6章85話 見守る者
大変長らくおまたせしました。
駆逐艦と重巡に守られながらラバウルへと退避している赤城に第1次攻撃の30分後に第2次攻撃隊が殺到した。
イギリス海軍はもうすぐ日没だというのに果敢に攻撃を仕掛けてきたのだ。
赤城はこの時6ktしか出せず、雷装をしているソードフィッシュの格好の餌食となった。
まず左舷に3本命中。そのうち1本はスキップボミングで穴の開いたところに入り込み、ちょうど注排水区画で炸裂。更に大穴を開け、装甲に亀裂を作りそこから大量の浸水が発生した。トンという単位の海水が艦内に流れ込む。
2本は艦首や中央部に命中し炸裂。もちろん穴を開けては海水を穴から送り込んでいく。
続いて雷撃体制に入ったソードフィッシュを2機撃墜したがまだまだ突っ込んでくる機体がいる。
実は赤城の対空兵装は旧式の10年式12cm連装高角砲6基と25mm新機銃14基だけなのだ。彰もそれは重々承知していたが3段式甲板から全通式甲板への改装時と同じで予算も配備数も足りず、後回しになってしまったのだ。
赤城のこの兵装は真珠湾攻撃に参加した6隻の中では最も貧弱である。
それでも赤城は満身創痍になりながらも必死に弾丸を上空のソードフィッシュらに向けて叩き込んでいく。しかし、その機銃を100ポンド爆弾を搭載したマートレットが潰していく。
爆弾が命中するたんびに機銃の残骸や人だった物。甲板に命中すれば小さな穴を開けていく。
やがて赤城に7本目の魚雷が命中する。巨大な水柱をたてると赤城はゆっくりと左に傾き始めた。
「艦長! このままでは……!」
「大山少将は危なくなったら人命を優先しろと、司令長官の後にご連絡してくださった。」
艦長は無念そうに俯く。参謀は察したように直立不動の姿勢をとり、敬礼した。
「……艦長、ご指示を。」
「総員退艦用意。甲板に集合。」
「はっ。」
遂に赤城に総員退艦用意が発令された。艦内の至る所から兵員が甲板に集合していく。
「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」
兵員は万歳三唱を行うと我先にと海へと飛び込む。それを重巡と駆逐艦が拾い上げる。
艦長が脱出してから20分後。赤城は未練があるかのようにゆっくりと傾いていく。兵員はそれを見て悔し涙を流す。艦長も同じであった。
やがてゆっくりと船体を海へと隠していく。祥鳳の待つ珊瑚海へと赤城は沈んでいった。
こうして、開戦以来戦い続ける主力空母は翔鶴と瑞鶴だけとなった。
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「そうか……赤城が……」
高須と彰は報告を聞いて俯く。
開戦当時から主力として運用された赤城だが、魚雷よりも威力が高いと言われるスキップボミングには敵わなかった。それどころか低速しか出ない状態で魚雷による追い打ちを受けたのならば、言っては何だが仕方のないことだと言えよう。
まさかエスピリットサントへ向かう途中で赤城を失うとは思わなかった。だがイギリス軍がいる事は脅威である。
「彰、私達の目的はエスピリットサントで変更はありません。ですがイギリス軍の機動部隊が出てきているとなると、脱出部隊を乗せる輸送船団が危険に晒されてしまいます。」
「同感ですね。」
彰も高須と同じ事を考えていた。敵の機動部隊がいるとなると必ず戦闘になるのは明白であった。
「よって、夜明けと同時に機動部隊への攻撃を彰に命令します。忠一と一緒に指揮をとってください。」
彰はこの命令に驚いた。現地指揮官である忠一がいるにも関わらず彰に指揮を共同で取るように命令してきたからだ。
「何故俺なんだ? 忠がいるじゃないか。」
「ここでのイギリス軍の存在は脅威です。確実に撃滅する為にも、未来の攻撃方法という知識が必要です。」
彰は内心、この時代の航空攻撃にあまり自分の持っている知識は役に立たないと思ったが、黙って命令を受け入れた。
「……という訳で、よろしく頼むよ。」
大鳳に乗艦した彰は忠一に事情を話す。
