責任転嫁はお手の物だろう
険悪な雰囲気を破ったのはネムだった。夢魔のホログラムを消滅させると、代わりに空間に歪みを生じさせた。この会議室へと招いた空洞と同種のものだ。
「やれやれ。協力しないと勝てない相手なのに、先が思いやられるね。本来なら態勢を整えるべきだろうけど、夢魔は待ってくれないみたいだ。このエリアへの接近が確認されている。ここをくぐれば奴と対峙する。覚悟ができた者から進んでくれ」
促されるが、率先して進む者は皆無。
そう思われたが、やはりというかバレットが真っ先に立ち上がった。他の少女たちには一瞥もくれず、それどころか一言も発することなく異空間へと足を進めていく。
堂々と戦場へ赴く姿に触発されたか、次に立ち上がったのはドルチェだった。扇子を広げて高笑いをしている。
「あいつにばっか、いい恰好はさせられんからな。ごちゃごちゃ議論しとったみたいやけど、相手はぶっ潰すべき夢魔やというのは間違いないのやろ。なら、戦うべきやん」
堂々とゲートを潜り抜けていく。それに負けじとのろしを上げたのはサクヤだった。続いて、ユミナ、ディーンと立ち上がる。
「ドロシー、ごめん。あいつにばっかいい顔をさせられない。それに、今回の夢魔はどうしても倒しておかないといけないからさ」
「ネムやバレットの話はともかく、強力な夢魔を放置しておくわけにはいきません。微力ながら参加させてもらいます」
「同意。悪い奴は退治されるのが定め」
同胞たちが戦場へ赴き、ついに残るはドロシー一人となった。ここをくぐればすぐ戦場となる。お守り代わりに握りしめる杖が心もとなかった。
ドロシーはすぐそばで渦巻く扉を前に座り込むことしかできなかった。進もうと思っても足がすくんでしまう。
正直、少しばかりでも躊躇する者が現れてほしかった。さすがにレベル50の夢魔が相手ならば慎重になってしかるべきだ。でも、矢継ぎ早に戦場に赴くなんて予想外だった。
ついには腰が抜けて座り込んでしまう。すると、ネムが真正面からドロシーの顔を覗き込んだ。
「この戦いは強制ではないからね。逃げ出したければ逃げればいいよ。でも、君はそれでもいいのかな」
「どういうこと」
ふてくされてそっぽを向くが、執拗に先回りする。本来ならつぶらで可愛らしい瞳なのだが、最奥に宿る眼光はいかに濁っているか。本能的にたじろぐが、ネムの切迫は止まらない。
「もし、参戦しなかったらいつまでも恨み言に晒されると思うな。君が来なかったから負けたなんてね」
「そんなことあるわけないよ」
むしろ、自分が来たせいで足手まといになって負けた。そう責められるのがオチではないか。頭を抱えるドロシーにネムは囁く。
「どんなに大人ぶっても君たちは所詮子供だ。責任転嫁はお手の物だろう。それにいいのかい。君が与り知らないところで、知り合いの魔法少女たちが無残に散っていく。その現実に背を向けて怯えているだけなんて」
戦いは始まってもいないのに、どうして不埒な空想をしてしまったのか。フラッシュバックするのは、ドラゴンの爪で全身を切り裂かれるサクヤや、炎に呑まれるバレットの姿だった。
荷物にしかならないかもしれない。痛いほど思い知っているはずなのに、ドロシーは吸い寄せられるように扉へと足を運んでいた。周辺の景色が歪む。一度ワープを経験したから、一瞬の出来事だというのは分かる。けれども、気のせいだと思いたい。ほんのわずかに映ったネムの表情がこれほどなく醜く歪んでいたことに。
幸いというべきかは分からなかったが、討伐対象である夢魔ドラゴンはまだ出現していなかった。とはいえ、直感からとてつもない相手が近づいていることは分かる。他の魔法少女も承知しているようで、一様に武器を構えて辺りを探っていた。
「尻尾を巻いて逃げ出すかと思うたが、やって来たんやな。まあ、せいぜいきばりや」
緊張を紛らわすためか、ドルチェがドロシーにちょっかいをかける。ドロシーははにかむしかできなかった。
「案外あなたが足を引っ張るんじゃないですか」
「うっさいな。ユミナ言うたか。あんさん、うちと同じレベル10やあらへんか」
「この中では高い方だからマシでしょう」
「遺憾。レベル8では不足と言うか」
「私もレベル8なんだけどな」
ディーンの抗議にサクヤは自嘲する。この流れに混ざりたくなかったが、目ざとくドルチェはドロシーを扇子で指し示す。
「まあ、レベル5もおるみたいや。ほんまにお荷物にならんか心配やな」
大々的に馬鹿にされたのだが、返す言葉もなかった。ドロシーはただただうつむく。
「つーか、一人おかしい奴がおるやろ。なんやねん、レベル43って。あいつに任せとけばええやないの」
「端からそのつもりよ。妙な邪魔はしないことね」
「なんやて!」
無意味な火花を飛ばしていると、ネムが仲介して来た。音もなく現れるものだから、虚を突かれた形になる。
「バレットのレベルなら、単独でも倒せるかもしれないね。でも、念には念を入れて、さ。レベル50の夢魔であれば得られる経験値は莫大だ。協力するメリットは大きいと思うよ」
「おこぼれをもらうみたいで納得いかへんが、そういうことにしとこか」
ふてくされるドルチェ。バレットはネムのフォローがおせっかいだと言いたげに、拳銃に息を吹きかけている。
やがて、全員に緊張感が迸る。これまで感じたことのない威圧。それが空からやってくる。
ドリームワールドに基本的に天候の概念は無い。常に程よく晴れ渡っているのだが、急に陽光が遮られたのだ。
そして、衣装に吹き付ける突風。ゲリラ豪雨の前触れと錯覚しても致し方なかった。だが、実際に訪れたのは豪雨よりもたちが悪い「奴」だった。
その姿は先刻ホログラムで確認済み。だから、いきなりドラゴンが出てきても大して驚くことはない。驚愕したのはむしろ、予想していたよりも巨大だったからだ。




