第94話王都ラウメリア
俺は意味もなく地図を見続けていた。
地図には、ハンが生前残したメモや、分かりやすく行き先などが書かれてある。
所々どうでもいいメモも書かれていて、鼻で笑って地図を閉じた。
アルダは魔力補給の魔法瓶を無理矢理飲んで、目を瞑っているハンの胸の風穴を必死に修復していた。
「アルダ、副作用が出ても知らないぞ」
「……別にどうってことない。心臓が痛くても、ハンを治すのに比べたら大したことないよ」
「そうか」
静は溜め息を吐き、ハンの方をチラチラ見ていると思ったら刀の刀身を見つめ始めた。
「もし私がもっと早く動けていれば――いや、やめよう」
表情は暗い。
この顔はよく知っている。俺が彼女を死なせてしまった時、自責の念に押し潰されていた顔だ。
「あまり自分を責めるなよ。俺達は前を進まなくちゃいけない」
「これ以上ここにいても、ハンは戻らない」
王国の方角へ進もうと地図を開くと、静が震えた声で言う。
「カイは……強いな」
なんて返していいか分からず、黙り込んでしまう。
すると横からニコが、音も立てずに現れると地図を見て方角を確認し、そこへ向かおうと歩き始めた。
「いつまでも止まってないで、目的地に急ごう」
「……そうだな」
静は立ち上がり、刀を鞘に納める。
俺が先頭で進み始めても、アルダはずっと寝かせているハンを見つめていた。
「アルダ」
俺は座っているアルダの肩を叩き、ハンを背中に担いで王国の方角へ俺は進む。
背中越しに、俺はアルダに言った。
「ニコの言う通りだ。立ち止まってないで行こう」
アルダはしばらく黙り込み、落ち着いたのか立ち上がって俺の肩を掴んだ。
「そうだな。ハンも上で怒ってる」
そうして俺達四人は、王国に向かって歩んだ。
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その頃――
カイ達とは違う真反対の森の中。
空間が歪み、鏡のように至る所を反射して無数の背景が映し出された。
そこから現れたのはゼルヴァイン―――は、大きな音を立てて地面に倒れ、後ろから男が現れた。
「ベンジャミン……約束通り、治癒スキルで…私を助けろ……!!」
ベンジャミンは肩に刺さった尖った瓦礫の破片を引き抜き、傷口は治癒スキルによって塞がれる。
「助ける?何の話だか」
破片を投げ捨て、倒れているゼルヴァインに近づき、見下す。
その眼は慈悲も善意も何も感じない。
あるのは、道端に落ちているゴミを見るかのような、どうでもいいと興味を失っている眼だった。
「今は魔力が尽きているのだ……!これ以上…心臓が持たない……」
「私の欠損した指を治しただろう……!何をふざけている……!」
ベンジャミンは屈み、必死に見上げるゼルヴァインに裂けたような笑みを見せた。
「じゃじゃ~ん」
ベンジャミンによって治されたはずの指は千切れていて、ゼルヴァインは目を見開き、ベンジャミンを睨み付けた。
「お前の幻を喰らわせてもらった。貪食っていうのは、俺のスキルより便利だ」
治されたはずのベンジャミンの肩の傷口から血が流れ、ゼルヴァインは怒りで脳が支配された。
「ベンジャミン……!!貴様ッ…!よくも、よくもこの私を騙したな……!!」
「自分のスキルも見抜けないようじゃ、そりゃあ俺に殺されるよな?」
ベンジャミンは立ち上がり、脚を上げ、ゼルヴァインの頭に狙いを定めた。
「ベンジャ―――!!!」
脚を振り下ろした瞬間、骨が砕ける音と同時に、頭蓋の破片と脳味噌が地面に散らばった。
ベンジャミンがその場を後にしようとしたと思えば、急に木にもたれて吐瀉物を吐き出した。
「所詮は模倣だな……」
足元にゼルヴァインの薬指と小指が落ち、ベンジャミンは笑いながら月明かりが差し込む方へと進み始めた。
ポケットから女性が書いた紙を見る。
ベンジャミンが向かう場所はとある"王国"。
