あの鳥、隠し玉を持っていたなんてずるいっしょ
かろうじて急所は外したものの、右のわき腹からはとめどなく鮮血があふれ出している。生々しい負傷の様に、ドロシーは青ざめる。
「ヒーリング」
すかさずエカトリーナが回復魔法を施す。血流をすぐに止めたことで、体力は四分の一を残すに留まる。とはいえ、しばらくは動くことすらままならないだろう。
攻撃の要であったサクヤがノックダウンさせられ、一気に戦況は不利となる。くぐもった雄たけびを発し、コカトリスはゆっくりと接近してきた。意識が曖昧なサクヤを更にいたぶっても面白くはない。生きのいい魔法少女を蹂躙してやるか。そんな嗜虐的な思想が伝わって来るようだった。
コカトリスはゆっくりと羽根を広げた。その所作とともにそよ風が頬を撫でる。なんて、悠長なことは言っていられなくなった。風の勢いは時間とともに増していく。あれよと言う間に強風の域にまで達してしまった。
コカトリスの主力武器は強靭な足腰による直接攻撃。風の魔法は接近戦を挑むための牽制として使われていた。だが。渦巻く空気の刃は風そのもので仕留めてやろうという意思の表れだ。形式としてはサクヤの「飛翔斬」と酷似していた。しかし、同時に複数発を発射しようというのだ。
自分たちとは明らかに格が違う。レベルの差をまざまざと提示され、臍を噛むしかなかった。
「あの鳥、隠し玉を持っていたなんてずるいっしょ」
「サクヤ、まだ寝てないとダメだよ」
「あんな魔法が来るのにおねんねしていたら、それこそお陀仏よ」
怪我を推してサクヤが立ち上がる。ヒーリングが施されていなかったら動くことすらままならなかった。いや、回復魔法があったとしても、すぐに行動できるなど信じがたい。ひとえに、サクヤの身体能力の高さが軒並み外れていたとしか説明できない。
奮起したところで、全体に風の魔法を受けては元も子もない。起死回生の一手が思い浮かばないまま、コカトリスの魔法の準備が整っていく。
「ドロシー、スターシールドを展開してください。私がエンハンスでサポートします。時間稼ぎにしかなりませんが、被害を免れる最善の手はこれしかありません」
エカテリーナに指示され、ドロシーは首肯する。星形の盾を展開するのに合わせ、エカテリーナは彼女の肩に触れる。そして、「エンハンス」と念を込めた。
通常よりも一回り大きな盾が三人の防塵壁となる。盾が構築されたのとコカトリスの魔法が放たれたのはほぼ同時だった。
緩和されるとはいえ、盾への衝撃は腕へと直接伝播してくる。痺れるような痛みは風の魔法の威力が規格外であると物語っていた。
もし、ドロシーの盾が突破されたら、為すすべなく三人は一網打尽にされる。了承してはいるものの、彼女の魔法の耐久性に一存するしか方法は無かった。ドロシーは全身を使って踏ん張るものの、両腕を襲う刺激は激化する一方だ。盾に亀裂が走っているのが遠目からでも分かる。か細い生命線を破壊しようと、コカトリスは躍起になって魔法を飛ばしてきた。
そして、ついに恐れていた事態が訪れる。右腕にこれまで以上の激痛が走り、左手で庇う。その瞬間、星形の盾は完全に崩れ去ったのだ。丸腰となった三人に風の刃が襲い掛かる。
一斉に昏倒すると同時に、嘘のように風は吹き止んでいる。どうにか戦闘不能は免れたが、一様にして体力は危険水域だ。
もはや勝利を確信しているのだろう。怪物めいた咆哮をあげ、前足を振り上げる。最初の犠牲者に選ばれたのはドロシーだ。小癪にも盾の魔法を使ったことが、怪物の琴線に触れたらしい。
全身の骨を砕きかねない強靭なかぎ爪がドロシーの顔面に迫る。体力ゲージは半分以下。ゲージが無かったとしても、クレーン車のクレーンが直撃するくらいの衝撃を受ければただでは済まない。
目をつむるドロシー。すると次の瞬間、体の真横というありえない方向から衝撃を受ける。一体どうしたというのか。視界が開けたドロシーが認識できた事実は二つ。
一つは自分が突き飛ばされたということ。おかげでコカトリスの攻撃範囲外から逃れられたのは大きい。だが、二つ目の事実がドロシーの心を抉った。
彼女の代わりにエカトリーナが前足の餌食となっていた。
「エカトリーナ!」
仲間の名を叫ぶが、近寄ることさえできない。蹴り飛ばされて横たわったところに、執拗に踏みつけられ続けていたのだ。彼女の体力ゲージが瞬く間に減少していく。助けたくても、あまりにも凄惨で一方的な虐殺現場に声すら発することができない。もちろん、鉛となった体は不可視の糸により地面に縫い付けられているようであった。
悲惨な殺戮ショーは閉幕の兆しを見せない。そう思われたのだが、一発の弾丸が強制的に幕を下ろさせた。
「モノブラスト」
感情が欠落した声とともに、コカトリスのトサカが打ち抜かれる。自慢の飾りを欠落させられたことで、怪物の意識は乱入者へと向けられる。
レーザー中を構えていたのは凛としたポニーテールの少女だった。機械めいた胸当てやプロテクターを装備し、能面然とした表情は魔法少女というよりも人形という印象を与える。
「誰よ、あなた」
「もしかして、バレット、さん」
ドロシーの問いに答えることなく、バレットはコカトリスと対峙する。質問に肯定だということは、彼女のステータスが物語っていた。
「LV42って、何物なのよ」
「私もよくは知らない。でも、敵ではないみたい」
身を寄せ合うドロシーとサクヤ。バレットは無言のままレーザー銃に魔力を充填する。
食事の邪魔をされたコカトリスは怒り狂って羽根を広げた。バレットにも同じく風の魔法をお見舞いするつもりだ。「危ない、逃げて」とドロシーは警告を発する。
だが、バレットの取った行動はあくまでも殲滅だった。コカトリスが巻き起こした風にポニーテールをなびかせつつ、魔力がこもった銃口を怪物の額へと合わせる。
「モノブラスト」
感情が欠落した声とともに魔力の弾丸が放たれる。軌道に寸分の狂いはなく、一直線に額を打ち抜いた。
「モノブラスト」
怪物が喚いていようとお構いなしに、第二、第三の弾丸が炸裂する。文字通りハチの巣にされ、コカトリスは喚き叫ぶばかりだ。
そして、全身をまんべんなく射撃され、巨体はビルを巻き添えにしながら卒倒する。仕留めたのか。その答えは経験値の加算を知らせるファンファーレ音が知らせていた。ほぼ同時に参戦していたため、ドロシーたちにも経験値が分け与えられたらしい。




