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寝なければいいんだ

 ベッドから目覚めた真帆であったが、気分は晴れなかった。鏡に顔を映してみると、目の下にくまができている。きちんと眠った自覚はある。けれども、二、三時間しか眠っていないような倦怠感に襲われた。


 台所に赴くと、珍しく父親がパンを頬張っていた。仕事の都合で、出勤時間がいつもより遅いらしい。真奈と談笑しているのを尻目に、真帆はぼんやりとテレビのニュースを視聴していた。年金目的で老夫婦が殺害されただの、話題は心の闇を払拭するどころか助長するばかりだ。


「ほら、さっさと食べないと遅刻するよ」

 母親に注意され、口の中のパンを無理に牛乳で流し込む。目玉焼きが乗っていたはずだが、もっさりとしたパン生地の味しかしなかった。


 ようやく最後の一口を飲み込んだ頃、ニュースは新たな話題を提供しようとしていた。

「では、次のニュースです。少女が相次いで不審死している問題で、新たな犠牲者が出ました」

 その声に、真帆はテレビに釘付けとなる。心臓が高鳴り、せっかく詰め込んだ朝食を一気に吐き出してしまいそうだった。


 祈るように手を結んだが、次に映ったのは見知らぬ市街地だった。テロップでも「鶴間市」という馴染みのない地名が表示され、幾分安堵する。

「先日早朝、鶴間市に住む中学三年生の女子生徒が自宅で倒れているのが発見され、搬送先の病院で死亡が確認されました。女子生徒の遺体に外傷はなく、持病もないとのことでした。警察によりますと、女子生徒がいつまでも起きてこなかったことを不審に思った母親が、自室のベッドで眠るようにして倒れているところを発見したとのことで、このところ相次いでいる少女の連続不審死ではないかとみて調べを進めているとのことです」


 縁もゆかりもない地で起きたニュースのはずなのに、胸を摘ままれて息苦しくなった。なんら接点がないはずの少女。彼女と自分が入れ替わっていたとしても不思議ではない。

 追い打ちをかけるように、母親が食器を拭きながら切り出した。

「そういえば、真帆のクラスの綾小路さんだっけ。あの子が最近亡くなったそうじゃない。今テレビでやっていた不審死じゃないかって噂になっているわよ」

「朝からよさないか、そんな縁起でもない話題」

「事実だから仕方ないじゃない。もうすぐ葬儀だというし。怖いわね、原因不明なんでしょ」

 父親が窘めるが、母親は嘆かわしく家事を進めている。例の不審死だと断定するために、警察が調査を進めているのだろう。だが、文のことがニュースになるのも時間の問題だった。


「あれ、お姉ちゃん、もう行くの」

 無言のまま台所を後にしたところ、妹に呼び止められる。返事の一つでもよこせればよかったが、曖昧に相槌を打つしかできなかった。

「全然食べていないじゃないか」

父親から指摘された通り、朝食は目玉焼きが乗ったパンしか口に入れられなかった。無理に食べても戻してしまいそうだった。

無言のまま玄関で靴に履き替える。このまま当てもなくふらついていようか。不埒なことを考えたが、真帆の足は自然と学校へと向かってしまうのだった。


 文が亡くなったというショックはそう簡単に消えるものではなく、未だクラスの中に影を落としていた。当然のことながら、勉強に身が入るわけがない。翌日が休みとなる金曜日なので、心持ちは楽になりそうなものだが、その程度であの出来事の余波を取り払えるわけはなかった。

 授業の内容などろくに頭に残らないまま、真帆は身支度を始める。そんな彼女の肩が叩かれ、振り向いたところ頬に指がめり込んだ。


 小学生のいたずらを仕掛けてきたのは時雨だった。「キシシ」としてやったりという顔を浮かべている。

「どうしたの、時雨ちゃん」

「やっぱ元気ないな。いつもなら、『やめてよぉ、時雨ちゃん』って言うはずなのに」

 全く似てない物真似を披露されるが、反応するのも億劫だった。そのまま帰ろうとすると、がしりと肩を掴まれた。

「ちょっと、付き合ってもらうわよ」


 有無を言わさず連行されたのは、図書室の隣の空き教室だった。たちが悪いと真帆は思った。ここは、文と魔法少女ゲー夢について密会した場所ではないか。今日もまた、蜘蛛の子一匹いない。静まり返った密室で、時雨は行儀悪く机に腰かけた。


