また夢の中で
文に誘われた通り、授業が終わるや図書館の隣の空き教室へと赴く。文は既に中におり、一人しかいない室内で本を読んでいた。
「いきなり呼び出してごめんなさいね」
「いいわよ、別に。食うかい」
「霧崎さん。お菓子の持ち込みは禁止されているはずですが」
「いいじゃん、堅いこと言わない、言わない」
さも当然のように開封済みのスナック菓子を取り出す。間食好きなのに太る気配が無いのは、それだけ普段カロリーを消費しているからだろう。
お菓子のご相伴にあずかる真帆。文は文庫本を仕舞うと、指を組み合わせた。
「ここなら、滅多に人がやってきません。あのことを話し合うのに最適でしょう」
念入りに教室内を確認し、文は切り出す。
「魔法少女ゲー夢について」
真帆たちは音を鳴らしてスナック菓子を飲み込んだ。
「綾小路さんがエカトリーナで間違いないんだよね」
「そうです。夢咲さんもドロシーなのですよね」
「そんで、私がサクヤだ」
互いに魔法少女としての姿を明かし合う。特に、エカトリーナは文と似ているようで似てないので確証が持てずにいた。眼鏡を取って修道服のフードを被っているにせよ、最初のキャラメイキングで多少顔立ちもいじっているのだろう。
「まさか、綾小路さんが魔法少女だったなんてね。ひょっとして、例のばあさんに出会ったわけ」
「そうです。帰宅途中におばあさんと会って、薬を飲まされてから魔法少女になる夢を見るようになりました」
真帆たちと経緯までそっくりだった。そうなると、あの老婆の存在自体も話題になっていいはずだ。一切噂にならないのは、かん口令が敷かれているからだろう。皆、律儀に規律を守っているのは、魔法少女になる資格を失うのが惜しいからだ。
なぜ惜しいのかといえば、
「やっぱり魅力的ではあるよね。レベル99になると願いが叶うって」
報酬が美味しいからである。そこは二人も同意だった。
「でも、本当に叶うのでしょうか。いまいち現実味がありません」
「それを言ったら魔法少女になっちゃうこと自体夢物語よ、そうでしょ、真帆」
「うん、そうだね。私の場合、ゲームに参加したことで半分夢が叶っちゃったからな」
「真帆は魔法少女になりたいとか言ってたもんね」
「茶化さないでよ」
頬を突かれ、むくれる真帆。文は口に手を添えて口角をあげていた。
「私だって大したことを願うつもりはありませんよ。もし、願いが叶うなら、世界のあらゆる本を読んでみたい。なんて、本当に夢物語ですけどね」
「すごい! 綾小路さんらしい」
真帆が身を乗り出してそのままこけそうになったので、時雨に襟を掴まれる。
「綾小路さんは本当に本が好きなんだね」
「ま、まあ、普段本を読むぐらいしか、暇をつぶせませんから」
「おいおい、暗くなってんぞ」
うつむく文に、時雨がおべっかを入れる。「別に暗くなってません」と噛みついてきた。
「時雨ちゃんの願いは決まってるんだよね」
「へえ。どのような願いですか」
反撃とばかりに文は生意気な口調で迫る。すると、時雨は口を結んだ後、
「秘密」
と、吐き捨てた。
「いいじゃないですか。お菓子をお腹いっぱい食べたいみたいな願いでも」
「私、そんな腹ペコキャラじゃないから。こればっかりは、その、秘密と言うか」
「私はなんとなく分かるな。あれでしょ」
「真帆、本当に言わないで」
口封じのために指で唇を強く押しつける。運動部の指圧はすさまじく、あやうく窒息するところであった。
願いの話題がひと段落したところで、時雨はスナック菓子の残りを口の中に流し込む。お行儀が悪いのだが、堂々と足を組んでいる彼女には釈迦に説法だろう。
「とりあえず、ここに三人の魔法少女がいるのは確定だけど、他にもいるのかね」
「どうでしょうか。ドロシーとサクヤ以外の少女とは出会ったことはありません」
時雨も同意と首を振る。真帆は迷った。ここでバレットの存在を出すべきか。仲間になってくれそうなら問題ないが、どうも彼女は友好的な雰囲気ではないのだ。何よりもレベルに差があり過ぎる。サクヤとエカトリーナがLV5でドロシーがLV3なのに対し、相手はLV42なのだ。協力するどころか足手まといにしかならないだろう。
妥協案というのもおかしいが、真帆はとっさにこんなことを口走ってしまった。
「できれば強そうな子がいいよね。内海さんみたいな」
口を手で覆ったが後の祭りだった。そもそも、どうして彼女の名が出たのか分からなかった。
「内海、ね。なんていうかできすぎよね。勉強はともかく、現役バスケ部員から軽々とボールを奪うなんてどういうことよ。しかも、未だに部活を決めていないんでしょ。そんで各方面からスカウトが来ているとか」
「勉強にしても、難関私立高の問題をあっけなく解くなんて異常です。私だって苦戦したというのに」
二人とも、以前の授業のことを引きずっているようである。
スペックだけでいうなら欠点という欠点が無い。むしろ、欠点が無さ過ぎるのが欠点ともいえた。あまりにも近寄りがたいというか、当人が他者を遠ざけているきらいがある。いじめの対象にもなりかねないのだが、ちょっかいを出すことすら躊躇われた。
結局のところ、里奈の評価については「いけすかない女」というのが時雨の談義だ。バレットについても情報が乏しすぎるため、二人に話すのはもう少し後でもよかろう。
「おっと、もうこんな時間か。悪い、二人とも。寄るところがあるから先に帰るわ」
時計を一瞥するや、時雨は身支度を整えていた。呼び止める間もなく電光石火で教室を飛び出していく。
「忙しそうな人ですね、霧崎さんは」
「時雨ちゃんでいいと思うよ。よそよそしいの嫌いな人だし。私も真帆って呼んでよ」
「そ、そうですね、真帆。えっと、私も文でいいです」
「うん! よろしくね、文ちゃん」
屈託のない笑みを浮かべられ、文は照れ臭そうに指に髪を巻き付ける。真帆は小動物のように首を傾げるだけだった。
「では、また夢の中で」
そう言って文も教室を後にする。残された真帆は夢心地のまま、しばらく動けずにいるのだった。




