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毎日、緑のエプロン  作者: Garden


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8/11

第6話「ミニトマトの苗と、GWの真っ赤な誘惑」

 ゴールデンウィーク3日目。世間は8連休らしい。だが株式会社ARX PLAZには連休なんてものは存在しない。 ARX PLAZ白神店は、もはやホームセンターではなく、ただの「人口密度の高いテーマパーク」と化していた。「こんなんなら無難にどっかのメーカーに就職すりゃよかったな」

インカムからは、

『レジ応援お願いします!』

『資材館、軽トラの貸し出し3時間待ちです!』

と、悲壮感漂う声が1分おきに飛び交っている。

園芸館のフロント一等地「プラザ広場」も、夏野菜の苗を求める一般のお客様でごった返していた。

「ふぅ……」

蓮は、コンクリートの壁に背中を預け、いつもの狭い喫煙所でタバコを吸い込んでいた……と言いたいところだが、今の彼の手にあるのはタバコではなく、油性マジックである。

サボる隙など1ミリもない。大宮は数分おきに、台車いっぱいに補充される野菜苗の価格ポップをマシンのように書き続けていた。

「大宮くぅん! トマトの土が! トマトの土の在庫が売り場から消えそうだよぉ!」

猪狩マネージャーが、おでこから滝のような汗を流しながら、空の台車を引いてラグビーのタックルのような勢いで突っ込んできた。

「猪狩さん、落ち着いて深呼吸してください。犬飼が今、裏の倉庫からフォークリフト並みの速度で培養土を運んでます。ほら、聞こえるでしょ、あの地鳴りが」

れんさぁぁぁーーん!! 培養土25キロ、30袋持ってきましたぁぁ!」

エプロンを泥まみれにした無事に進級した2年生の駄犬・犬飼陸が、雄叫びをあげながら土の山を引きずって売り場へ爆走していくのが見えた。体力ゲージが無限の男である。

大宮がふぅと息をつき、書き終えたポップを持って売り場に戻ると、プラザ広場の「ミニトマト苗コーナー」の前で、一組の親子が苗のポットを手に取りながら、困惑したように立ち尽くしていた。

母親と、小学生くらいの男の子。手元のカゴには、小さなプラスチック製のプランターが入っている。

「うーん、どれがいいのかしら。みんな同じに見えるわね……」

大宮は死んだ魚の目を少しだけ「接客モード」の営業スマイルに切り替え、その親子に近づいた。

「こんにちは。ミニトマト、今年から始められるんですか?」

母親がハッとして振り返り、大宮の緑のエプロンを見てホッとしたように微笑んだ。

「あ、はい。息子の学校の宿題も兼ねて、ベランダで育ててみようかと思いまして。でも、たくさん種類があって、どれを選べばいいのかサッパリ分からなくて……」

蓮はしゃがみ込み、ひな壇から2つの異なるミニトマトの苗を手に取った。

「初めてなら、この『接木つぎき』って書いてある、ちょっとだけ値段が高い苗を選ぶのが絶対にオススメです」

「つぎき……ですか? 100円くらい高いですね」

「ええ。こっちの安い方は『実生みしょう』といって、種からそのまま育てた苗です。もちろんこれでも育ちますが、接木苗は、病気にめちゃくちゃ強い別の植物の根っこ(台木)に、美味しいミニトマトの上の部分をドッキングさせてあるんです。要するに、最初から『最強のサイボーグ』状態なんですよ。初心者が一番やりがちな『途中で病気になって枯れる』という失敗が、これだけで9割防げます」

「へぇー! サイボーグなんだ!」男の子が目を輝かせる。

「そう、強いんだぞ。あと、苗を選ぶときは、ここを見て」

大宮は苗の茎と葉を指差した。

「緑色が濃くて、茎がひょろひょろ伸びていない、ガッシリと太いもの。そして、一番下の双葉(丸い小さな葉)が枯れずにちゃんと残っている苗が、栄養をたっぷり吸って育った『健康な苗』の証拠です。花のつぼみが、もう1個か2個見え始めてるくらいのやつがベストですね」

