102話 魔の手
俺はボクシが長安は取れるが維持するのは難しいと言ったのを思い出した。城壁が崩れかかっているところが多い。今回の戦闘でも穴を大きく開けた。夏とは同盟関係だが、それはいつまでも長く続かないであろう。
(次に会ったときは必ず殺す)
その次はいつになるのか。出来れば二度と会いたくなかった。後秦がなくなったことで、魏とは直接、長安を争うことになる。
「無事に帰ってきたのね......たいしたものだわ」
エンが俺の横に坐った。コハンがその横に坐り、フリョウと続く。反対側の椅子にはレイセキとその配下の将校が座っていた。
「長安を維持するのは難しいでしょうね」
俺はボクシの言ったことをそのままレイセキに向かって言った。
「だが、やらねばなりません。そうでなくては多くの犠牲を払った意味がないでしょう」
俺はテイゴの顔を思い浮かべた。門を開けた時の立った姿のまま力尽きた。結果的には完勝といっていい内容であるが、失ったものも大きかった。
「長安の修復。そしてもともと居た長安の民を呼び戻すことです」
「兵を投入して復興するしかないですね」
俺の言葉にレイセキは頷いた。もともと長安に住んでいた民は散り散りになっており、なかには盗賊になっているものも多いという。
「夏との約束も果たさないとならんぞ」
夏との同盟関係を長く続けるためには、金も払わないといけないし、大同を共に攻めることも実行しないといけない。後秦の残党討伐もある。やることは山積みであった。
「わたしの方が兵が多い。長安の城壁の修復と付近の残党討伐はわたしの方で請負いましょう。リュウユウ殿は大同攻めの準備を」
俺はその提案に従った。正直、長安には居たくなかった。魅力を感じてなかったのもあるが、何といっても未央宮のあの一室。否が応でもカクレンのことを思い浮かべてしまう。
一日休み、俺は潼関へ向かった。ドウサイもカンシュクも一日寝たおかげで魔力を回復していた。フリョウがヨウセキトクを捕らえたのは運がよかっただけだが、ドウサイとカンシュクは長安攻城成功の立役者といってよい。俺は一旦、レイセキの同意を得たうえで、二人を仮で五千人将とした。本当は皇帝の裁可がいる案件だ。だが、今は実質的に決めるのはオウヒツとジョセンシだ。反対はされない。
潼関に向かう途中、盗賊の一団に遭遇した。およそ三千はいる。こちらを見て様子をうかがっているようであった。三千では何も出来ないと思ったが、何故か逃げずに留まっていた。
「あいつら何がしたいのだ」
「あれはもともと長安の民だったやつらだろう。お前さんを見極めようとしているのさ」
「見極めてどうする」
「長安に帰っていいのか迷っているのだ」
フリョウの言葉は正しかった。盗賊の首領が俺に会いたいと言ってきた。
「俺がリュウユウだ。お前らは長安の民だったのか」
「おっしゃる通りです。長安は秦から西燕になり、後秦になり、夏になって、また後秦になりました。この数十年でいくつもの王朝が出入りしてます。秦はまだマシでしたが、その後は酷いものでした。今度は東晋になったので、帰ってよいものか迷ってます」
「迷惑な話だ。モウチョウ。捕らえて斬れ」
「え!いいのか!こいつらも嫌々、盗賊をやっているのだろう」
「嫌々だと。盗賊なんてただの言い訳だ。こいつらの犠牲になったものもいるのだろう」
「お許しください!今日からは心を入れ替えて働きます!」
「では、お前だけ殺す。後は許す」
「.......分かりました。わたしの命で他のものを助けて頂けるなら、それで十分です」
首領の男は観念して目を閉じて首を差し出してきた。俺はその首を棍棒でポンと叩いた。
「え......?」
「お前の命は預かった。これからは俺の側で死に物狂いで働け。ところで名は?」
「ありがとうございます!名前はカイオンと言います。死に物狂いで働きます!」
カイオンが率いていた三千人は解散させた。フリョウにレイセキ宛の手紙をかかせた。長安の修復の人夫として使えとかかせた。
「お前さん、粋な計らいをするではないか」
「無駄な命は流す必要はないからな......まあ、格好よかっただろ?」
「ふん。そうでもないな」
俺はニヤッと笑った。全く正直でない軍師様だ。皮肉屋なのボクシに似ているのかもしれないと思った。
潼関に着いた。夏の旗が靡いている。
「この度は長安奪取おめでとうございます。ところでカクレン様とはうまくいきましたか」
アリが出迎えるなり、そう言ってきた。俺は全く白々しいこと聞くものだと思った。カクレンとの結末はとっくに把握しているだろう。
「カクレン様はああ見えて寂しいお方です。出来れば此度の件は成就して欲しかった...」
俺はアリの思いに心を打たれた。長年仕えた忠臣の言葉だ。だが、当のカクレンは相当やばい奴だ。おそらくアリの願いは叶うことはないだろうと思った。
アリの軍は八万に増強されていた。天水から援軍が来たのだ。後秦が滅び、東晋と同盟を結んでいることで、夏は魏に専念できたからだ。
俺の軍と合わせて、十四万の大軍である。カクレンが北に張り出し、魏を牽制している。さらにアリの話では魏の北方に位置する柔然も南下の気配を見せているという。魏包囲網が出来上がった。
長安陥落の知らせが魏まで伝わり、ボクスウとブクレンの六万が再び弘農に布陣していた。さらにそこにシトウという将軍が六万で合流してきているという。十二万の大軍であった。これを撃破しなければ、大同には到達できない。
ボクスウ。強敵だ。シトウという将軍も強いという。勝つ可能性は五分五分だと思った。
だが、その知らせは突如やってきた。弘農攻略に向けた軍議の中、伝令が駆け込んで来た。その内容は俺の心を奈落の底に叩き落とした。
新野が何者かによって襲撃されたのである。




