三千世界をぶった切る
「剛切斬」
攻撃を仕掛けて来たコボルトの背中から鮮血が迸る。短剣は零れ落ち、瞳孔を開いたままうつぶせに倒れた。
仲間がいきなり倒されたことで、他の三体のコボルトは身を寄せ集める。ドロシーも突然敵が惨殺され、腰を抜かして尻を地面につけてしまう。
新たな敵の出現だろうか。いや、違う。コボルトの背後にいたのは可憐な少女だったからだ。
栗色の長い髪を揺らし、白の道着に赤袴を着用している。巫女装束のようであったが、日本刀という不随品により剣道の達人のようにも映る。少女にしては背が高く、小学校中学年ぐらいの背丈のコボルトよりも頭一つ飛びぬけていた。凛とした表情の中にも親し気があり、ドロシーの存在を認めるや、にこやかに破顔する。
「危ないとこだったじゃん。コボルトの群れに襲われるなんてついてないわね」
「あ、あの、あなたは」
「私? 私はね」
少女はコボルトをぶった切った日本刀を肩にかつぐ。鼻をこすって大見得を切った。
「三千世界をぶった切る! 剣の魔法少女サクヤ!」
名乗り口上を前に、全員が呆気に取られていた。すると、サクヤは日本刀を振り回して喚きだす。
「ちょっと、少しは反応しなさいよ。馬鹿みたいに名乗っちゃったじゃないの」
「ご、ごめんなさい」
手を合わせるドロシーに、サクヤはふんすと鼻を鳴らす。
「それで、ドロシーだっけ。ケガはない」
「はい。あの、どうして私の名前を」
「ステータスで分かるじゃん」
言われてみればそうであった。ドロシーも巫女風の少女の頭上を確認すると「サクヤLV5」の表示を見て取れた。
謎の魔法少女の乱入に圧倒されていたコボルトたちだが、残る三体で隊列を組みなおす。奴らの狙いはサクヤ一辺倒。処理すべき優先度が高い相手を瞬時に判断したのである。
「うーん。いきりたって斬っちゃったけど、三匹も相手にするのはきついな。さて、どうしようか」
サクヤは舌なめずりして正眼の構えを取る。レベル差が無いとはいえ、三体の夢魔を同時に相手するのは骨が折れる。どう戦うべきか牽制する中で必死に絞り出していた。
「まったく、考えなしに突っ張らないでくださいよ」
サクヤの背後から新たな少女が姿を現す。白い修道服姿で、背丈はドロシーよりやや高いぐらい。童顔だが理知そうな雰囲気を醸し出しており、しっかりとした胸のふくらみが少女として成熟しているのを示している。
「遅いぞ、エカ」
「変なところで略さないでください」
「いいじゃん。あんたの本名長いから」
「無駄口を叩いている場合じゃないでしょうに」
新たな魔法少女から叱咤され、サクヤは空返事をしてコボルトに向き直る。援軍が合流したことで、コボルト側は警戒を強めたようだ。一か所で身を寄せ合い、しきりに唸っている。
夢魔の意識がサクヤに集中している隙を突き、修道女はドロシーに合流する。
「お怪我はありませんか。念のため魔法をかけておきますね」
ドロシーの返事を待たずに手を握る。整った顔が間近に迫り、同性であるはずなのにドギマギしてしまう。
「ヒーリング」
修道女が目をつむると、握られている手にぬくもりが伝わって来た。腕を通して全身へと伝播し、自然と胸が安らいでいく。
呪文が表している通り、回復の魔法であろう。わずかに減少していたドロシーの体力ゲージが元通りになっていく。
「すごいです。回復の魔法が使えるのですか」
「むしろ、それぐらいしか取り柄がありませんが」
苦笑する修道女。何かを言いたげだったドロシーの考えを読んだかのように、胸に手を当てる。
「私の名はエカトリーナ。あなたに永久の祝福を。癒しの魔法少女エカトリーナです」
おじぎをしながら名乗り口上を述べる。彼女もまたサクヤと同じくLV5の魔法少女だった。
「エカトリーナさんはどうしてここへ」
