦しそうであった。
「ぐおおおおお!」
フコウシは雄たけびをあげ、剣を振った。刺客はフコウシが近づいているのに気づいておらず、反応が遅れた。一人斬り上げ、返す刀でもう一人斬った。刺客は一斉にフコウシの方を振り返り、斬りかかってきた。
「...捌ききれない」
フコウシは避けることを考えず、むしろ前に出て刺客の剣を受けた。腹に激痛が来る。
「ぐぬううう」
だが、腹に力をこめると刺客は剣を抜けず焦っていた。フコウシはその首を刎ね、がっくりと膝をつく。
残り五人だ。
シュクユウが剣を振るい、一人を斬った。呼吸が荒く今にも倒れそうであった。刺客がシュクユウの首目掛けて剣を振り上げる。フコウシは立ち上がり、背後から抱きついて引き倒した。
振りほどこうとするところに、別の刺客が仲間ごとフコウシの胸を剣で貫いた。
「ごふ!」
「フコウシ!」
フコウシは力を振り絞り、剣で突いた刺客を締め上げた。みるみる生気を失い、刺客は泡をふいて気を失った。
残った二人は、アイの様子をみて後退した。あの様子では助からないと思ったのであろう。
フコウシにもシュクユウにも追いかける力は残っていなかった。
「フコウシ!しっかりしろ!」
シュクユウの声が遠く聞こえる。そして静寂に包まれた。
◆
俺は軍をエンに預け、単身で新野に向けて駆けた。将軍が戦場を捨てて戻るのは許される行為では無いが、そんなことよりもアイの方が大事であった。
「アイ!アイ!」
俺は泣いていた。死なないでくれと必死に願った。視界が曇り、よく見えなかったが、馬は新野に向けて、俺の意思が伝わったかのように駆けてくれた。
ショカツがいた。アイの様子を見て呆然としていた。
「お前!何してるんだよ!」
俺はショカツを殴った。何のためにショカツを残したのか分からないのかと思った。後方の警備もショカツの任務なのだ。
「お、俺もいま来たところなんだ.....」
俺は震える手をおさめ、アイのところに走った。
アイは眠っていた。その手を握りアイの名を叫んだ。
「峠は脱しています。今は静かに眠ることです」
俺は治癒士がそう言っても、気が狂いそうであった。必死に手を握る。
すると、わずかに握り返す力を感じた。俺はハッとし、「アイ」と再び叫んだ。治癒士の手が俺の肩に置かれ、俺はそっと手を離した。今は見守っているしかなかった。
◆
何日経ったか分からなかった。アイは幾日も目を覚まさなかった。このまま目覚めないのかと思うと俺は悲嘆にくれた。
その間に、フコウシが死んだことも聞いた。俺は愕然とした。
「なぜ、あいつが死ななければならないのだ...」
諜報部隊の連絡役だ。戦地にいる限り、危険は皆無ではないが、真っ先に死ぬべき人間ではなかった。ショカツは護衛の任にありながら、何食わぬ顔をしている。
「将軍.....最後の手段です。あなたの魔力を流し込むのです....」
いつまでも目を覚まさないアイに、治癒士は口移しで魔力を与えよと言った。治癒士はすでに試していたが、俺の魔力の方が相性がいいだろうと言った。
俺は口移しで魔力を与えるなど初めてのことであったが、治癒士は何も考えずアイの事だけに集中しろと言った。
「......アイ」
口から魔力が流れていくのを感じた。どれだけの間、唇を重ねていたであろうか。やがて、アイは突然、ビクンと動き跳ね起きた。
「ユウ......?」
俺はアイを抱きしめた。涙が止まらなかった。
◆
アイはしばらく京口にある実家で静養することになった。子供と一緒に過ごせば元気になるだろうと思った。
俺は弘農に戻るべく、準備をはじめた。シュクユウも復帰できそうで一緒に戦場に行くつもりであった。だが、前線から伝令が届いた。
俺が不在の間に、東晋・夏の連合軍と魏との間で開戦したのだ。




