あなたに選択肢をあげるわ
「戦いなさい!」
声を張り上げたのはバレットだった。弛緩していた体に張りが戻される。すす汚れた腕を庇いながら、真正面にドロシーを捉えている。
「あなたの力が不足していることなど先刻承知。だからといって、誰もそんなことは責めないわ。そもそも、夢魔に比べたら、この場にいる全員が力不足。糾弾するのがお門違いというもの。でもね」
そこで言葉を切り、バレットはまっすぐにドロシーを指差す。険しい顔つきに意図せず息を呑んだ。
「己の責務を全うせずに逃げ出すというのなら、遠慮なく非難させてもらう。戦おうとすることもなく現状を嘆くだけ。そんな愚か者はこの先生きていけないわ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。彼女はなにも、この世界、ドリームワールドについてだけ言及しているわけではない。胸の中を抉られたようで、強くローブを握りしめる。
「あなたが同じ過ちを繰り返すというのなら、別に言うことは無いわ。このまま指を咥えて私たちが全滅する様を傍観しているがいい。ここで一目散に逃げだせばあなただけは助かるでしょうね。ネム、あんたのことだから、そんな救済処置も用意しているんでしょ」
「やれやれ、君にはいつも一杯くわされる。どうしてもというなら、この空間から脱出させてあげてもいい。全員が逃げ出せるだけの時間を確保できる保証はないけどね」
嘘ではないと主張するためか、ネムのすぐそばには空間の揺らぎが広がっている。飛び込めば、こことは別の時空に飛ぶことができるのだろう。さながら、地獄に垂らされた一本のクモの糸といったところだった。
「愚かな。逃がすと思うか」
ドラゴンが炎を吐こうと胸を膨らます。だが、一本の矢が顔面をかすめた。うっとうしそうに首をもたげると、ディーンが両手を広げていた。
「サイコキネシスでディーンの弓矢を利用させてもらった。警告。私ではちょっとした時間稼ぎにしかならない。説得するなら手早くやって」
ディーンの意向を悟ったのか、バレットはドロシーへと歩み寄る。火傷の後遺症で立っているのもやっとのはずだ。なのに、平然を装っている。
一言も発することができずにいるドロシーに、バレットはライフル銃を差し出す。先ほど、己の魔法によって生成したものだ。
「あなたに選択肢をあげるわ。ここで尻尾を巻いて一人で逃げ出すか。それとも、覚悟を決めて戦うか。逃げ出すというのなら止めはしない。あなたに、仲間を見殺しにしたという罪悪感と向き合うだけの根性がある。そう認めてあげるから」
選択肢があるようで無いも同然だった。堰を切った涙はとめどなく溢れ出てくる。回れ右をすれば安寧の地へと続く扉が開いている。一思いに飛び込めば、「この場だけは」助かることができるだろう。
しかし、そうなれば五人が全滅するのは必至だ。ユミナの弓とサクヤの剣を借り受けてドラゴンを牽制しているものの、時間稼ぎも限界に近付いている。むしろ、ドラゴンの方も戯れでディーンの魔法に付き合っているきらいがある。彼女の魔力が尽きるのを待って、無抵抗の少女たちを蹂躙する。そんな魂胆だろう。
なにより、ドロシーは、真帆はもう見たくは無かった。かけがえない仲間たちが無残に命を散らしていく様を。目が腫れるのを厭わずに力いっぱい瞼をこする。赤みがかった瞳でバレットと真正面から向き合った。
「教えて。あいつを倒すにはどうしたらいいの」
ほんの一瞬ではあったが、バレットは破顔する。年相応な表情が垣間見えたが、すぐに真剣な顔つきに戻った。
ドロシーにライフル銃を手渡すと、首だけでドラゴンを捉えた。正確には、ドラゴンの首の付け根辺りを指している。