「夢魔を探していたところ、あなたが襲われている場面に出くわしたのです。それで、サクヤがいきなり飛び出していったものですから」
「同じ魔法少女が襲われているのを黙って見ていられないっての」
鼻をこすると、日本刀をより強く握りしめる。軸足に力を込め、一気に駆けだした。
「剛切斬」
日本刀に光が宿る。彼女の魔法なのだろうか。コボルトのうち一体が負けじと短剣で応戦する。
切っ先が交じり合い、軽快な金属音が鳴り響く。サクヤは右へ左へと切りかかるが、ことごとく防御されてしまい、なかなか決定打を与えることができない。しぶしぶと、コボルトから距離を取った。
「あのワンコ、なかなかしぶといわね。エカ、あれを頼むわ」
「仕方ありませんね。エンハンス」
エカトリーナは祈りを込めるように両手を組み合わせた。彼女の全身が発光し、その光はサクヤへと降り注ぐ。
先ほどの回復魔法とやっていることは似ている。しかし、体力が万全の彼女を回復しても無意味なのは自明だ。別の効果の魔法をかけたことは容易に推察できる。
「行くわよ。剛切斬」
これまた先ほどと同じ魔法だ。馬鹿の一つ覚えで突撃してくるサクヤをコボルトは揚々と迎え撃つ。
先ほどと同じくつばぜり合いにもつれ込む。切迫する両者は一歩も引くことはない。しかし、もう一体のコボルトが奇襲をかけようと忍び寄っていた。感づいたドロシーが狙撃しようと杖を構える。
だが、サクヤは気合とともにコボルトを押しのけた。想定外の膂力に、コボルトは目を白黒させる。そして、勢いよく振り下ろされた一刀は体力ゲージを根こそぎ削り取ったのだ。
先刻と比べ、明らかに気迫が違う。唖然とするドロシーにエカトリーナは説明を加える。
「私の魔法エンハンスは任意の魔法少女の身体能力を上昇させることができます。いわば、攻撃力を上げる魔法ですね」
「残るは二匹。一気に片を付けてやる」
鼻をこすると、サクヤはポケットから小瓶を取り出した。
それはガチャで手に入れたものと酷似している。ただし、中身は別物だ。ドロシーが持っている物は白色だったのだが、サクヤが所持しているのは赤色である。開封すると、躊躇なく中身を飲み干す。
「マジカルポーション、パワトリン」
外見だけだと特に変化はない。こけおどしと判断したのか、コボルトたちは二体がかりで飛び掛かって来た。
対して、サクヤは目をつぶった。夢魔が突進してくるのに視界を塞ぐなど、本来なら悪手である。しかし、今のサクヤに視野という情報はノイズでしかなかった。五感を超えた先。第六感でコボルトの動きを察知している。
目をつぶったまますり足でコボルトの攻撃を往なしている。迷うことなく右へ、左へとみかわし脚を繰り出し、コボルトの方が当惑するほどだ。そして、開眼した時が夢魔の最後だった。
「剛切斬!」
本日で一番の気合を込め、日本刀が振り下ろされる。大振りの一撃は集合していたコボルト二体をまとめてぶった切った。
ファンファーレ音とともに、コボルトたちは全滅する。鮮やかな手腕にドロシーは拍手を送ることしかできなかった。
「どうよ、私の実力」
「私がエンハンスを使ったおかげというのをお忘れなく」
「ちぇ、一言多いんだよな、エカは」
むくれるサクヤに対し、エカトリーナは口に手を当てて微笑んでいる。勃然としていると、サクヤが手を伸ばした。
「大丈夫だったか。えっと、ドロシー」
「うん。ありがとう。すごく強いんですね」
「ま、このくらいどうってことないわよ」
鼻をこすり、「キシシ」と歯をむき出しにした笑い声をあげる。
まさにその仕草をした時だった。ドロシーの脳裏に電流が走る。彼女とはもしかしたら初対面のはず。いや、「魔法少女サクヤとしては」初対面に違いない。けれども、彼女の仕草は前にも見たことがあった。
同時に、頭の中に浮かんだ文字列。まさかと一瞬躊躇したが、ぽつりとその名を口にする。
「時雨、ちゃん」




