ゲームをやっているだけで願いまで叶えられるなんてうまい話があるわけないじゃないか
保健室では担当の教師は不在であり、真帆たち三人以外は誰もいないようだった。「切り傷ならこれでいいでしょう」と里奈は勝手に消毒液とガーゼを拝借する。それらを受け取った真帆は時雨の治療にあたった。
里奈は血液で汚れた制服を脱ぎ、シャツ一枚になる。均整のとれたボディラインと、年不相応な胸のふくらみが顕わになり、真帆たちは一瞬ではあるが見とれてしまった。
「それで。私たちをここに連れて来たのは話があるからでしょ」
「案外物分かりがいいのね。いつ先生が戻ってきてもおかしくはないから、簡潔にいくわよ」
やはりというか、魔法少女ゲー夢についてだった。包帯を巻きながら、彼女の話に耳を傾ける。
「愛内さんは文ちゃんが魔法少女だったと知っていたんですか」
「いいえ。でも、昨日の出来事があってからの不審死。関連があると考える方が自然でしょ」
事も無げに言ってのける。ただ、この発言により真帆が抱いていた疑念が一気に払拭された。
「昨日の出来事」とはエカトリーナが夢魔コカトリスにやられてゲームオーバーになっていることを指しているだろう。真帆たち三人以外であの出来事を体験している人物は一人しかいない。その人物と目の前にいる人物を線で結ぶと、ことのほかしっくりきた。
「もしかして、魔法少女バレットですか」
「バレット」の名前が出された途端、時雨は立ち上がろうとした。だが、掌に痛みが走り、椅子へと逆戻りするのであった。
逡巡していた里奈だったが、やがて嘆息とともに髪を掻き上げた。
「変な詮索をされるよりも素直に明かしておいた方がいいわね。その通り。私が銃の魔法少女バレットよ」
まさか、同じクラスに魔法少女が四人も存在していたとは。単なる偶然にしては出来過ぎである。とはいえ、詮索すべきことは他にある。
「あんた、知っていたわけ。あのゲームでゲームオーバーになるとどうなるか」
すぐにも飛び掛からんとしている獣の目つきで時雨は里奈を睨む。威圧感に怯むことなく、
「そうよ」
端的に肯定した。
吠え掛かろうとするものの、怪我のせいで顔をしかめてしまう。その隙を突いて、里奈は畳みかける。
「私から説明してもよかった。でも、すんなり信じないでしょう。ゲームでゲームオーバーになったら本当に死ぬなんて」
図星だったため、時雨は反論できなかった。彼女もまた、同じように考えていたのだ。
「それに、身をもってあのゲームの理不尽さを知っておいてもらいたかった。勘違いしてほしくないのは、決して魔法少女エカトリーナを見殺しにしたというわけではないこと。私が駆けつけた時には、彼女は既に虫の息だった。高レベルで回復魔法が使える魔法少女がいなければ、どのみち助からなかったわ」
詭弁として言っているのではないことは、憂いを含んだ表情が物語っていた。真帆もつられて沈痛な面持ちになるのだった。
「そろそろ保健の先生が来るかもしれないわね。私は先にお暇させてもらうわ」
魔法少女ゲー夢のことが漏洩するのを恐れてのことだろう。言い終わる前に入り口の扉が開かれる。
「あの、待ってください」
足早に教室に戻ろうとする里奈を真帆が呼び止める。踏みとどまるが、振り返ることはしない。
「また会えますよね。魔法少女として」
しばらく言い淀んでいたが、やがて淡白に吐き捨てた。
「下手に他の魔法少女と関わらない方がいい。ろくなことにならないから」
彼女が意図していたことを咀嚼するには時間がかかりそうだった。それに、里奈と入れ替わりに保健の先生がやってきたため、強制的に思考が途切れてしまうのだった。
その夜、ドリームワールドに転送されたドロシーは、早々にサクヤと合流を果たす。そして、二人してとある生物を探し回った。
魔法少女に助力を請われれば姿を現すという看板は嘘では無さそうで、労することなく目的の生物、ネムと邂逅した。
「どういうことよ。ゲームオーバーになると本当に死ぬなんて」
「聞いてないよ、そんなこと」
開口一番、二人して理不尽を訴える。鬼気迫る表情に罪悪感を覗かせるかと思われた。しかし、彼の口調は変わらない。
「血相を変えて来たと思ったら、そんなことか」
逆撫でする物言いに、サクヤは腕まくりをする。だが、ネムにすごまれ、体が硬直してしまう。小型犬ぐらいの大きさしかない生物のどこから圧倒的な威圧を発しているのか。
大仰にため息をつくネム。飄々とした口調から一転し、どすの利いた声を響かせる。
「まさか、このゲームに全くリスクが無いなんて、調子のいいことを考えてはいないだろうね」
底知れぬ恐怖に、ドロシーはサクヤを抱き寄せる。サクヤもまた、無意識のうちにドロシーの腕を握っていた。
「このゲームではいかなる願いも叶えることができるんだ。俗な願いで言うと、『一生遊んで暮らせるだけのお金がほしい』というところかな。もちろん、願おうと思えば、『この世界のすべての生命体を消してほしい』なんてことも叶えられる」
「そ、そんなこと思っていないよ」
「少なくとも君はってことだろ。でも、世の中にはいるんだよな。本気で世界の破滅を望んでいる奴が」
ドロシーたちはまだ十数年しか生きてはいないが、これまで直面したことのない邪悪が突き付けられた。普通に生活しているうえでは体験することはないが、一歩間違えればすぐさま忍び寄って来る。ネムの含み笑いからは、そんな邪さがにじみ出ていた。
「どんな願いを持っているにせよ、このゲームの結果如何では十数億単位の生物の運命が左右されるんだ。なのに、当事者である君たちが全くリスクを負わないのは不公平だろう。むしろ、君たち一個人の命だけでは、担保としては破格すぎるぐらいだ」
声明を冒とくした暴論にドロシーたちが反論できるわけがなかった。おぞましき妖精は愉快そうに飛び回るばかり。
なんとか口火を切ったのはサクヤだった。
「ふざけんじゃないわよ! 命がかかったゲームだと分かっていたら最初から参加するつもりはなかったわ」
「騙される君たちが悪いんだろ。第一、ゲームをやっているだけで願いまで叶えられるなんてうまい話があるわけないじゃないか。裏があると疑う方が道理だろ」
典型的な詐欺師の手口に地団太を踏むしかない。それでも負けじとドロシーが嘆願する。
「途中でゲームをやめることはできないの。ゲームだったらリタイアできるはずでしょ」
「無理だね」
わずかな希望が無慈悲に踏みにじられた。
「このゲームは参加したが最後。途中で逃げ出すことなんてできないのさ。どうしても止めたいというなら方法がなくはないが」
「あるんならさっさと教えなさいよ」
サクヤが掴みかかろうとするが、ネムは悠々とその手をすり抜けていく。手が届かない高度まで避難するや、鼻を折り曲げた。
「リタイアしたいのならば方法はただ一つ」
まるで遊園地に行くかの調子で告げられたのは、あまりに残酷な方法だった。
「この場ですぐ死ねばいい」