「こんなところに連れてきて、どういうつもり」

「いやさ、真帆がいつも以上に暗かったからさ。まあ、私もショックだよ。あんな出来事があった後だもん。明るく振る舞えって方が無理じゃん」

 友人だからこそ分かる。時雨もまた無理していると。いつも通りにバカ騒ぎしているように映るが、声音や表情の節々から陰りが覗いていた。


「私たち、これからずっと戦わなくちゃいけないのかな。嫌だよ、あんな化け物に襲われるなんて」

 真帆は声を張り上げる。時雨は押し黙っていた。じっと唇を噛みしめている。彼女にぶつけても仕方ない。そうは思っても、一度堰を切ってしまったら止められるわけがなかった。

「時雨ちゃんは怖くないの。そりゃ、夢魔は悪い奴かもしれないけど、だからって私たちがやっつけなくちゃいけないなんて。こんなの絶対におかしい。そうでしょ、時雨ちゃん」

「私だって怖いわよ!」

 真帆の言葉を遮り、時雨が叫ぶ。廊下にまで声が漏れ出ており、誰も通過していなかったのが幸いだった。


「別にヒーロー気取りなんかしているつもりはない。それどころか、ただのゲームだと思っていた。でも、命がかかっているなんて、怖くないわけがないでしょ」

 机の上で体育すわりをして自身の体を抱き寄せる。小刻みに震える様は年相応の少女であることを物語っていた。


 ゲームにはこれ以上参加できない。二人が出した合意だった。だが、ネムからは既に「途中でリタイアはできない」と宣告されている。だからといって、唯一の方法を試行するつもりはない。後追い自殺をしたところで、あの世で文が喜んでくれるとは到底思えないのだ。


 ならば、別の方法を考えるべきだ。薄暗い教室で、真帆は必死に考えを巡らせる。教室で問題集を解いている時よりも数倍頭を酷使した。時雨もまた、机の上で頬杖をついている。

 ドリームワールドへは眠ることでいつの間にかたどり着いている。むしろ、ここのところ、他の夢を見ていない。夢の内容を操作するなんて、現代の技術では無理だろう。


 ならば、いっそのこと眠らなければいいのでは。そう思うと真帆は表情を綻ばせた。

「そうだよ、時雨ちゃん。寝なければいいんだ」

 素っ頓狂な提案に時雨は目を丸くする。天啓を得たりと自信満々に真帆は説明する。

「ドリームワールドへは眠ることで行けるんでしょ。ならば、眠らなければあの世界に行くことは無い」

「真帆」

 さすがに荒唐無稽だったか。過度の期待を持たせてしまって申し訳なく思う。だが、時雨は真帆の肩を掴むと、真剣なまなざしで迫った。人懐っこく、さわやかな顔つきが間近にあり、同性でありながらドキリとしてしまう。


 責められるかと思われたが、破顔した時雨は何度も肩を揺らした。

「天才じゃん。どうして、こんな簡単な方法を思いつかなかったんだろ。そうだよ、寝なければ魔法少女になることはないじゃん」

「う、うん、分かったから、揺らすの、やめて」

 勢いが激しすぎて、遊園地の絶叫マシンに乗っているようだった。ようやく解放されて深呼吸していると、時雨は人差し指を伸ばした。


「おあつらえ向きに今日は金曜日じゃん。せっかくだから、うちに泊まりに来なよ」

「いいの、時雨ちゃん」

「親は、まあ、どうにか説得できるでしょ。テストが近いから勉強したいとか言っておけばさ」

 勉強するつもりが無いのは明白である。「キシシシ」という含み笑いをしていることからも明らかだ。


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