君は馬鹿なのかな
夕食とお風呂も拝借し、時刻は午後十時となった。修学旅行ならば消灯時間となるのだが、二人にとってはこれからが本番である。
「まずはどれで遊ぶ。やっぱ定番のやつにしよっか」
引っ張り出してきたのは最新のゲーム機である。夢の中で散々VRMMOっぽいゲームをやっていて、現実世界でもゲームをやると胃もたれを起こしそうだ。正直、素直に楽しめるとも思えなかった。
だが、いざゲームをプレイし始めると、
「時雨ちゃん、甲羅を投げないでよ」
「そっちこそバナナを投げないで」
なんだかんだ夢中になってコントローラーを握るのであった。赤い帽子の配管工が運転するカートを巧みに操作するのだが、先行する亀の魔王を追い越すことができない。そもそも、このゲームで時雨に勝てた記憶がほとんど無いのである。
結局、今回も時雨に敗北してコントローラーを投げ出す。同時に足をなげうって、後ろ手になる。
「キシシ。私に勝とうなんて百万光年早いのよ」
「時雨ちゃん、それは距離だよ。でも、もう一回。今度は負けないからね」
鼻息荒くコントローラーを手にする。躍起になっている真帆を前に、時雨は微笑んだ。
「よかった。なんだかんだ落ち込んでいると思っていたからさ。元気を取り戻せたじゃん」
「時雨ちゃんだって落ち込んでいたんじゃないの」
「真帆ほどナーバスになってません」
イーッと歯をむき出しにすると、時雨もまたコントローラーを握る。リベンジマッチが開催される。そう思われたのだが、事態は思わぬ方向に転ぶこととなった。
いつまでもキャラクターの選択が完了せず、真帆は焦れてくる。劣勢ならばともかく、常にぶっちぎっている時雨が熟考することなどあるのだろうか。不審に思い、隣を視察する。
すると、なんということだろうか。時雨がうつらうつらと舟をこいでいたのだ。修学旅行では消灯時間ではあるが、睡魔に襲われるにはまだ早い。それどころか、つい数秒前まで元気に真帆を煽っていたではないか。
「ちょっと、起きてよ」
焦燥にかられて、時雨を揺り動かす。瞼と瞼がくっつきそうだったが、必死に振動を与えたおかげもあり、どうにか正気を取り戻した。
「ありがと、真帆。なんだかいきなり眠くなってさ」
「しっかりしてよ、時雨、ちゃん」
注意しようとしたが、真帆もまた激しい眠気に襲われる。恐ろしいまでの倦怠感に、上半身を起こしていることさえ億劫になってくる。
「どういうこと。なんか、すごく、眠い」
「真帆。しっかりして、真帆」
互いに叩き起こそうとするが、腕に力が入らなくなってくる。徹夜した直後ぐらいの眠気に抗えるはずもなかった。やがて、二人して寄り添うように夢の世界へと旅立っていった。
しっかりと自意識を取り戻した時には、既に魔法少女ドロシーおよびサクヤへと変身が完了していた。たどり着いたのはもちろん、人為的で静寂な都会のジャングル。自分たちの姿に愕然としていたところ、ネムがにやにやしながら漂っていた。
「ようこそ、ドリームワールドへ」
うやうやしい口調がいつも以上にうっとうしく感じた。
「どうなっているのよ。急にすごく眠くなるなんて」
サクヤが不平を訴えるとネムは深々とため息をつく。意地悪く迫られ、二人して身を寄せ合う。
「君たちが目論むことなんてお見通しさ。どうせ、眠らなければこの世界に来ることは無いなんて高を括っていたのだろう。まあ、考え方としては間違っていないね。確かに、眠ってもらわなければ、この世界には訪問できないからさ」
二人の周りをゆったりと巡る。いつもよりもねっとりとした口調に、胸がざわめいて仕方がない。
「けれども、君たちは大事なことを忘れているみたいだ。人間が睡眠をとらずに生活できるなんて、本当に考えているのかい。例え、一日を徹夜で過ごせたとしても、一週間すら眠らずに過ごすなんて無理だろう。生きている限り、この世界にやって来るしかないのさ」
絶望的な宣告と等しかった。参加してしまったが最後、一生ゲームに参加し続けるしかない。あまりに理不尽過ぎる条件にドロシーは絶句し、サクヤは地面を蹴る。
「もうたくさんよ! こんなゲーム止めてやるわ!」
「君は馬鹿なのかな。前にも説明しただろう。途中で死なない限り、ゲームを止めることはできないって。それに、僕と言い争っている暇はないと思うよ。こうしている間に、夢魔は侵攻を開始しているからね。魔法少女としての使命を果たせるように注力するのが建設的じゃないかな」
いきり立ってサクヤは抜刀する。すかさず一太刀を振るうが、斬撃は空を切り裂いた。浮遊しながらネムは嘲る。
「もう一つ教えておいてあげよう。あの薬を飲んだことで君たちの体質にも変化が起きているんだ。この世界には無限に滞在できるわけではなく、肉体が眠りから目覚めれば自動的に帰還するようになっている。時間にしては八時間ぐらいかな。逆に、ずっと起きて居ようとしても、一度目覚めてから十六時間を経過すると、自動的に眠気に襲われるようになる。
要するに、八時間眠って存分に戦い、残りの十六時間で日常生活を謳歌してくれということさ。人間の理想的な生活リズムを提供しているのだから、感謝してほしいぐらいだね」
健康的な生活リズムではあるが、ゲームの性質を聞いた後だと皮肉にしか思えなかった。
呆然とする二人を残し、ネムは飛び去って行く。彼の話を真に受けるなら、あと七時間以上は元の世界に戻れないことになる。無機質な都会のジャングルでは心休まる場所など思いつかない。勢いづいて蹴飛ばした小石がどこまでも転がっていった。




