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毎日、緑のエプロン  作者: Garden


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第3話 園芸館の四天王は、今日もエプロンを泥で汚す

 3月下旬。埼玉にある地域最大級のホームセンター「ARX PLAZA埼玉白神店」は、1年で最も売り上げが跳ね上がる園芸シーズンの突入したとこであった。

 しかし、園芸館の裏手にある従業員用の狭い喫煙所だけは、いつも通り世間の喧騒から切り離された気怠い空気が流れている。


「ふぅ……」


 大宮は、コンクリートの壁に背中を預け、静かに紫煙を吐き出していた。

 黒髪の短髪を綺麗に7対3のアップバングにセットし、作業着着て、支給された緑のエプロンをまとった彼は、スマホの画面で自作の「農薬成分早見表」をスクロールし、完璧にサボっている。

 大宮のモットーは「やる時は一瞬で完璧に終わらせ、サボる時は徹底的にサボる」だ。入社2年目にして、彼は「いかに自分が動かずに売り場を回すか」という一点において、天才的な要領の良さを発揮していた。


ガラッ!!


 引き戸が勢いよく開き、猪狩が、おでこに情けない困り顔のシワを刻みながら突っ込んできた。

小太りで猫背の彼は、タバコを吸わないくせに、大宮がサボっていると自販機の缶コーヒーを片手に必ずここに現れる。


 「大宮くぅん! 売り場がすごい活気だよぉ! 土曜日だからお客さんがひっきりなしだ! 僕はレジの応援に行くべきかな、それともカゴの回収に行くべきかなぁ!」


 大宮はため息すらつかず、携帯灰皿に灰をトントンと落とした。


「猪狩さん。相変わらずテンパるのが早いですね。落ち着いて缶コーヒーでも飲んでてください。あんたがウロウロすると逆に現場の動線が乱れます」


「ひどいなぁ! 僕はマネージャーだよ!?」


「いいですか猪狩さん」


 大宮は冷めた目で煙を吐き出した。


「うちの園芸館を誰の巣窟だと思ってるんですか。あそこは、ボスの緑川さんが長い年月をかけて作り上げた最強のパートおばさん部隊……通称『園芸館四天王』が揃ってるんです。あの人たちが本気を出した売り場は、俺たちが何もしなくても勝手に完璧に回るんですよ」


 大宮に促され、猪狩が喫煙所の隙間から園芸館の売り場を覗き込む。

 そこは、ARX PLAZAの中で最も統率され、かつ最も活気に満ちた「完成された魔境」だった。


「みなさん! 今年のマーガレットは、いつも以上に『魂』がこもっています! ほら、この葉の裏の息吹を感じて! この子は今、あなたの家のベランダに行きたがって泣いているわ!」


 圧倒的な声量とスピリチュアルなトークで、常連客のカゴに苗を次々と詰め込ませているのは、四天王のボス「園芸館の魔女」こと緑川(みどりかわ)まさこ(58)。彼女が売り場に立つだけで、苗が文字通り飛ぶように売れていく。


「ちょっとお姉さん、この菊の仏花、もう少し安くなんないの?」


「奥様、お戯れを。うちの切花は毎朝市場から直送の特級品。お安くはできませんが……代わりに、奥様の今日の素敵なブラウスに合わせた、世界に一つだけのラッピングをサービスしちゃいます。……あぁん? 文句あるなら表出るか?」


「あ、じゃあ3束もらうわ!」


 凄まじい笑顔の圧と、たまに元ヤンの地金がハミ出るトークでクレーマーを完全調伏しているのは、切花担当の百合園薫(ゆりぞの かおる)(42)。

 さらにその奥では、残り2人のパートおばさんが、阿吽の呼吸で高速のレジ打ちとラッピングをこなしていた。緑川が統率するこの4人こそが、白神店の園芸館を裏で牛耳る最強の主婦連合であり、大宮が一切手を出す必要のない「完全自律型売り場」の正体だった。


