第5話前編 一等地を占拠せよ!プラザ広場夏の陣
ゴールデンウィークを目前に控えた4月下旬の金曜日。ARX PLAZA埼玉白神店は、閉店後の静寂に包まれていた。
だが、自動ドアを入ってすぐ、全館の中で最も客の目が集まるフロント一等地の特設スペース「プラザ広場」だけは、一触即発の重苦しい空気が漂っている。
「――おい。そこをどけよ、大宮。ここは明日から、ウチの木材フェアのエリアだぞ」
少し尖った声が、広場に響いた。
声を放ったのは、DIY資材館の担当社員、佐藤拓海(23)。大宮や日用品館の結衣とは同期入社にあたる。手先が器用でDIYが趣味なことから資材館に配属された、少しこだわりが強めの若手だ。
いつも支給された緑のエプロンに作業着を綺麗に着こなし、腰にぶら下げている工具をジャラジャラと響かせている。ミリ単位の配置にこだわる完璧主義者で、要領よくサボる大宮のことが気に入らない男だった。
「そうだぞ猪狩。園芸はいつも泥まみれだろ。ウチはプロも集まるアークプラザの看板売り場だ。この一等地は渡せねぇな」
佐藤の隣で腕を組み、不敵に笑うのはDIY資材マネージャーの谷田部(38)。
園芸マネージャーの猪狩とは同期であり、事あるごとに売上実績を競い合っているライバルだ。谷田部の後ろには、DIY資材館のスタッフたちがずらりと控えている。
対する園芸館側。
「あら、谷田部くんに佐藤くん。相変わらず頭が固くてネジが締まりきってないのね」
フッと妖しく微笑んだのは、四天王のボス「園芸館の魔女」こと緑川まさこだ。
「明日からのGW、大地が一番求めているのは『春の夏野菜苗まつり』よ。お客様の心にトマトやナスの苗を植えるのが、私たちの使命。ウチがこの一等地を占拠します」
緑川の後ろには、切花担当で元ヤン風の百合園をはじめとする最強のパートおばさん主婦連合が、凄まじい笑顔の圧で並んでいる。
蓮は、ひな壇型パレットの端に腰掛けてスマホをいじりながら、死んだ魚の目を彼らに向けた。
「佐藤、お前たちが熱くなるのは勝手だが、俺を巻き込むな。俺はどっちの売り場でもいいから、早くバックヤードで仮眠を取りたいんだよ」
「大宮くぅん! 頼むから園芸館のために戦ってよぉ! 谷田部くんにバカにされたままだと、僕の胃に穴が空いちゃうよぉ!」
横から猪狩マネージャーが、おでこに限界突破の困りシワを刻みながら大宮の肩を揺さぶった。
「蓮さん! 目の前で園芸館を舐められて、黙っていられねぇっす!」
エプロンを泥だらけにした大学2年生の駄犬、犬飼陸も、留年の哀愁を漂わせながらその強靭な筋肉をピキピキと震わせている。
「……はぁ。めんどくさいな」
大宮は深くため息をつくと、スマホをポケットにしまった。プロのスイッチがオンになる。
「明日からのGW、趣味のガーデニング層とガチの農家層が押し寄せる。ここで野菜苗のスタートダッシュを決めないと、苗を並べる場を失う。……よし、佐藤。どちらが美しく機能的な売り場を作れるか、閉店後のガチンコ設営バトルだ。受けて立ってやるよ」
大宮は足元に置いてあったプロ仕様の頑丈なプラスチックケースのラッチをパチンと外し、愛用の「5万円程のフラッグシップ仕様インパクトドライバー」を無造作に取り出した。普段はサボり用(?)として大切に手入れしている特上モデルが、鈍い金属光沢を放つ。
「へぇ、サボり魔のくせに良いの持ってるじゃん。負けねぇよ」
佐藤も自前の工具ケースから愛機を構え、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
2つの館のプライドをかけた、深夜の設営大戦が始まった。
佐藤は趣味で鍛えた器用な手つきで、2×4木材をインパクトで小気味よく組み上げ、スタイリッシュな「GWウッドデッキフェア」の立体ブースを構築していく。横で谷田部マネージャーが「よし、いいぞ佐藤!」と鼻高々に指示を出している。
一方の大宮も、普段のサボり魔っぷりが嘘のような超高速のネジ締めで応戦。自慢の5万円のインパクトが、夜の店内に「ギギギギッ!」と小気味良い金属音を響かせる。
大宮は、大学4年生の就活生、水野楓がサッと差し出してきた「過去3年間のGW購買動線データ」のタブレットを片目で追いながら、冷徹に指示を飛ばした。
「犬飼、そこにひな壇を設置しろ。水野、トマトとナスの苗を、お客様の視線が一番最初に吸い込まれる高さに色分けして配置。緑川さん、スピリチュアルPOPの設置をお願いします」
大宮の完璧なロジックとインパクトによる神業的なスピードで、客が自然と吸い込まれてカゴに苗を放り込んでしまう『悪魔の野菜苗タワー』が、みるみるうちに形作られていく。
閉店1時間前、20時。両者一歩も譲らぬまま、プラザ広場に2つの完璧な売り場が完成しようとしていた、その時だった。
ガシャーーーーン!!!
店舗の最奥、バックヤードの搬入口から、不穏で凄みのある金属音が響き渡った。
「な、何ごとの大爆音ぉぉ!?」
猪狩マネージャーが飛び上がり、谷田部マネージャーも「なんだ今の音は!?」と目を見開く。
大宮と佐藤は顔を見合わせると、手にしたインパクトをケースに放り込み、同時に売り場を飛び出して暗いバックヤードへと爆走した。
搬入口に辿り着いた一同が目にしたのは、まさに絶望的な光景だった。
明日の土曜日に向けて、大型トラックから降ろされたばかりの、園芸館の「20kgの肥料・200袋(4パレット積み)」と、資材館の「大量のコンクリートブロック」が、搬入口を塞ぐようにして山積みになっている。
そして、その横では、店舗に1台しかないフォークリフトが、油圧ホースからプシューッと黒いオイルを激しく漏らし、完全に沈黙していた。
「嘘だろ……。リフトの油圧がイカれたのか……?」
佐藤が愕然と呟く。
「リフトが死んだ、ということは……」
大宮の死んだ魚の目が、さらに冷たく据わった。
明日の朝の開店までに、この合計数トンの重量物を、すべて「手降ろし」で、人間の力だけで片付けなければならない。
「……おい、大宮。どうする」
佐藤が額の汗を拭う。
「どうするもこうするもないだろ。明日の朝までにこれが片付かなきゃ、広場の設営どころか開店すらできない。……佐藤、売り場争奪戦は、バックヤードに持ち越しだ」
リフトの消えた絶望の戦場で、園芸館とDIY資材館の、本当の肉体派物流バトルへのカウントダウンが始まった。




