第95話親友
馬車の中で、それ以上言葉は出なかった。
気づけば翌朝、王都には静かな鐘の音が響いていた。
あれから王城へ向かい、国王からは謝罪やその他の話などを聞かされ、久しぶりに長話を耳に入れたせいなのか、その後の食事会兼舞踏会は酒を飲みに飲みまくり、案内された自室で熟睡していた。
朝早くからハンの葬儀の話が始まり、現在朝の9時。
領土内の地位が高い人々が埋められている墓地に、ハンは地中に埋葬され始めていた。
「彼は立派な人だった」
「勇敢で、仲間想いで、最後まで戦い抜きました」
「彼の事は決して忘れません」
「彼の魂よ、安らかに」
神父が言葉を告げ、アルダが前に出る。
綺麗な棺桶に寝かされていて、周りには花が沢山添えられていた。
「服屋、私が受け継ぐから安心して」
アルダは何も思い残す事ないスッキリした笑顔でそう言い、指で抑えきれない瞼を当てて、小走りで立ち去って行った。
次々にニコ、静、魔法の手紙で連絡を取っていた国王が最後の会話をして、俺の番となった。
「……お前を失うなんて思わなかった」
アイツが最初に話し掛けてきた事を思い出す。
あの冷たい夜に、手を差し伸べてくれた夜。
「じゃあな。ハン」
そうして棺桶に蓋がされ、土で埋められていく。
墓石には、こう書かれてあった。
"ハン・ユン"
"仲間を守り、誇り高く散る"
"安らかに眠れ"、と。
皆が立ち去るまで墓石を眺め続け、その場には俺一人になった。
埋められた場所の土に触れると、ハンが目の前に立っている気配を感じた、
「ハン!」
顔を上げると、そこには墓石しかなく、返事は返ってこない。
その場に流れる虚無に、俺は打ちのめされた。
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数日後、王都ラウメリア。
城下町にある上品な住宅街。
化粧を整え、ベッドに寝ている彼氏に挨拶をする。
「じゃ、私行ってきますね」
余程好きなのか、明るいトーンで話し、小走りで近づいたと思いきや男の額にキスをした。
「ああ」
鞄を持っている女性はドアを開けた瞬間、白く長い髪が風で流れる。
青い瞳は宝石のようで、ベッドに寝転がっている男に可愛らしい笑みを浮かべると、仕事へと向かいに行った。
男はベッドから起き上がると、ベッドシーツを綺麗に整え、かけ布団を広げて畳む。
上半身は傷だらけで、肩には新しく出来たであろう傷があった。
そこには、優しく丁寧に手当てされていて、女性が描いたのか可愛い猫の絵が描かれている。
男は鼻歌を歌いながら服を着て靴を履き、一戸建ての建物から出ると、ジョギングを始めた。
車道には馬車が走っていて、貴族が会話をしながら通り過ぎていく。
「おはよう」
歩道を軽く走っていると、通りすがりに声をかけられ、男は後ろを向いて元気よく返す。
「おはよう」
10分程度走れば家に戻り、朝食を摂る。
卵を割り、温野菜と一緒に食べる。
大好きな甘いイチゴを食後のスイーツとして食べ終わると、適当にブラブラと見慣れる為に街を歩く。
元帝の下で働いていたおかげか、人生を10回程豪遊できる貯金がある。
道中に買うチョコクレープを食べながら、街をふらつき、教会の側にとある団体を見つけた。
「貧しい子供達に学校を!」
「銅貨一枚で一人の子供が救われます!」
必死に呼び掛ける若い修道女と修道士に、男は軽々と足を運びながら近づき、手の平から金貨一枚を生成し、指で弾いて箱に入れた。
「あ、ありがとうございます!あなたに神のご加護を!」
修道士が喜びながら言っていると、後ろから修道女が走ってきた。
「すみません、恵んでくださった方には名前を聞くように言われてまして…!」
「名前?どうして」
「教会の表に刻むんです。恵んでくださった方と」
男はしばらく悩み、笑顔で答えた。
「ベンジャミン」
「ありがとうございます!」
良い事をしたと、自己愛に溢れ始めた彼の名前はベンジャミン。
快楽殺人鬼であった。
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ハンの葬式が行われた翌日。
俺は王城の案内された自室のベッドで、早朝が過ぎても寝転がっていた。
窓から見える青空を見ながら、父親が残した最後の言葉をずっと思い出す。
"復讐なんか忘れろ"
その言葉は呪いのように俺に張り付く。
ベッドから体を起こし、酷い頭痛がして頭を抱える。
自分はずっと、復讐の為に生き続けてきた。
もしも、それが間違っていた行為だったら?
