夜逃げでもしてきた?
「でも、どうしてお泊り会」
「一人で居ても、すぐに眠っちゃうでしょ。なら、二人で眠らないように見張っていればいいじゃん」
なるほどと、真帆は手を打つ。有言実行を地で行くのが時雨と言う少女だ。「親に連絡しなきゃ」と隠し持っていた携帯電話のボタンを叩く。校則で持ち込みは禁止されているのだが、律儀に守っている方が少数派だ。かくいう真帆もこっそり所持していたりする。
夕飯前に時雨の家に集まると取り決め、真帆は一旦自宅へと帰宅する。修学旅行で使ったボストンバッグに着替えやトランプなどの遊び道具を詰め込み、肩にかける。予想以上の重さになってしまったため、階段を降りるときに四苦八苦する羽目になった。
勢いあまってそのまま出かけようとしたが、玄関先でふと足を止めた。さすがに言付けをしておかないとまずい。足取りが重くなりながらも、台所へととんぼ返りする。
母親は台所で野菜を仕舞うのにてんてこ舞いだった。調理をしていなくてよかったと胸をなでおろす。言付けするのが遅れたら、どれだけ嫌味を言われたことか。
「あ、あの、お母さん」
及び腰になりながらも声をかける。相変わらず冷蔵庫と睨めっこしており、一顧だにしない。単に空返事が為されただけだ。先生に失態を打ち明ける心地になって来る。
「メールしたと思うけど、時雨ちゃんの家にお泊りすることになって。その、行ってもいいでしょ」
「そういうのはもっと早く言うのが筋じゃない」
釘を刺され、ぐうの音が出なくなる。スカートを握る手に汗が滲んできた。
相変わらず格納するのに手間取っており、吐き捨てるように告げた。
「泊まると言っても一日だけでしょ。行ってくれば」
「う、うん。いってきます」
努めて明るい声を出す。もし、真奈が同じようなことを言いだしたらどのような反応をするだろうか。そんな嫉妬めいた感情を抱くのであった。
玄関で靴を履き替えていると、真奈が音を立てながら階段を下りて来た。お腹をさすっており、小腹でも満たそうとたくらんでいたのだろうか。
「あれ、お姉ちゃんどっか行くの」
「時雨ちゃんの家にお泊りに」
「いいな。私もお泊りしたい」
「真奈は林間学校があるでしょ」
ふぐのようにむくれる真奈。そんな反応が愛おしく思えた。妹の頭を撫でると、重い荷物に身体を取られながらも、通いなれた旅路を進んでいくのであった。
時雨の家に到着するや、開口一番指摘されたのは、
「夜逃げでもしてきた?」
一泊するには大きい荷物についてだった。別に家出をするつもりはないのだが、荷物の取捨選択ができずにボストンバッグはパンパンに膨らんでいた。
幼馴染の時雨の自宅を訪問するのは初めてではない。それどころか、幼少時からしょっちゅう遊びに行っている。とはいえ、一泊させてもらうのは初めてである。勝手を知ったように、彼女の部屋へとお邪魔する。
マジカル☆ドリーミィのポスターやらグッズやらでおもちゃ箱をひっくり返したようになっている真帆の部屋とは大違いで、すっきりと片づけられている。彼女の性格からすると意外とも思えた。
「まあ、適当に座りなよ。こいつでも読む?」
差し出されたのは週刊の少年漫画雑誌に掲載されているバスケ漫画の単行本というのが時雨らしい。本棚には整然と漫画本が並んでいた。「活字を読むと眠くなる」とは時雨の持論だ。
しばし読書会とあいなっていると、部屋の扉がノックされる。そして、時雨とよく似たスタイリッシュな女性がお菓子とジュースを運んできた。
「勉強会と聞いていたけど、結局遊んでいるじゃない」
「これからやろうと思っていたところよ」
苦笑しながらもテーブルにコップを置く。年齢からすると真帆の母親と大差ないはずだが、十歳の差があると言われてもおかしくない。テレビの表現を借りれば美魔女だろうか。時雨から「人の母親に見惚れてるんじゃない」と小突かれる始末だ。
「本当にきれいだよね、時雨ちゃんのお母さんは。モデルさんみたい」
「ほめ過ぎだって。ただの花屋のバイトだから」
苦笑しながらポテトチップスを齧る。「家計が火の車じゃない」と文句を垂れながら、スーパーでレジ打ちをしている母親とは大違いだと真帆は羨望するのであった。
勉強会という名目のために素直に宿題を進めるものの、次第に雑談に華を咲かせるようになる。真帆と時雨の二人きりということもあり、話題は魔法少女ゲー夢についてだ。
「やっぱり信じられないよ。夢の中のゲームで死ぬと本当に死ぬなんて」
「本当にふざけているわ。これでLV99になっても願いが叶わないなら冗談じゃない」
机を叩いて不平を訴える。願いが叶うという誘い水は魅力的ではあるが、そうだとしてもリスクが大きすぎた。さほど食べていないのに胃がむかついてくる。
無理にでも話題を転換しようと、真帆は時雨を観察する。行儀悪くお菓子を貪っており、色気より食い気を地でいっていた。
「そういえば、時雨ちゃんがLV99になって叶いたい願いをきちんと聞いていなかったよね。やっぱりお兄さんのこと」
「分かってるなら聞かなくていいわよ」
「本当に時雨ちゃんは日向さんのことが好きだよね」
茶化したところ、急に姿勢がおしとやかになる。ちびりとジュースをそそっている様はそれなりに形になっていた。
唐突に話題をひねり出せたのは、時雨の背後にある写真が目に入ったからだ。幼少時の彼女と一緒に、快活そうな少年がピースサインを披露している。時雨の兄である日向とも顔なじみがあり、彼が二年前に突然入院生活を余儀なくされたことも承知していた。
「小さいころ、時雨ちゃんはよく言っていたよね。お兄さんと結婚したいって」
「ちょ、なんでそんなこと覚えているのよ」
赤面して真帆の口元を塞ごうとする。いきなり立ち上がったので、ジュースがこぼれそうだった。
「まさか、時雨ちゃんの願いって……」
「ち、違うわよ。さすがにそんな節操なしじゃ、ない」
歯切れが悪くなり、そっぽを向く。いじらしく両膝を抱えており、どうにも嗜虐心をそそられる。からかってはみたものの、真帆としても、友人が近親相姦を目論んでいるとは信じたくなかった。
しばらく悶絶していた時雨だったが、反撃とばかりに喚き散らす。
「真帆だって、子供の頃よくおねしょしてたじゃん。よく覚えてるんだからね」
「どうしてそんなこと覚えているのよ。それに、全然関係ないじゃん」
「うるさい! 私の部屋でおねしょしないでよ」
「そんなことしないもん」
むくれる真帆に、調子づいてちょっかいを出す。もちろん、おねしょ癖は治っているのだが、ジュースは飲み過ぎないようにしようと誓う真帆であった。