「す、すごい活気だ……。緑川さんたちが作ったシステム、恐るべしだね……」


 猪狩が感心したようにコーヒーをすする。


「れんさぁぁぁーーん!! 培養土25キロ、50袋のパレットに積み替え、10分で終わらせてきましたッ!! 次は何を運べばいいですか、ウッス!!」


 ドタドタと重戦車のような足音を立てて喫煙所に乱入してきたのは、緑のエプロンを泥だらけにした大学生バイト、犬飼陸(いぬかい りく)(19)だ。(柔道部)

 大学1年生。それなのに、すでに単位を全て落として2回くらい留年したかのような、独特のドッシリとした哀愁と風格を漂わせている。通称は、大宮が命名した『園芸館の駄犬』。要領はすこぶる悪いが、なぜか仕事の処理能力と、重い土の袋を軽々と担ぐフィジカルだけは化け物じみていた。


「よし、よくやった犬飼。じゃあ次は園芸館の裏から『高麗芝』のパレットをフロントまで引っ張ってこい。動かないと単位落とすぞ」


「ウッス!! ほぼ留年はもう確定してるんで怖くないです!! 行ってきます!!」


 犬飼は尻尾を振るような勢いで、再びバックヤードへと爆走していった。


「大宮さん、また犬飼くんを脅してこき使ってますね。あの子、純粋だから本当に信じちゃうんだからやめてあげてください」


 クスクスと鈴が鳴るような軽い笑い声と共に、メモ帳を片手に現れたのは、もう一人の大学生バイト、水野楓(みずの かえで)(21)。

 大学3年生の就活生で、犬飼の先輩だ。素直で、可愛らしく、誰に対しても面倒見が良い。仕事に関しても非の打ち所がなく、切花売り場での華やかなレジ対応やアレンジ、丁寧なラッピングから、園芸用品の品出しまでマルチにこなす、このむさ苦しい園芸館の貴重なオアシスだった。


「水野、そっちのレジの状況は?」


 大宮が尋ねると、水野はパッと明るい笑顔を向けた。

「百合園さんの応援に入ったので、切花のレジはもう落ち着きました! 園芸用品の品出しも、さっき犬飼くんと一緒に終わらせてあります。大宮さん、今日の分の在庫データ、一応メモにまとめておきましたね」


「おぅ、サンキュ。助かる」


 大宮がメモを受け取る。水野のように有能で素直なバイトがいるからこそ、大宮のサボり環境は快適に維持されているのだった。


「ね? 猪狩さん。優秀なパートおばさんたちに、馬力の犬飼、そして非の打ち所がない水野。これだけメンバーが揃ってりゃ、俺たちがバタバタ動く必要なんてないんですよ。これぞ小売業の極致です」


「大宮くんがサボるための言い訳にしか聞こえないけど、確かにみんな本当に優秀だねぇ……」


 猪狩は感心しながら、泥だらけのエプロンで走り回る犬飼や、笑顔で接客する水野、そして客を圧倒する緑川たちの姿を眺めた。


「よし、じゃあ俺は、水野が作ってくれた完璧なデータを持って、事務所で『在庫調整』という名のネットサーフィンをしてきます」


「あ、ずるい! 僕も行く!」


「猪狩さんはマネージャーなんだから売り場にいてください。おでこ光らせてお客様の誘導でもしててください」


 大宮はタバコを携帯灰皿に消すと、水野に「ありがとな」と手を振り、足早に事務所へと消えていった。


「大宮さん、相変わらず要領いいなぁ。……あ、猪狩マネージャー、お客様が呼び出しボタン押されてるので、Gー2番通路の案内お願いします!」


「ひゃい! 分かりましたぁ!」


 水野に笑顔で指示され、猪狩もまた嬉しそうに売り場へと走っていく。

 大宮の吐き出した紫煙が、埼玉の広い夕空に溶けていく。

アークスプラザ埼玉蓮沼店の園芸館は、個性的で優秀なメンバーたちに支えられ、今日も騒がしく、そして完璧に回っていくのだった。

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