死んで然るべき人間も存在するんだよ
「あんさん、正気か。レベル50やなんて、倒せるわけないやろが」
「だから、魔法少女を集めたんじゃないか。君たちのレベルは5から10ぐらい。6人ぐらい集まればレベル50に匹敵するだろ」
「合計すれば45レベルぐらいになるとは思いますけど」
弱者が束になってかかれば強者に勝てるかと問われれば、必ずしも「是」ではない。数を集めただけで勝てるのであれば、特撮ヒーローはとっくの昔に戦闘員軍団に負けているはずである。
極端な例を出さずとも、イワシの集団が巨大魚に一網打尽にされている様を想起すれば答えは出る。落胆が混じる少女たちをよそに、ネムは説明を続ける。
「レベル50の夢魔が厄介なのは単純に強いというだけではない。こいつを放っておくと、人間社会に不都合な出来事が起きるんだ。そもそも、君たちが意識していないだけで、夢魔による事件はこれまでも数多く引き起こされているんだけどね」
「そうなんですか」
ドロシーが声をあげると、ネムは首肯する。
「あまりにも程度が低すぎて話題にするほどじゃなかったというだけさ。例えば万引きとか盗撮の類だね。この程度の軽犯罪なんて、毎日腐るほど起きているだろ。あれは君たちが普段相手にしている低レベルの夢魔が人間に干渉して引き起こしているんだ」
例えば、レベル1の夢魔が引き起こすのはコンビニで駄菓子を万引きする程度だという。放ってはおけないが、血色を変えて追う事件でもない。
裏を返せば、レベルの高い夢魔が引き起こすのはとんでもない事件ということだ。証明するかのように、ネムはホログラムのドラゴンの周囲を飛び回る。
「君たちもガキじゃないんだから、毎日ニュースを見るぐらいはしているだろう。ならば、最近の出来事なら知っているはずだ。ほら、相生市で殺人事件があっただろ」
そう言われてドロシーは今朝のニュースを思い出した。会社経営者の男が従業員によって刺殺された事件。まさかと思い、手を口で覆う。
「あの事件は容疑者の男に夢魔がささやきかけたことで起こったんだ。別に珍しいことじゃないよ。過去に発生した殺人事件でも、夢魔が関与したものなんて枚挙にいとまがないからね」
さも当然のように言ってのけるが、少女たちが受けた衝撃は一塩だった。殺人犯そのものと対峙するわけではないのだが、ホログラムの牙からは相応の狂気が発せられている。あるいは、殺人犯を退治するほうがまだ容易いかもしれない。
しばらく言葉を発せずにいると、ネムが口角を上げる。
「まあ、あの事件に関しては殺された男も文句は言えないみたいだね。会社経営の中年野郎だっけ。彼は自社の利益を上げるのに盲進するあまり、従業員をひどい待遇でこき使っていたみたいだからさ。いわゆる、典型的なブラック企業の社長というやつだよ。排除しようにも、常人に人を殺せる度胸なんて無いだろ。泣き寝入りするしかないというのがオチだったのさ。まあ、死んで当然の人間が死んだのだから、今回はまだマシじゃないかな」
「そんなことないよ!」
声を上げたのはドロシーだった。衆目を集める中、肩で息をする。
全身をなめまわすように、ネムが彼女の周囲を飛び回る。反論しようと口を開くが、ネムの長い鼻が封殺した。
「君の言いたいことは分かるよ。人間の命に優劣はない、だろ。確かに正しい意見だ。死ぬべきでない人間が不本意な理由で命を落とすことなんて珍しくもない。学校の道徳の時間だったら花丸をもらえていただろうね」
主張を先取りされて、喉まで出かかっていた言葉は空回りする。負けじと背筋を伸ばすが、真正面からネムの意地悪い顔と対面してしまう。
「けれども、世の中の人間がすべて善人なわけないじゃないか。死んで然るべき人間も存在するんだよ。もし、そんな人間が夢魔の託宣を受けたらどうなると思う。レベル50『ごときの』夢魔でも、犯罪史上に残る凄惨な事件を引き起こさせるかもしれないよ」
「そんなこと」
ないとは断言できなかった。許されざる重大事件は過去に幾度も発生している。そのすべてが夢魔を起因として引き起こされたとは限らない。
「同意するのは癪だけど、そいつの言う通りだわ」
能動的に発言するとは思われなかった人物から声が上がり、再び静寂が訪れる。反論など受け付けぬという呈で、バレットは腕を組む。
「この世にはどうしようもない悪というものも存在しているの。敵に情けをかけようなんて、甘い考えでいるならこの先生き残れないわよ」
「そんなこと」
そんなことないと断言したかった。しかし、バレットの雰囲気に流され、最後まで言い切ることはできなかった。正義の魔法少女マジカル☆ドリーミィなら堂々と啖呵を切っただろうか。
だが、バレットと対面すると理想論などはじけ飛んでしまう。年齢は変わらないはずなのに、幾千の修羅を潜り抜けて来た猛者と対峙している心地になる。
ポニーテールにしている髪を掻き上げる。そして、冷たく言い放った。
「少なくとも、これから戦うのは怪物。私たちとは価値観からして違うわ。まさか、夢魔相手に和解を申し出ようなんて馬鹿なことは考えていないでしょうね。奴らは欲望のままに、邪魔する者は喰い尽くそうとする邪悪の権化よ。甘い考えで挑めばやられるのはこちら。それだけは忘れないことね」
頬杖をつく彼女に反義を持ちかけられる者など皆無だった。沈黙が支配する室内で、夢魔のホログラムだけが無意味に回転を続けていた。