「四郎ちゃんいつになく焦ってるね、やっぱり船団が足枷になってるのかな?」
「私はそう考えます、長官。」
草鹿がフォローする。
「取り敢えずもう日没だから、船団は第2艦隊に任せて、俺達は反転しよう。赤城の護衛についてた部隊も合流させて戦闘に参加させよう。」
彰の提案に忠一も同意する。
「艦隊無線開け!」
忠一が無線機を手に取る。
「南雲です。皆さんも知っているかと思われますが、赤城が蒼龍に続き沈みました。乗員救助は現在行われていますが、このままでは本来の作戦行動に支障が出ます。それはイギリス軍の存在です。」
「敵の兵力は現在判明していませんが、夜明けと同時に戦闘を開始します。なので、偵察機を何時でも発艦できるように準備をしといてください。以上。」
忠が無線を切る。彼女も日本機動部隊の象徴的存在だった赤城を沈められて悔しいのだろう。
彰はこの時すっかり忘れていたのだが、忠一にとっての赤城は真珠湾攻撃から始まり、1942年1月下旬のラバウル攻撃、2月中旬のポートダーウィン空襲、3月5日チラチャップ攻撃と南太平洋を転戦している。
更に3月26日、セレベス島を出港し、インド洋へ進出、その際生起したセイロン沖海戦では、他の空母とともにイギリス重巡ドーセットシャー、空母ハーミーズを撃沈するなど破竹の進撃を続けている。
南雲機動部隊の旗艦として戦い続けてきた赤城は忠一にとって、戦友と変わりない程関わりの深い空母なのだ。
赤城が沈んで2時間。日が暮れ、珊瑚海は静かな波が囁く空間へと変貌した。大鳳がゆったりと海を進み、まるで別世界に来たかのような静けさだ。
「ねぇ、少し2人にならない?」
「いいよ。」
忠一の誘いを彰は承諾した。心なしか、声が震えていた。2人は飛行甲板の第1エレベーター付近に座り込み、月を眺めながら話し始めた。
「赤城はね、水雷屋だった私が初めて乗り込んだ空母なの。機動部隊の指揮をとれっていきなり言われて、驚いたけど年功序列制があったから、私がやる事になったの。」
彰は静かに頷く。実際、山本五十六は年功序列なんて馬鹿げたものが無ければ迷わず小沢を指名したと発言している。
「彰は知ってると思うけど、私と長官はあまり仲が良くなかったの。私は水雷屋だし、何より堀さんを予備役に追いやったから関係は最悪だった。」
彰は首を傾げたので、忠一は遠慮せず全てを話してくれた。
堀悌吉海軍中将。大分県杵築市出身で、同期生に山本五十六、後輩に井上成美らがいる。
両者からの信頼はとても厚く、山本権兵衛、加藤友三郎らの系譜を継ぎ海軍軍政を担うと目されていた。
ところが彼の時代は丁度補助艦の所有制限について話し合われたロンドン海軍軍縮条約である。
当時、補助艦の比率は米英に対し7割は必要という艦隊派の意見が海軍部内では根強かった。軍務局長であった堀は、英米に対しては不戦が望ましいという意見をもち、会議を成立させるべきという立場で次官の条約派の山梨勝之進を補佐した。
結局は米国と日本の妥協で条約は成立し、日本は対米比6割9分7厘5毛でロンドン海軍軍縮条約に調印した。しかし艦隊派が台頭する海軍内で堀の立場は弱くなり、海軍中央から遠ざけられることになった。
1933年に海軍中将に昇進したが、翌年、艦隊派が主動したいわゆる大角人事により予備役に編入されている。この人事に、忠一も関わっていたのだ。
この時五十六は「日本海軍にとって巡洋艦戦隊と堀の頭脳の、どちらが重要か分かっているのか!!」と激昂したらしく、堀がこれを慰め鎮めたという。
実際、堀は東條内閣の海相である嶋田繁太郎が、「堀が開戦前に海軍大臣であれば、もっと適切に時局に対処できたのではないか」と述べているように、その才幹を惜しまれた人物である。
彰はその辺りを知らなかった為、大いに驚いた。
「そんな事があったのに、なんで今はとても仲が良いんだ?」
「いよいよ開戦が近いって雰囲気になると、この作戦(真珠湾攻撃)を絶対に成功させなきゃってなったの。でも素人だし、当時私は龍ちゃんともあまり馴染めてなかったから、どうすれば良いか迷ってたから……」
