第93話友との別れ
月明かりだけが頼りな牢獄で、寝床と呼べるか分からない場所で、俺は横になっていた。
周りは大人ばかりだった。その中で目の前にいる少年の彼はずっと警戒していて、眠ろうともしない。
俺はその姿を母と重ねた。
スキルは立派ではないし、金もない。
しかし、弱き者には手を差し伸べ、勇気を与えてくれるような存在を。
母以外に、俺は見つけた。
俺は固い寝床から起き上がり、ゆっくりゆっくり、敵意を見せないようにその少年に歩み寄る。
「お前、名前は?」
小さな声でそう言う。
すると、少年は怯えてもなく、こう言った。
「カイ」
「俺はカイだ」
カイ。確証はないが、これから先も友達でいられるかもと、そう信じた。
「俺はハンだ」
「友達になろうぜ」
自分の血の温かさを感じながら、ハンは虚ろの目で戦っているカイを見つめていた。
次第に視界はボヤけ始め、やがて暗闇に包まれた。
それでも、彼は死が怖くはなかった。
「ゼルヴァイン!!」
俺は拳を突き、ゼルヴァインの顔面を殴る。
ゼルヴァインは後ろへ下がって行き、脚が震え始める。
俺が再び拳を振るおうとした瞬間、ゼルヴァインは俺の腹に抱きつき、壁に叩きつけようと押し続けてきた。
足がすくみ、一気に持ち上げられる。
俺はゼルヴァインの背中に肘を打ち込み、姿勢が崩れた瞬間を狙って、両手を合わせてハンマーのように両拳を振り下ろした。
ゼルヴァインは倒れ、捕まっている俺も道連れにされて床に倒される。
ゼルヴァインは俺の腹に拳を振るい、怯んだ俺を持ち上げて壁に叩きつけた。
壁はヒビ割れ、細かな瓦礫が体に降り掛かる。
そしてゼルヴァインは俺の首を掴み、再び地面に叩きつけ、押し潰す。
「ハッ……ハッ……」
首を絞められ息が出来ない。
首の血管も狭まり、頭に血が溜まっていく気配がし始める。
左腕を伸ばし、親指でゼルヴァインの右目を潰した。
「グアァァァ!!」
ゼルヴァインの力が弱まり、突き刺した親指を目玉の中で曲げて、しっかりと顔を掴む。
そして拳を振ろうとした瞬間、ゼルヴァインは何度も俺の顔面に向けて頭突きを繰り返し、俺を投げ飛ばした。
脳が衝撃で揺れ、吐き気と立ち眩みに襲われる。
「貴様はイカれているッ!!地獄から舞い上がった悪魔だ!」
ゼルヴァインは落とした青白く光る剣を取り、壁を伝って立ち上がろうとする俺に向けて振ろうと、右腕を上げた。
避ける……絶対に避ける……!!
だが、体に力が入らない。
しかしゼルヴァインの動きは感じ取れる。
左へ、飛ぼうとした瞬間―――
目の前は砂浜で広がっていた。
「幻にかかったな!」
「アルベルトォ―――!!」
耳が張り裂けそうな金属音が鳴り響いた次の瞬間。
ゼルヴァインの後頭部に投げナイフが突き刺さっていた。
ゼルヴァインが飛ばした魔力の波動は軌道がずれ、俺の真横を通り過ぎて壁に大きく切り傷をつけた。
「貴、様……」
「アイツを殺すのは俺だ」
「ゼルヴァイン」
ベンジャミンはゼルヴァインの手から滑り落ちた剣を取り、ゼルヴァインの心臓を突き刺した。
力なく倒れたゼルヴァインをベンジャミンはゴミのように興味もなく横を通り過ぎ、壁にもたれて息切れしている俺に近づく。
「ああ」
「お前ら、邪魔するんだったな」
ベンジャミンが背後に向けて動き出そうとした瞬間、後ろにいたアルダ、ニコ、静は武器を構え、一瞬で包囲した。
「言ったろ。チャンスを与えるだけだってな」
ニコはベンジャミンの耳元で囁き、札でベンジャミンの手足を拘束した。
ニコが俺に駆け付けたその時、城全体が揺れ始める。
「な、なんだ!?」
「きっとゼルヴァインが死んだからでしょ!この空間が崩壊し始めてるの!」
アルダは床に倒れたハンを背負い、あちこちを見渡しながら慌てる。
「ニコ、私が持とう」
「わ、分かった」
静は俺を背負うが、少しふらついてニコが急いで静を支えた。
「だ、大丈夫かよ」
「思ったより重くてな……でも心配しなくていい」
ニコは俺の肩を叩いて言う。
「カイ!ここから出るぞ!」
「ああ……」
俺は微かに回復した魔力で聴覚を変化させる。
何処かで風が流れてくる所がある。
それを聞き、脳内で迷路のような廊下を描き、出口に繋がる地図を描いた。
「真っ直ぐ進め……」
「真っ直ぐだ!アルダ!ニコ!私に着いてこい!」
静は俺を背負って走り出し、アルダとニコもすぐ後ろに続く。
天井からは石片が落ち始め、青い松明は次々と消えていく。
崩壊は、確実に始まっていた。
「カイ!次はどっちだ!」
ニコの叫び声に、俺は荒い息を吐きながら耳を澄ませる。
遠くから流れ込む風。
水が滴る音。
そして――崩れ落ちる壁の振動。
「……右だ。次の分かれ道を右に曲がれ」
「了解だ!」
静は迷いなく角を曲がる。
「おい!俺を置いていくのか?酷ぇじゃねぇかよ!」
ベンジャミンは笑いながら言う。
その直後、さっきまで俺達がいた通路が轟音と共に崩れ落ちた。
「あんなヤツは無視しろ!」
静は重い脚を動かしながら言い、アルダはハンを背負い直しながら、苦しそうに息を吐く。
「な、なあアルダ。もうハンって……助からないんじゃ―――」
「なに!?ハンを捨てろって言いたいの!?私は絶対にやらない!絶対に連れて帰るから!!」
「カイ!次はどっちだ!」
あらゆる感情が溢れる中、俺は冷静に風が入ってくる音を聞き取り、指示を出す。
「次の分かれ道を左だ……!」
徐々に外の風を感じる。
城が崩壊し、土埃が俺達を飲み込んだ瞬間―――夜の涼しさが、俺達を包み込んだ。
「まだ走り続けるぞ!!」
アルダとニコが安堵したすぐに、静は一喝を入れて、二人は再び走り出した。
しばらく進み、血反吐を吐きそうな程荒々しい息を吐く静は、ようやく足を止めた。
「カイ……無事だったか……?」
「それは俺が聞きたい……」
俺は静から降りると、静は吹っ切れたのか地面に仰向けに倒れた。
遅れてやって来た二人もそのまま地面にぶっ倒れ、俺はゼルヴァインに殴られ、青紫に腫れる腹を抑えながら、ハンが持っている地図を取って開いた。
「ここは……森を抜けた先らしい」
全員息を整えていて、ハンを背負っていたアルダは、ハンを降ろして自分の上着をハンに被せ、傷を隠す。
「カイ、傷、治してやるよ」
アルダは治癒スキルで俺の傷を治し、俺はゆっくりと地面に座った。
アルダは横たわっているハンを見つめ、深呼吸をして落ち着こうとしていた。
俺の責任だ。
俺が、ハンを死なせてしまった。
そう、俺が血だらけの口を開いた瞬間――
「カイ、謝らないで」
まるで知っていたかのように遮る。
「ハンが悲しむから……謝っちゃダメだ」
「……そうだな」
俺はまた。
大切な人を失った。




