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新しい会社に転職したので、やる気を出す事にしました。

あれから、ちょうど一ヶ月が経った。

あの日、バーで名刺を渡してくれた一ノ瀬社長との面接は、ただの形式的なものではなかった。彼は私の履歴書など見ていなかった。彼が見ていたのは、私が以前の会社で「誰にも知られず」積み上げていた実績の断片だ。

私は面接の場に、私が以前の会社で勝手に作り溜めていた——しかし日の目を見ることはなかった——完璧なリスク管理シートや、独自の広告運用マニュアルを持参した。

かつて上司に「生意気だ」と突き返された、あのデータたちだ。

「如月さん。君はなぜ、こんなにも完璧な基盤を構築していながら、あの会社では『雑用係』として扱われていたんだ?」

一ノ瀬社長の問いかけに、私は初めて「努力」を肯定された気がした。

私の仕事の価値を、彼だけが見抜いていた。一ヶ月後、採用通知が届いた。それは、私が「ただの便利な道具」ではなく「プロフェッショナル」として認められた瞬間だった。

そして今日。

私は新しい会社のオフィスビルを見上げていた。

扉を開けると、そこは別世界だった。

『イノベーション・広告』のオフィスは、余計なものが何もない。洗練されたデスク、静かに集中する社員たち、そして何より——誰かが誰かを罵倒するような刺々しい空気が一切ない。

「おはようございます。如月さん、今日からよろしくね」

そう声をかけてくれたのは、チームリーダーの女性だった。彼女は私のデスクを指差す。そこには、最新型のPCと、私の入社に合わせて準備された、効率的に作業するためのデュアルモニターがセットされていた。

「前職では酷い目にあったと聞いてるけど、安心しつね。ここは、君の才能を正当に評価する場所だから」

デスクに座り、キーボードに手を置く。

前の会社では、まずはコーヒーの準備とゴミ出しから始まっていた。だが、ここでは誰も私に「雑用」を命じない。ただ、プロジェクトの成功という共通の目標に向かって、対等なプロとして接してくれる。

ディスプレイに映る画面の向こうには、誰もが期待を持って私を見ている。

胸の奥から、じんわりと熱いものが込み上げてきた。

ここには、私を傷つける人はいない。私はもう、透明な歯車ではなく、意志を持つ人間として働けるのだ。

私は深く息を吸い込み、モニターに向かった。

私の第二のキャリアが、今、ここから始まる。



その一方で。

かつて私がいた『アド・シンクロ』のオフィスは、今や見る影もなく荒れ果てていた。

「如月! まだか!? あのクライアントからの修正案、どうなってるんだ!」

鏡部長の怒声が響くが、誰も返事をしない。オフィスは、まるで時間が止まったかのように機能不全に陥っていた。

私が去って一ヶ月。

オフィスからは「日常」が完全に消滅していた。


プロジェクトの連鎖的な停止

私が管理していた「進行の締め切り」という概念が社内から消えた。デザインチームと営業チームの連絡網はズタズタになり、クライアントに提出するはずだった広告原稿が、誰からも指示が出されないまま放置され、期限切れで没になった。


『サンライト』をはじめとする主要クライアントは、次々と契約更新の停止を告げてきた。私が作成していた、相手の意向を汲み取ったきめ細やかなレポートや先読みの提案が消えた結果、彼らは「この会社はもう、以前のような質の高い仕事ができない」と判断したのだ。


私の代わりをやらされている澤田美穂は、慣れない事務作業と、次々と舞い込むクレーム対応に押し潰されていた。彼女が作成するメールは誤字だらけ、スケジュールは矛盾だらけ。クライアントからの激怒の電話を受け、彼女はオフィスで泣き喚くことしかできなくなっていた。


部長の鏡は、毎日、土下座の勢いで謝罪行脚に出かけている。だが、彼が誰に何を謝ればいいのかすら分かっていないことは明らかだった。


彼らは、私の存在が「雑用」だったのではないと気づいている。


私の存在が「生命維持装置」だったという事実に、ようやく、遅すぎるほどに気づき始めていた。

しかし、彼らが私のデスクを見つめて呆然としても、そこに私はいない。


私が去った後の空席には、ただ、彼らの無能さを証明する静寂だけが居座り続けていた。

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