私が新しい会社で成功したので、元上司が引き抜きに来ました。
私が転職してから半年が経過した。
半年という時間は、残酷なほど正確に、私たち二つの会社の命運を分かつこととなった。
都内の一流ホテルで開催された『アド・クリエイティブ・アワード』。広告業界で最も権威あるこの賞のグランプリに、私の名前が呼ばれた。
「……如月莉緒。この度、最も素晴らしい成果を上げたプランナーとして、彼を選出します」
ステージに上がり、重厚なトロフィーを受け取る。スポットライトの眩しさに目を細めると、会場中に詰めかけた業界の重鎮たちが、私を称賛の拍手で迎えていた。
かつて「脳無し」と罵られた私が、今は業界のトップランナーとして、この場所に立っている。
その一方で、業界誌の片隅に小さく載った『アド・シンクロ』の近況記事に、私は一瞥をくれた。
『老舗広告代理店アド・シンクロ、度重なる主要クライアントの離反により、事業縮小を余儀なくされる』
もはや、彼らは業界の嘲笑の的だ。私が去った後、彼らは一度も大きなプロジェクトを成功させていない。それどころか、責任のなすりつけ合いで組織は瓦解し、今や空中分解寸前だという。
授賞式を終え、私は会場の外へ出た。夜風に当たりたかったのだ。
すると、植え込みの影から、見覚えのある二つの影が飛び出してきた。
鏡部長と、澤田美穂だ。
彼らの姿は変わり果てていた。高級スーツは皺だらけで、美穂のメイクは崩れ、かつての華やかさは微塵もない。
「如月! 頼む、話を聞いてくれ!」
鏡部長が私の前に立ちはだかる。
「会社が……もうすぐ終わるんだ。銀行も引き揚げた。クライアントも全ていなくなった。お前なら、前のシステム設定を復旧できるだろ? もう一度だけ、うちの顧問として戻ってきてくれないか。給料は前より出す!」
私は足を止め、冷ややかな視線を向けた。
「お断りします。私はもう、私の価値を理解してくれる場所で働いていますので」
「ふざけるな!!」
叫んだのは美穂だった。
彼女は私の胸倉を掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「全部アンタのせいよ! アンタが急にいなくなったから、全部おかしくなったのよ! アンタが『雑用』を押し付けて逃げたから、私がこんなに苦しんでるのよ!!」
彼女の目は血走り、正気を失っていた。
「土下座しなさいよ! 今すぐ会社に戻って、全部元通りにしなさい!!」
美穂が私の腕を強く掴み、爪が食い込む。痛みに顔を歪めたその時だ。
「いい加減にしたまえ」
氷のように冷たく、それでいて圧倒的な威圧感を放つ声が、夜の静寂を切り裂いた。
暗闇から現れたのは、一ノ瀬蓮だった。
彼は私と美穂の間に割って入り、美穂の手を力任せに振り払った。まるでゴミを払うかのように、鋭く、容赦ない動作だった。
「……一ノ瀬社長」
美穂は、彼から放たれる「本物」の強者の空気に圧倒され、尻餅をついて後ずさりする。
「彼女は今、私の会社で最も重要なプロジェクトを任されている。君たちのような『既に終わった人間』が、未来ある彼女の時間を奪うことは、法的に許されない」
一ノ瀬は私を背後に庇い、鏡部長を冷徹な眼差しで見下ろした。
「如月さんは、君たちが思っていたような『都合の良い道具』じゃない。君たちが彼女を捨てたその瞬間、君たちは自ら、この会社を支えていた柱を切り倒したんだ。その結果が、今の君たちの惨状だろう?」
鏡部長は、何も言い返せなかった。美穂はただ、地面に座り込んで震えている。
彼らの心にあった最後のプライドすら、一ノ瀬の一言で跡形もなく打ち砕かれたのだ。
「二度と、彼女に近づくな。次があれば、法的な措置を講じる」
一ノ瀬はそう言い残すと、私の肩を抱き寄せた。
彼の温かい体温を感じながら、私はかつての同僚たちを振り返ることなく、その場を後にした。
私は目から溢れ出る涙を凝られられず、社長の温もりに全身を預けていた。




