6章86話 発艦セヨ
翌朝。
第5航空戦隊の甲板上には第1次攻撃隊として編成された戦爆部隊がずらりと並べられていた。
第5航空戦隊の艦載機内容は零戦20、彗星30、天山26の補用4機で合計80機となっている。補用機は零戦2、彗星と天山が各1機ずつである。
この内、攻撃隊として編成されたのは零戦12、彗星20の2隻分。計64機だ。彰はまず敵の打撃力を奪おうと考えたのだ。
日の出と同時に翔鶴と瑞鶴の甲板から颯爽と零戦が先立って飛び立つ。正規全備重量でも2.4t程度しかない軽い機体は無風状態でも200mの滑走路さえあれば離陸可能である。
しかも今は風速20kt(10m/s)。これに全速34kt(17m/s)が加わり、合成風力は27m/sとなる。
零戦の発艦には合成風力12m/sで70mの滑走距離が必要だ。即ちかなりの余裕がある為彗星を多く出そうという結論に至ったのだ。
艦爆隊隊長機が500kg爆弾を抱えて今飛び立った。上空には直掩機機が旋回する様に周囲を警戒しており、見張りも高練度の者を立てている。航空作戦に関してはかなり気を使っていると見て取れる。
ミッドウェーの繰り返しをしてはならぬ……その戒めであろう。
上空では零戦隊が艦爆隊の合流を待っている。1機、また1機と彗星が合流していく。
彰は大鳳の艦橋からそれを頼もしそうに見届けた。
一方、珊瑚海を警戒航行中のイギリス東洋艦隊は少しでも距離を稼ぐ為に日本艦隊に接近中であった。
現在位置は日本艦隊より110度、距離370海里まで接近していた。
主力の攻撃機であるソードフィッシュの航続距離は880km、これを海里に換算するとやく470海里になる。艦隊決戦を主な兵用思想として持たないイギリス軍にとってその実戦経験は日本軍よりも少なく、この判断は間違いであった。
逆に有利となったのは日本軍である。一番短い彗星でも過荷で2,389km、約1,300海里である。これが約3分の1先の敵を攻撃するのだから、時間差を上手く使えば断続的な攻撃が可能となる。
しかも時間に関しても有利である。距離が短い分消費燃料も少なくて済むため、少しの燃料補給と武装搭載をすればすぐに出撃出来るという利点も自然と発生してくる。
だが彰はまだそれに気付いておらず、先制攻撃をかけたいという思いから偵察機の発進10分後に攻撃隊を発進させるという方法を採った。
発見の報告と同時にその方向に向けて行けばタイムロスも10分で済、尚且つ敵に攻撃隊を発進させないというメリットも出来る。
しかしデメリットもある。もし離れていたらその分のタイムロスも生まれてしまうのだ。
だが彰は敵がいる可能性の高い海域を徹夜で航海長らと協議して2ヶ所に絞りこんだ。その海域に向けて20度の扇状で6本の索敵線を形成させた。
この内最も可能性の高そうな2ヶ所の海域に翔鶴隊と瑞鶴隊で別けた。時間差は出来るが断続攻撃は可能になる。
彰が出来る最善の策だった。
イギリス軍はそんなこと露知らず悠々と果敢に日本機動部隊に打撃を与えんと珊瑚海を北上していた。丁度、甲板にはこれから向かわせるのであろう偵察機の姿があった。
――――――――――――――――
発進から約30分。
瑞鶴隊隊長の高橋赫一大尉は先行している偵察機からの無電をキャッチした。
『我敵機動部隊発見ス。敵機動部隊ハ空母ヲ中心ニ輪形陣ヲトリツツ味方艦隊ヨリ110度地点カラ20ktデ北上中。』
続けて続報が入る。
『敵ハ2個輪形陣。各空母2、戦艦1~2、巡洋艦3、駆逐艦多数ヲ認厶。甲板ニハ艦載機数機を認厶。』