俺が茨の道に進めば、大切なみんなが死んでいく。
このまま、復讐への道を進めばどうなる?
アルダを失い、静を失い、最後にはニコを失うかもしれない。
大切な者を失い続けながら復讐の道を辿るか―――
大切な者を守り、復讐の道を諦めるか―――
俺は選べない。
俺が復讐を諦めたら、その為に死んでいった人達が、使命を託して死んだ意味が無駄になる。
「俺は……一体、何を選べばいいんだ……」
耳鳴りで周りが聞こえなくなった。
心臓の鼓動が鳴り響き、胸の奥底が蝕まれていく感覚がする。
不安と恐怖が襲い掛かり、やがて目の前が闇に包まれる。
「すみません、少しお時間よろしいですか?」
扉がノックされる音で、俺は目が覚めた。
覆い尽くしていた不安と恐怖は無くなり、平常心が取り戻される。
「ああ」
扉が開くと、ロングドレスを着た若い侍女の女性が入ってきた。
「失礼します」
侍女は深々と頭を下げ、真っ直ぐな姿勢で言う。
「私はローレンスと言います。国王陛下から伝言を伝えに来ました」
「このラウメリア王国が誇るお祭りを、是非参加してほしいとの事です」
気分転換に行ってみるか。
「……わかった。ニコ達は?」
「皆様方は祭りを楽しんでいるようです。他にご用件はありますでしょうか?」
「大丈夫だ」
「では、私はこれで失礼致します」
もう一度頭を下げ、扉をゆっくりと閉めて出て行った。
しばらくして、クローゼットにあったチュニックを着て、姿見を見て違和感がないか確認する。
人生の大半は囚人服か、武装を着て生活していたせいか、妙に違和感が出てしまう。
そんな思春期みたいな事を思いながら、王城へと出た。
城下町へと下ると、何処もかしこも人で埋まっていて、音楽が響いている。
「ッ……」
聴覚、嗅覚、様々な情報があるせいで頭痛がして側にあるベンチに座った。
落ち着こうと目を瞑ると、目の前は死体や燃え上がる建物に囲まれていた。
そして少し先に立っているのは―――
これ以上姿を見たくない。
そう思った俺は闘技場へと向かった、
近づくに連れ、人集りが更に増していく。
スパイ防止の為に厳しい入国審査をしているらしいが、祭りのせいかそれでも虫のように多い。
人を掻き分けて進むと、目の前には広大な広間があって、中央には大きく立ち尽くす闘技場がある。
広間には異国からのあらゆる商売人や、祭りで外に出ている国民で溢れ返っていて、そこには誰も自分を狙う者はいなかった。
そうして闘技場に辿り着き入り口に入ると体が重たく感じる。
まさか……結界か?
「すみませーん!」
入り口付近に立っていると、駆けつけてきた青い制服を着た女性スタッフに声を掛けられた。
「国王陛下から話は聞いています!案内しますので、どうぞ着いて来てください!」
胸に付けられている名札には、新人なのか研修中と記されていた。
その視線に気が付いたのか、申し訳なさそうな顔をして言う。
「すみません……本来、私の仕事ではないのですが……人手が足りないようでして……」
「別にいい。案内してくれ」
「は、はい!」
余所余所しい感じで奥へと進み始め、黙って後を着いていく。
「本来はチケット制なのですが、あなた様なのでチケットはいりません!」
「それと……お時間があれば、サインくれませんか?」
上目遣いで、涙を潤わせながらそう話しかけてくる。
「サインは持ち合わせてないんだ」
「す、すみません……変な事聞いちゃいました……」
緊張した鼓動、それでの汗―――
見た感じ、刺客ではない。
彼女は緊張しながら奥へと歩き、闘技場の上に繋がる昇降機で上がると、観戦エリアへと辿り着いた。
「観戦はこちらになります。闘技場への参加はご希望できませんが、観るだけでも楽しいですよ!」
「では、お楽しみください!」
そう言うと彼女は昇降機で降りて行った。
中は誰もおらず、食事や飲み物のカウンターに一人だけ立っている。
国王は……いないのか?
そして闘技場すべてを見下ろせる窓際にある王座のように豪華なソファーに座り、闘技場の上に記載されてある初戦の時間を潰すだけの時間となった。
あと10分、長いな。
「隣、いいかな」
「どうぞ」
突如話しかけられ、俺は肘を着きながら時計を確認していた。
「随分久しぶりだな。アルベルト」
隣の男が俺の名前を言う。
嫌な予感が全身の鳥肌を震え立たせ、俺はゆっくりと横を向いた。
肩まである上品だが戦士らしい金髪。
そして―――
俺が最も憎んでいる男だった。




