トラウマ
普通ならば、肉体に風穴を開けられたら即座に絶命してもおかしくはない。だが、蛇の執念というべきか、凶弾を放った第三者を恨みがましく睨みつけている。夢魔の怨恨などつゆしらず、介入者、バレットは右手の拳銃を回転させる。
「夢魔の気配を追ってきたけど、まさかまたあなたたちと会うなんてね」
「魔法少女、バレット。何しに来たのよ」
「夢魔を追って来たと言ったでしょ。結果的にあなたたちを助けることになるけど、文句はないわよね」
口調からしてネムを想起させてむかっ腹が立つ。だが、不平を漏らすわけにはいかなかった。現状況からして、彼女の存在はまさに救世主。素直に助力を請うしか助かる道は無い。
ドロシーたちの思惑などお構いなく、バレットは標準を合わせなおす。いかな事情があろうとも、彼女のやるべきことに変更は無かった。バイパーはかろうじて体力を保っている状態だが、最後っ屁とばかりにバレットへと尻尾を叩きつけようとする。先ほど不意打ちが決まったため、今回はうまくいくだろうという驕りが現れていた。
しかし、浅はかな不意打ちが決まるほどバレットは柔な魔法少女ではない。腕を横に広げるや、引き金を引く。迫っていた尻尾に弾丸が炸裂し、バイパーは苦悶に喘ぐ。
「すぐに楽にしてあげるわ。モノブラスト」
最後通告とともに、魔力を込めた弾丸が放たれる。風穴が更に広げられ、残されていたバイパーの体力値をすべて奪い去った。
敵を討伐したファンファーレが鳴り響いてもバレットは特に反応することは無い。拳銃を格納すると、つかつかとドロシーたちの元へ歩み寄った。
無言のまま見下ろすバレット。すると、サクヤが左腕を押さえながら吠え掛かる。
「別に助けてくれと頼んだわけじゃないから。思いあがらないでよね」
「窮地を救った割に随分な言いようね。私としても助けようと思ったわけじゃない。夢魔が居たから退治しただけ。それに、早いところ治療したほうがいいわ」
そういうと、バレットは小瓶を取り出す。見覚えのある青色の液体にドロシーたちは声をあげた。
「ナオルシン。どうしてあなたが持っているのよ」
「持ち主不在のまま放っておくわけにはいかないでしょ。あなたたちはポーションをどうこうできる状態ではなかったから、回収しておいたの。どのみち、返そうとは思っていたわ」
放り投げられたポーションを拾い、ドロシーはサクヤに投与する。痛みも引いて行ったのか、サクヤの表情が幾分緩んだ。
「あなたたちにとってはレベル相応の相手だとはいえ、無様ね。あの程度に苦戦しているようでは、この先生き残れないわよ」
「余計なお世話よ。私が本気を出せばあんな奴一発だっての」
サクヤがバレットの嫌味に反撃する。しかし、ドロシーはうつむいたまま一言も発することができなかった。未だに体の震えが止まらない。顔面蒼白になり、腰を上げることすらままならなかった。
ドロシーの異常を察知したバレットは片膝をつく。怯えるドロシーにサクヤは体を割り込ませる。
「別にどうこうするつもりはないわ。ただ、様子がおかしいと思っただけ。強敵に出会ったとしても、この反応は異常だわ」
「あんたに同意するのは癪だけど。でも、本当にどうしたのよ、ドロシー」
二人から心配され、ドロシーは大きく深呼吸する。少しでも現状を打ち明けられれば楽になるだろうか。すがるようにサクヤに身体を預ける。
「どうしてか分からないけど、怖いの。バイパーの牙が迫って来た時に、コカトリスのことを思い出しちゃって。だって、あの時やられていたのは私だったかもしれないのに」
先ほどの戦いのことを思い出してしまい、ドロシーは体を震わせる。彼女を宥めるサクヤをよそに、バレットは顎に手を添えていた。
「それに、魔法を使おうとすると、あの時のことが思い浮かんでしまう。口が震えて、思うようにしゃべれなくなるの」
必死に訴えるドロシー。難しい顔をしていたバレットだったが、やがて滔々と語りだした。
「私はその道の専門医ではない。だから、余計な口出しはするべきではないのかもしれない。そのせいで病状を悪化させたのなら元も子もないし。
でも、原因がはっきりしないまま悶々とするのもまずいと思う。だから、あくまでも私見を述べておくわ。ドロシー、あなたはひどいトラウマにかかっている」
「トラウマ?」
「PTSDって知っているかしら」
聞き覚えがあるようでない言葉に、ドロシーと同調してサクヤも首を傾げる。バレットは腰に手を据えて説明を始めた。
「ひどい事件や事故に巻き込まれた後に、ふとした拍子にその出来事のことを思い出してしまうことよ。ドロシーの場合、エカトリーナがやられた戦いのことがトラウマとなり、夢魔と戦おうとすると彼女がとどめを刺された場面が蘇ってしまう」
「あんた、エスパーなわけ。どうしてドロシーのことをはっきりと断言できるのよ」
返答できずにいるドロシーに代わり、サクヤが疑問をぶつける。バレットはため息をついて続けた。
「別に読心術なんか使えないわ。ただ、最近の出来事から推測しただけ。当たらずも遠からずでしょ」
それどころか、まさにドロシーの現状を言い当てていた。トラウマにより、思うように魔法が使えない。原因が判明したとはいえ、肝心の部分は未だ不明瞭だった。
「それで、どうしたら治るわけ」
「PTSDについても本で少し読んだだけよ。どうやったら治療できるかなんてわかるわけがない。おまけに、医者にかかれといったところで無理な相談になる」
バレットの言う通りだった。精神科を受療しようとしても、「夢の中のゲームで敵に襲われたことがトラウマになっている」なんて信じてもらえそうもない。それに、治療の過程で魔法少女ゲー夢について話してしまう恐れもある。
ゲームオーバーが現実世界での死に直結すると判明しているのだ。ゲームのことを他言したペナルティが単に「魔法少女に変身する資格を失う」というだけとは思えない。本当にそれだけなら嬉々として宣伝するところだが、軽はずみな失言は避けるべきだ。
「時間が経てば、受けた衝撃も収まっていくかもしれない。だから、現状としてはなるべく夢魔との戦いを避けるしかないわね。まあ、野生生物が跋扈している荒野のど真ん中に放り出されているようなもの。いつまでも逃げ続けるのは難しいと思うわ」
「あんたは一言余計なのよ」
ドロシーを抱き寄せ、サクヤが失言を諫める。とはいえ、間違ったことを言っているわけでもなかった。この世界に呼び寄せられている限り、夢魔との戦いは避けられない。陰鬱な現実を突きつけられ、ドロシーは嗚咽を漏らすのであった。
そんなドロシーの現状をあざ笑うかのように、彼女たちへとこれまでにない脅威が差し迫ろうとしていた。いち早く察知したのはネムだった。単独で周回していた彼は独り言ちる。
「いつになく強力な奴が迫ってきているね。これは『アレ』を開催するしかないか」
危機に直面しようとしているにも関わらず、その口調は実に楽しそうであった。




