三日かける
実地審査の朝、領都の薬種ギルド裏手にある作業場には、乾燥棚と火床、それに三日分の記録用紙が用意されておりました。
審査を受ける者は、薬草を乾かすところから煮出し、瓶へ詰め、封をするところまでを、審査役の前で行わなければなりません。
審査役はオスヴァルト様。
壁際には、同席を申し出たブラント商会長、ルーカス・ブラント様が座っております。指には太い金の指輪が三つ。机の上には、まだ何も書かれていない紙がございました。
何も見ないうちから結論だけを書くほど、さすがに露骨ではないようです。
わたくしが持ち込んだのは、新しい園で朝露が乾いてから摘んだ、開花前のタチジャコウソウでした。
茎を確かめ、重なり合わないよう棚へ広げます。温度計は棚の上段と下段に一つずつ置きました。
「それで、いつ出来上がる」
オスヴァルト様が腕を組みました。
「三日後でございます」
「三日?」
眉間の皺が、ずいぶん深くなりました。
「審査一つに三日も待てない。一晩で乾かせ」
なるほど。手順を審査する日に、手順を省けとおっしゃる。
薬草より先に、審査の意味を乾かして粉にするおつもりでしょうか。
「恐れ入りますが、一晩では乾燥温度を上げる必要がございます。香りが飛び、葉も傷みますので、わたくしの製法とは異なるものになりますわ」
「審査役の指示だ」
「では、規則を確かめましょう」
わたくしはギルド規則の写しを開き、栞を挟んでおいた頁を机へ置きました。
実地審査における乾燥、粉砕、抽出その他の工程は、申請者が届け出た製法どおりに行わせること。
省略または変更を命じた場合、その審査は無効とすること。
ギルドの書記が原本を持ってまいりました。条文と頁を一字ずつ照合し、同じ内容であると読み上げます。
ルーカス様の金の指輪が、机を一度だけ叩きました。
「規則なら仕方あるまい。だが、支部長に三日間ここへ座れと言うのかね」
「申請者は三日間、審査役の前で行うのでございましょう?」
「当然だ」
「でしたら、審査役がいらしたことも、毎日記録しておくのがよろしいかと存じます」
わたくしは新しい出席簿を取り出しました。
日付、到着時刻、退出時刻、署名。欠席する場合には、その理由を本人の字で記す欄もございます。
オスヴァルト様は、出席簿を汚れた布でも見るような目でご覧になりました。
「私を疑うのか」
「いいえ。後から、いらしたとも、いらっしゃらなかったとも言い争わずに済むようにするだけでございます」
聞いたことを聞かなかったことにする方もいれば、聞かなかったことを教わったことにする方もおります。
どちらにも効く薬は、署名でございます。
オスヴァルト様は乱暴に羽根ペンを取り、初日の欄へ署名なさいました。書記も立会人として名を書きます。
作業場の戸口では、ヴィクトル様が待っておられました。
「俺も立ち会っていいか」
入って当然とはなさらず、わたくしの返事を待ってくださいます。
「ええ。見ていてくださいませ。ただし、審査への口出しはなさらないで」
「分かった。君が求めた時だけ話す」
ヴィクトル様は壁際へ下がり、乾燥棚にも帳面にも手を触れませんでした。
わたくしは棚の温度を確かめました。三十五度を超えないこと。風が一か所に滞らないこと。葉を急いで乾かそうとして、火へ近づけすぎないこと。
夕方まで記録をつけ、初日の作業を終えました。
二日目の朝、オスヴァルト様はいらっしゃいませんでした。
代わりにギルドの小使いが、二つ折りの紙を持ってまいりました。
「支部長からです」
出席簿の欠席理由欄へ貼るよう、本人が書いたものだそうです。
そこには、力の強い右上がりの字で、こうございました。
『ブラント商会と会食のため』
わたくしはルーカス様が座るはずだった椅子を見ました。そちらも空いております。
審査する薬草より、審査されている商会との食事を優先なさったのですね。
たいへん分かりやすいご事情で助かりますこと。
「審査役が不在です。今日の工程は中止か、審査そのものを無効になさいますか」