「なるほど……茎が太くて、つぼみがあるやつね」母親が熱心にメモを取り始める。

「よし、苗が決まったら、次は植え方と『ご飯』の話です」

大宮は横の棚から、先ほど犬飼が命がけで運んできた「トマト専用土」の袋と、その隣にある「トマトの肥料」の小袋を叩いた。

「ミニトマトは、とにかく太陽の光と水はけ、そして『肥料の与え方』が命です。カゴに入っているその小さなプランターだと土の量が足りなくて、夏場にすぐ水枯れして実が落ちちゃいます。できれば深さが30センチ以上ある大きめの深型プランターに、このトマト専用の土をたっぷり入れて植えてください。この土には最初から『元肥もとごえ』という初期の栄養が入っています。ただ、トマトはめちゃくちゃ大食いな植物なので、これだけじゃ足りません」

大宮は、トマト専用肥料のパッケージの裏面を親子に見せた。

「植え付けてから約2週間から3週間後、最初の花が咲いて、小さな青い実がつき始めたタイミングで、最初の『追肥ついひ』をしてください。株元から少し離れた土の上に、この粒状の肥料をパラパラと撒くだけです。これ以降は、2週間に1回のペースで定期的に栄養を補給してあげてください。肥料を切らすと、上のほうの実が大きくならなくなっちゃいます」

「2週間に1回ね。忘れないようにしなきゃ」

「それと、肥料を選ぶときの裏ワザなんですけど、この『カルシウム入り』と書かれたトマト専用のものを選ぶのが絶対条件です。トマトはカルシウムが不足すると、お尻の部分が黒く腐る『尻腐れしりぐされしょう』という病気になりやすいんです。専用肥料なら、実を甘くするチッソ・リン酸・カリに加えて、そのカルシウムもしっかり配合されています」

「なるほど……専用の土と、カルシウム入りの専用肥料をセットで買うのが安心なのね」

「はい。仕上げに、放っておくと葉っぱの付け根からどんどん生えてくる『脇芽わきめ』を小さいうちに指でポキッと摘み取る『芽かき』をやってください。メインの太い茎1本だけに栄養を集中させるんです。これさえやれば、夏にはベランダで、食べきれないくらい真っ赤で甘いミニトマトが鈴なりになりますよ」

「脇芽を摘んで、2週間に1回サイボーグにこれ(肥料)をあげるんだね! 覚えた!」男の子が嬉そうに専用肥料を胸に抱きしめる。

「ありがとうございます! お兄さんのおかげで、今年は大収穫できそうな気がしてきました!」

母親は満面の笑みで、大宮が勧めた接木苗、深型の大きな鉢、トマト専用土、そして専用肥料を次々とカートに乗せてレジへと向かっていった。

「ふぅ……」

本日何度目か分からないため息をつきながら、大宮が額の汗を拭う。

「大宮くん! 素晴らしい接客だったよぉ!」

いつの間にか後ろで聞いていた猪狩マネージャーが、感動のあまりおでこをさらに光らせていた。

「さすが農学部卒だね! トマトのサイボーグ理論とカルシウムの話、僕も今度使わせてもらうよぉ!」

「猪狩さん、感心してないで、今のお客様が買われた重い土を車まで運ぶのを手伝ってください。俺は次のポップを書くという名の、1分間の精神統一サボりに入ります」

「あはは、結局すぐサボろうとするんだから!」

そこへ、「れんれーーん! こっちのレジが爆発しそう! 助けてぇ!」と、スッポンを持った宇佐美が遠くから手を振っているのが見えた。

「……はぁ。やっぱり、GWの白神店に安息の地はないな」

大宮は苦笑いしながらマジックをポケットに放り込み、大混雑の売り場へと再び歩き出した。

埼玉の広い青空の下、ARX PLAZ白神店のゴールデンウィークは、真っ赤に実るトマトの苗のように、最高に熱く、騒がしく更けていくのだった。

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