太尉は急いで位置を確認する。だがどうも情報が足りない。だが、良いタイミングで無電が動いた。
『味方ヨリノ位置、瑞鶴隊左ニ15度変針サレタシ。翔鶴隊右ニ20度変針サレタシ。』
恐らく計算の得意な偵察兵がいるのだろう。丁寧にこちらの位置を大まかに計算し変針角度を教えてくれた。
「よーし。瑞鶴隊、変針するぞ! 翔鶴隊より先に着くんだ!」
ゆっくりと左に機体を捻らせていく。後ろには頼もしい19機の彗星が自分と同じように旋回しているのが見えた。
少し上には護衛の零戦が飛行している。だがよく見ると翼端が四角いのと丸いのが混ざっている。
これは32型と22型の混成で、32型の欠点を補う形で投入された22型の配備がまだ間に合っていない為にこうなっているのだ。今の所は22型は各母艦の第1小隊に配備されている。
32型は翼端が約50cm程切り詰められた主翼を有しており、21型と比べてエンジンの出力が向上している。それに加えて高高度での速度向上も副産物として発揮している。
これに加えて翼面積も21型と比べて減少している。これは空気抵抗を抑え、速度と横転性能を向上させることも狙っているのだ。
武装面では彰の情報提供のおかげもあってこれまで採用されていた99式20mm機銃も99式3号甲型が開発された。これは史実の2号機銃よりも銃身長が30cm延長されたタイプで、発射速度は毎分660発と性能も向上している。
弾薬は曳光弾、徹甲弾、炸裂弾、の順でベルト給弾となっている。おかげでマガジン60発がベルト320発と増大している。
だが32型はこれがまずかった。元々の欠点として燃料タンクの小型化により航続距離が短かったのに加えて320発という重量は更に航続距離の短縮化を招いてしまったのだ。
これに対応して元の主翼に戻した22型を開発。弾薬も300発に減らし、航続距離を何とか取り戻した形だ。
だが頼りがいのある制空隊である事に変わりはなかった。まだまだベテランパイロットは数多くおり、機体の性能もそこそこだ。
高橋大尉は空を眺めながらそんな事を考えていると1機の彗星が横に並んで来た。よく見るとハンドサインをしている。
どうやら敵艦隊を見つけたらしい。その方向を見ると確かに海面にウェーキを確認した。
『先発許ス、派手ニ行ケ。』
部下は景気よくバンクすると僚機3機を引き連れて降下して行った。制空隊は敵直掩機を警戒して高度を上げたが、その姿は見えていない。
後ろに座っている部下がしきりに双眼鏡で敵を見ている。何やら様子がおかしいようだ。
「大尉、敵の複葉機が数機、甲板に並んでいるだけです! これは奇襲成功かと!」
「本当か!」
高橋は朗報を聞いた気分で機首を下げた。部下の報告はその通りで、実際に空母イラストリアスの甲板には偵察準備のソードフィッシュが4機並べられているだけなのだ。
20機の彗星が続々と高度を下げて突っ込んで行く。狙われたのはイラストリアス、フォーミダブルを中心とする第1機動任務部隊である。
『全機! 敵は油断している、奇襲で完膚無きまでに叩け!』
彗星が4機分隊を組んで各方向に散らばっていく。これは高橋独特の戦術であった。艦爆隊は基本的に隊長機を先頭に1本棒になって降下していくが、それでは避けられる可能性が高いとして却下。
衝突が無いようにそれぞれに個別の投下高度を設け、多方向から同時降下での爆撃を策定したのだ。
ただしこの戦術は実戦ではこれが初めて。上手く行くかどうか不安要素はあった。
『第2分隊、高度400。』
先発を務めた第2分隊が攻撃に入ったらしい。自身も降下中ではあるが、不思議と弾幕は薄い。