一呼吸置いて、話を続ける。
「長官の所に行って、土下座して頼んだの。『航空戦の何たるかを叩き込んでくれ!』って。そしたら大笑いされちゃって。」
彰もまさか土下座して頼みに行くとは思っておらず、思わず漫画のように転びそうになる。
「それから改善していったかな。龍ちゃんとも親睦は深められたし、今に至るって感じ。」
「そうだったんだ……ところで、その堀さんは今は?」
瞬時に地雷を踏んだと理解した。忠一の表情が明らかに曇ったからだ。
「事故にあって……ほのまま。」
そういう事だった。彰は知らなかったが、彰が来る前に歴史はかなり狂っていた。それは彰よりも妹である友梨佳の影響が大きい。
彼女の存在がこの世界にある事によって歴史に狂いが生じ、歴史がそれを修正する事を望んだのか海軍にとって重要な人物の一部を殺し、彼を連れてきた。
皮肉な事に、彰は歴史に呼ばれてこの世界に連れて来られたと表現する事が正しいのかも知れないという事だ。
(俺の知らないところで色んな事が起こってる……やっぱり歴史は狂ってるんだ……)
彰は歴史の修正をこの時はっきりとは望まなかった。ただただその胸には、暴走し、祖国を滅ぼそうとする友梨佳を止める事だけが大きい。
「……赤城は残念に思うよ。未来の世界でも専門家は口を揃えて言うよ。優秀な艦程他の艦に追い詰められる、ってね。皮肉を言っているわけじゃないが、赤城は優秀だったからこそ、イギリス軍にとって脅威だったんじゃないかな。だから狙われた。」
「それにあの状況じゃしょうがない。陣形がまずかったとは言わないけど、油断ではあったな。」
彰の励まし(?)を聞いて、忠一も少しは気が楽になったのだろうか、肩に頭を寄せる。そんな時だった。
「良い雰囲気のところすみません。彰宛に本土から連絡が入りました。」
草鹿が後ろから声をかけた。
「俺? ありがとうございます。」
彰は立ち上がり急ぎ通信室へと向かった。
「……話されたんですか?」
草鹿は忠一の立場を理解しており、先程彰に話した内容も聞かされていた。
「うん。少しは気が楽になったかな。」
「何よりです。戻りましょう、南太平洋とはいえ夜は冷えます。」
「うん。」
忠一は草鹿と共に艦橋へと戻る。ゆったりとした海を突き進む大鳳は、夜明けを待っていた。
――――――――――――――――
少し遡る。
どこかわからない世界。人々は昔からそこに憧れ、罪を犯さないようにしてきた。
罪を犯さなければその世界で死後も安心して過ごせる。人生での苦労をせずに生きられると、その夢は様々だった。
だがその世界は今変わりつつある。長い長い戦乱の影響で朽ち果て、今や2人の人ならざるものが用意されていた席に座っているだけだった。
「……減ったな。」
男は問い掛ける。女は答えた。
「貴方が生き残ったとは驚き。けれど、そう長くはないわね。」
男は病を患っていた。人々の怨念が彼を蝕み、身体を食らっていた。
反対に、女は若い女性の様な風貌で男とは対象的だった。恐らく、彼女が人々から戦場の女神と厚く称えられているからであろう。
「私はもう長くは無い。全てをそなたに託す、どうかこの狂った世界。戻るまで守ってくれ。」
「私は手は出さない。フェアじゃない戦いにだけ姿を表す女神よ。それに、この世界は彼が救ってくれるわ。」
池のような鏡に、艦橋へと入っていく彰の姿が映し出されていた。
「頑張ってね坊や。私、貴方の考え方嫌いじゃないわ。」
言い終わった途端、気配が消えた。
fin
こんにちは。大変長らくお待たせしてすみません!
一時何も書けない状態になってしまいまして、長編書くのは初めてなのでかなり大変です。なんとか書き進められるように頑張ります!
今回はちょっと上から目線を入れてみました。ちょっとした理由のこじつけの様な話になってしまいましたが、自分的には満足です。皆様はどうでしょうか? ご意見、ご感想を頂けたら幸いです。
さて、86話は北部方面隊奮戦記を投稿した後の投稿となります。どうぞ、お待ちくださいませ!