血塗れた足は、進むに連れて土に落ちていった。
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地平線まで続くように広がる草原を歩く事数時間。
目の前には、他国とは明らかに違う技術を持った王国があった。
高くそびえ立つ白い王城に、丈夫なレンガで出来た住宅街。
不衛生ではない道や、治安の良い民間人。
そして、国中を走っている汽車が見えていた。
「ありゃ凄えな」
皆は立ち尽くし、少し遠くに見える国に目を奪われていた。
「王都ラウメリア。この国は技術国家だ。魔導汽車も医療も他国より進んでる」
説明する静をニコは走って追い越し、後ろを振り向いて静を見ながら言う。
「確か祭りしてるんだろ?」
「ああ、ここの国王と顔合わせをしたら遊べるだろう」
「ここまで来たんだから迎えに来てくれりゃいいのに」
「元々その予定だったが、我々がゼルヴァインに連れ去られたせいで破棄になった。それに、国王自身も困った用事が出来てしまったらしい」
「へぇー」
静は先頭を歩き出す。
それにアルダやニコも続いて着いて行くが、俺はとある建物に魅入られていた。
王城でも、汽車でもない。
それは圧倒的な存在感を放っていて、このラウメリアの象徴であろう、大きな壁で囲われている闘技場であった。
「カイー!行くぞー!」
ニコの声で俺は歩き出した。
更に数十分、正門に辿り着き、そこには複数の騎士や魔術師に守られている国王がいた。
「アルベルト様、その他の皆様」
「ようこそ、王都ラウメリアへ」
国王は王冠など被っていない。
しかし、それでも他者とは違う雰囲気を纏っていて、素人目で見ても上質な貴族衣装を着ていた。
優しそうに見えるが異様に冷静で、思わず鳥肌が立つ。
「ハン様は静様から聞いております。ご冥福をお祈りいたします」
「ご遺体は私が保護箱にて、責任を持ってお運びします」
「葬儀などの話は後程で。ではこちらに」
導かれ、見せられたのは複数の馬車。
豪華な装飾が施されており、専用の運転手もいる。
「申し訳ないが、私はアルベルト様と個人個人で話す事があるので、皆様は別々の馬車を利用してください」
「わかった。じゃあまた後でな、カイ」
ニコは俺に手を振りながら静とアルダと共に別の馬車へ、俺は国王と共に先頭の馬車に乗った。
馬車の中でも祭りの音や、闘技場の荒々しい歓声が聞こえてくる。
座り心地は最高、宿屋のベッドより良い。
俺が何か言おうとすると、国王は手で止める仕草をして遮りながら言う。
「敬語はやめてください。緊張してしまうので……」
「わ、わかった」
「こんな目立つ馬車で大丈夫なのか?」
「ええ、極秘ですので。国民はただの送迎だとしか思っていません。皆様の歓迎会はハン様を見送ってからにしましょう」
馬車が走ってから少しの間、沈黙だけが残る。
俺は馬車の窓から見える景色を眺め、落ち着きがない国王を時々見ていると、やっと国王が口を開いた。
「あ、アルベルト様」
「どうした?」
「非常に申し訳難いのですが……その―――」
「ザイトライヒ様が、この国にいます」
その名前を聞いた途端、酷い頭痛が襲い掛かる。
耳鳴りして、会話に集中出来ない。
父親の最後の言葉が、落ち続ける水滴のように頭に何回も浮かび上がり、息が乱れる。
しかしここで取り乱す訳にはいかない。落ち着いて、冷静になって話を聞いた。
「本来ザイトライヒ様は、命令でこの国を破壊する目的でしたが――ご気分が良いようで、この国はザイトライヒ様と条約を交わしました」
「しかし……突然去り際に、条件を出されてしまい……」
「私がもし、死亡した場合、遺言にて―――」
「貴方を国王として迎えるという、契約を交わしました……」
「全く……身勝手だな」
――そして翌日。
王都ラウメリアの鐘が、静かに鳴り響いていた。