「このライフル銃には私の魔力が込められている。レベル5のあなたが使ったとしても、私が直接攻撃したぐらいの威力は出せるはず。この銃を使って、ドラゴンの首元を攻撃しなさい」
バレットの魔法「ハードライフル」には自身の攻撃性能を高めるだけではなく、第三者におのれの攻撃力を受け継いだ武器を譲渡するという隠し効果があった。平たい話、ライフル銃を使えばドロシーの攻撃力だけはLV42相当となる。
「使い慣れていない銃で狙い通りのところを撃ち抜くなんて土台無理。それに、遠距離からでは威力が軽減してしまう。だから、どうにかしてドラゴンへと接近し、至近距離から弾丸を打ち込みなさい」
「そんなの無理……」
不満をぶつようとしたが、有無を言わさぬ威圧に言葉を飲み込むしかなかった。無茶苦茶な作戦ではあるが、ドラゴンに勝つにはそうするしか手はない。
問題は、どうやってドラゴンに接近するか。糸口だけはすんなり見つかった。
「ライドスター」
口に出すと同時に手を打った。高速移動のみならず、空中浮遊すら可能にする星形機動装置。そいつを利用すればドラゴンの至近距離にまで寄ることは可能だろう。
だが、口に出して「ライドスター」と言ったにも関わらず、星形サーフボードは出現しなかったのだ。そもそも、魔法が発動できなければ、作戦もへったくれもない。
躍起になって「ライドスター」と連続で発音する。腕を伸ばしたり、地団太を踏んだりと所作にも工夫を入れる。しかし、いくら唱えようと物体のひとかけらですら召喚することができなかった。徐々に脳内を蝕む恐怖の光景。払しょくしようとがむしゃらに呪文を唱える。
同じ言葉を連続で叫び続けて喉が痛くなってくる。声もかすれ、焦りからか過呼吸になっていく。ドラゴンの攻撃から時間稼ぎをするのも限界のようだ。弓矢と日本刀が弾き飛ばされたせいで、ディーンは丸腰のまま対峙する羽目になっている。もちろんのこと、サクヤたちも復帰には程遠い。
絶望的な状況下、ドラゴンは大きく下あごを開く。喉の奥からは絶え間なく熱波が放出されている。睥睨した先にはサクヤたち四人の魔法少女。嫌らしく舌なめずりをしている。
どうせ食するのなら、生よりも加熱調理をした方がいい。そんな判断なのだろう。ドラゴンの口元から火炎弾が発射される。あくまで攻撃ではなく調理だ。つばでも飛ばす感覚のか弱い炎である。
だが、ドラゴンにとっては取るに足らない炎でも、人間の視点からすると火炎放射器で攻められているのと変わりない。そして、彼女たちに炎を防ぐ手立てもない。ドルチェが防御の魔法を習得しているが、発動する魔力が不足している。もう数分発射されるのが遅ければ、一発ぐらいは詠唱できただろうが、敵がこちらの事情をくみ取ってくれるなど虫のいい話だった。
ドロシーは胸を締め付けられる。エカトリーナの絶望にまみれた最期がちらつく。おまけに、炎の軌道の先に居たのは、
「時雨ちゃん!」
思わず変身前の名前を呼んでしまう。当のサクヤはまともに動くことができず奥歯を噛みしめていた。このままだと、直撃によりもっとも実害を受けるのはサクヤだろう。あふれ出す汗は迫りくる熱波のせいだけではないはずだ。
ドロシーは必死に両手を広げた。炎が到達するまで時間が無い。指先が熱を帯びる。両手だけではなく、手首までもが熱くなってくる。今だったらやれるかもしれない。その自信に根拠はなかった。それでも、自然と魔法の言葉が口を紡いだ。
「シューティングスター」
普段、声量はそれほど大きい方ではない。たまに、聞き返されるぐらいだ。なので、自分でもこれほどまでに大きな声が出せたのかと驚いてしまう。傍にいたバレットが思わず耳を塞いだ。
そして、出すことができたのは大声だけではなかった。ドロシーの掌底より光が灯され、それは星形の魔弾へと昇華していく。精いっぱい腕を伸ばすと、魔弾は一直線にドラゴンの元へと邁進していった。