わたくしが書記へ尋ねると、書記は規則の原本を調べました。
「申請者が作業場に出席し、規定の乾燥工程を維持している場合は、温度記録をギルド職員二名が確認することで続行できます。ただし、審査役の欠席理由を原本に残します」
「では、そのとおりにお願いいたします」
書記二名が温度計と乾燥棚を確かめ、出席簿へ署名しました。わたくしは葉の上下を入れ替え、茎の曲がりと香りを確認します。
ヴィクトル様は今日も戸口で足を止めました。
「昨日と同じように、ここにいていいか」
「お願いいたしますわ」
「欠席の紙について、俺の名も立会人に入れるか」
証言するかどうかまで、わたくしに選ばせてくださいます。
「いいえ。今日はギルドの書記お二人で足ります。ヴィクトル様のお名前は、必要になった時に、わたくしからお願いいたします」
「分かった」
それだけ答え、ヴィクトル様は空の椅子から目を離しました。
力のある方の名は、借りれば便利です。けれど、便利だからと勝手に使えば、匙の印を勝手に使った商会と変わりません。
必要な時に、わたくしが選んでお願いする。
その選択を待ってくださる方が隣にいることを、以前よりも自然に思えるようになっておりました。
三日目、オスヴァルト様は朝から作業場へいらっしゃいました。
出席簿の二日目を見て、顔をしかめます。
「こんな紙を原本へ綴じる必要はない」
「欠席理由を本人の字で残すと、昨日お決めになったのはオスヴァルト様でございます」
「理由まで公開するとは言っていない」
「公開の話ではございません。審査記録の話ですわ」
ご自分で書いた一行が、急に重くなられたようでした。
けれど紙は、書いた方の都合で軽くなったりはいたしません。
わたくしは三日かけた葉を棚から下ろしました。三十五度を超えずに乾かした葉は、指で軽く押せば崩れ、焦げた匂いもございません。
乾燥タチジャコウソウを二、ニワトコの花を一、甘草根を二分の一。
水から煮出して半量にし、火から下ろします。
熱いまま蜂蜜を入れれば、香りが損なわれます。わたくしは器の外側へ手を添え、人肌まで冷めたことを確かめました。
それから、煮出した液と同じ量の蜂蜜を量って加えます。
オスヴァルト様の前で、書記が分量と時刻を読み上げました。わたくしは混ぜ終えた液を、湯で煮て乾かしておいた瓶へ注ぎます。
最後に栓をし、蜜蝋をかけて封じました。
これは販売する最初の瓶ではなく、認可のための審査見本です。それでも、新しい園の葉が、届け出た手順どおりに一つの瓶へ収まった最初の成果でございました。
三日間の温度記録。三日分の出席簿。乾燥から封までの工程。
書記はすべてを審査記録へ綴じ、オスヴァルト様へ最終の署名を求めました。
初日と三日目には署名があり、二日目だけが欠席。
その理由は、本人の字で『ブラント商会と会食のため』。
審査対象と利害のある商会との会食を理由に、三日のうち一日を欠席したという記録です。
その日の夕刻、出席簿の写しはギルドの定期報告へ添えられました。
宛先は、王家監察官グレゴール様の書記。
わたくしは送付を命じておりません。ただ、求められた工程を三日かけて行い、いらした方と、いらっしゃらなかった方を、そのとおり記しただけです。
会食のお味までは存じませんが、ずいぶん高くつく一席になりそうですこと。
翌朝、ギルドの掲示板に、実地審査に関する追加の届け出が貼られました。
ブラント商会が、自社の匙印の咳止めについて、調合責任者を届け出たのです。
名は、ロジーナ・ベルク。
ちょうど掲示を読んでいるところへ、真珠の耳飾りを揺らしながら、ロジーナ様ご本人が入ってまいりました。
居合わせた書記たちへ向かい、胸を張っておっしゃいます。
「わたくし、公爵家で三十日も学びましたのよ」
三十日の出席簿にある、ロジーナ様の署名は七日分。
残る二十三日の空白を抱えたまま、ロジーナ様は調合責任者として届け出られたのでございました。
(第6話へ続く)