実は英海軍の対空機銃はまだQF 2lb対空砲、別名ポンポン砲であり、故障が多発しているのである。
この故障に助けられ、攻撃態勢に全機が入る事が出来た。
第2分隊は惜しくも全弾至近弾となってしまったが、後続の第3分隊が命中弾を出した。爆弾をくらったのはイラストリアスだった。
だが流石は装甲空母。搭載機数を犠牲に耐久性を高めた飛行甲板の装甲はこの威力を半減させ、穴は空いたもののそこまで大きいものではなかった。
続いて高橋の第1分隊が降下する。第1分隊は比較的命中率の高い乗員を集め、高度650からの投下と定めている。
爆弾が機体から離れ、一瞬ふわりと浮遊感が生まれると同時に上昇を始める。
(くーーーーっ…………)
身体全体に襲い掛かってくるGに意識を持って行かれそうになりつつも耐え、高度800付近で敵空母の様子を観察する。
「大尉! 命中してますよ……あっ、また!」
フォーミダブルに1つの真っ赤な紅蓮の閃光が迸る。イラストリアスからは3本、フォーミダブルは2本の黒煙が立ち上っているのが確認出来た。
『我奇襲成功。命中弾5発を認厶。』
高橋はそう本部に連絡すると部下を率いて母艦へと向かう。その10分後、入れ違いで江草大尉の翔鶴艦爆隊が第1機動任務部隊へと殺到した。
英軍にとって幸運だったのは、先ほど爆撃を受けた第1機動任務部隊に翔鶴隊が向かわなかった事だろう。
第1機動任務部隊らは故障の酷いポムポム砲で迎撃するが、相変わらずの故障で有効的な弾幕が張れていない。
しかしその威力は評価通りで、2機の彗星を爆発四散させている。弾幕は薄いが十分に警戒が必要だ。
「左の空母をやるぞ!」
江草が狙いを定めたのは深手を負ったイラストリアスであった。やはり、何度見ても味方の大鳳のような形をしている。
「600…500……よーい、てっ!」
必殺の500kg爆弾を叩き付ける。すぐさま敵の対空砲火を避ける為に海面すれすれまで猛スピードで落下するように降下していく。
「命中してます!」
後部座席に座る部下が興奮気味に成果を教えてくれる。
「高度を上げる!」
江草大尉の彗星はそのままゆっくりと高度を上げていった。
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一方、瑞鶴と翔鶴の上空では雷撃隊による編隊が組まれようとしていた。それぞれ各零戦8、天山10の合計36機である。
何とも心許ない数であるが、これに関しては彰も頭を悩ましており、つい先程解決策が見つかったばかりだ。
その解決策は後述するとし、問題となった直掩機は大鳳の紫電改が担当する事となった。大鳳に搭載されている紫電改は2個中隊、24機である。
まだまだ試験部隊の意味合いの強い紫電改ではあるが、そのパイロットらは自分達は精鋭の実戦部隊であるという意識の元任務にあたっている。
他に彗星24、天山20、二式艦偵4機の72機ピッタリの搭載量だ。
直掩任務は制空第1中隊。隊長機は大井育美少尉だ。
彼はまだまだ若い士官ではあるものの、昔から人よりも長けていた動体視力を武器に未熟な腕を補助し、優秀な戦闘技術を身につけた男である。
眼下の母艦を眺めながら、いつ敵攻撃隊が来てもいいように周囲の警戒を続けた。
その頃、傷を追ったイラストリアスとフォーミダブルを中核とした第1機動任務部隊に翔鶴隊が猛攻撃をかけていた。
20機の彗星艦爆。数こそ少ないが、英軍からしたら故障の多いポムポム砲の方が脅威であることに変わりはなかった。
肝心な時に弾詰まりを起こし、撃墜寸前まで追い詰めた敵機をみすみす逃してしまっているのだ。
だが射撃中のポムポム砲の威力はやはり絶大で、40mm弾をまともにくらった機は瞬く間に燃え上がり海へと落下していった。
だがそんな対空砲火に怯むようでは艦爆パイロットは名乗れない。彼らはそのまま突入するのではないかと思う程の速度と低高度で爆弾を投下していく。そんな姿を見て怯んでいるのはむしろ英軍の方かもしれない。
果たしてイラストリアスには更に3発の爆弾が叩き付けられた。紅蓮の炎と真っ黒でドス黒い黒煙は濛々と立ち昇り、対空射撃の障害となりつつある。
フォーミダブルは運良く投弾された8発中1発が至近弾となっただけだった。だがフォーミダブルに命中した2発の爆弾は当たりどころが悪く、弾薬庫を跡形も無く吹き飛ばしている。
これは爆弾の直接命中ではないが、その衝撃が何らかの原因を作り誘爆させたのだ。
結果、史実の大鳳と同じ様に格納庫内に煙と爆発が閉じ込められ、大損害を発生させている。空母としての機能は失われているだろう。
だがイラストリアスはしつこい程までに打たれ強く、6発の命中弾を受けつつもその射撃に衰えは感じられない。
翔鶴隊は知らなかったが、実は命中弾の内の1発は艦橋に直撃しており、艦長以下20名戦死という致命傷を負っているのだ。
しかも消火ポンプも故障し、消火活動が滞っている。
第1機動任務部隊は、絶体絶命に陥っていたのだ。
海域上空に接近しつつある雷撃隊は、既に傷を負っている第1機動任務部隊を目標として定めており、合計20機もの天山が空母を狙いに行く。
少なくとも敵の護衛艦の対空砲火も脅威ではある。故障が多いとはいえ口径は40mm。油断していたらすぐ様叩き落とされる威力は持っているのだ。
20機の雷撃隊が5個分隊を素早く作り上げ敵空母に殺到していく。
「ヨーソロー、ヨーソロー……」
若い上飛曹は慎重に狙いを定めていく。内心恐怖であるポムポム砲は運良く故障しているようで、自身に迫って来ているのは20mmクラスの小口径機銃であった。
「投下!」
発射レバーをグイッと押し込む。800kgもの重量を誇る航空魚雷を離した天山はゆっくりと高度を上げていく。あとは退避するだけだ。
(え?……)
ガンガンと殴られた衝撃が操縦席に襲いかかる。故障から立ち直ったポムポム砲に直撃弾を与えられ、彼の乗る天山は虚しくも珊瑚海の海に落下した。
だが、彼によって放たれた雷撃隊第一撃は見事に命中し、イラストリアスの左舷から巨大な水柱が立ちのぼっている。
彼が見たらどのような表情を浮かべただろうか……。
イラストリアスとフォーミダブルに兵力が集中している間、隠れ続けていたヴィクトリアス、インドミダブルを中核とする第2機動任務部隊は攻撃隊を編成していた。第1機動任務部隊は囮であったのだ。
甲板上に並べられているのはマートレット(F4Fの英軍仕様)とソードフィッシュ、そしてアルバコアの混成部隊である。
60機程度の攻撃隊ではあるが、鍵となるのはやはり制空隊の活躍だろう。何しろ相手は未だに米軍と互角以上に戦い続けている日本軍の零戦である。
その相手を相打ち覚悟で戦わなければ必殺の雷撃隊は突入出来ないのである。
甲板からゆっくりと発艦作業が行われる。目標は、日本機動部隊だ。
fin
こんにちは、松ちゃんです!
またもや長くお待たせしてすみません。いよいよ英軍との決戦が始まった所なので、色々試行錯誤して書いてました。
そろそろ卒業のシーズン、この作品を書き始めて色々ありましたが、自分もとうとう卒業します。4月から社畜ダァァァァァアァァアアア!!!
日記感覚で後書きを書いてます。笑ってくれたら嬉しいです。
ではまた!




