第90話独りじゃない
猛吹雪で薄い朝日が後ろから差し、真っ暗な空間にいた俺に朝を告げる。
神経を常に尖らせていたせいか、一気に緊張が解けて眠気がやって来た。
しかし、それも意識すれば一瞬で塵のように消え去った。
「カイ、ずっと起きていたのかい?」
まるで元々起きていたかのように静がベッドから起き上がった。
「みんなを守る為だ。支障はない」
「君がそう言うなら別にいい」
静は皆を起こさないように静かにベッドを降り、俺の前に立って視線を合わせる為に屈んだ。
「我々の目的は覚えてるな?」
「ああ。向こうにある王国は俺を崇拝してる。名無しの帝を座から落とす為に協力してもらうんだろ」
「どうしてそんな事聞く?」
「君が目的を忘れないか、確認しただけだ。ベンジャミンを殺してやるという呪いに囚われてなかったのは安心した」
「昔の俺なら、そうなってたかもな」
俺は無防備に寝ているニコを見つめる。
「守る者が出来たからか?」
静は言う。
俺は、ただこの空間が心地よくて、二度と手放したくないと思った。
「……だろうな」
「君は昔より人間らしくなった」
静にそう言われ、俺は軽く笑って誤魔化す。
今度こそは守る。
自分が愛する仲間―――
俺はよく眠る顔を見た。
自分が愛する人を。
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時間は経ち、翌日。
ニコの傷は長時間に渡って俺の治癒スキルで塞がり、あとはアルダの判断で動けると分かってそのまま昇ってきたばかりの太陽に照らされながら王国へ歩いていた。
通り道にあった積もった雪は魔道具によって溶けてはいるが、配置されていない遠くに見える山は大半が雪で覆われ、その山の下には雪で出来た壁があった。
「よくこんな所に町やら建てようと思ったな」
雑談でもと思い、適当に思った事を言う。
するとアルダと地図を見て次に向かう方向を探していたハンが、森へと入る道を歩きながら言った。
「それには長い歴史があるんだとさ。植物、動物、魔物……色んな個体がいる」
やがて森へと入る。
木々は都会の建物を軽々と越えそうな程高く、そしてあり得ない程密集している。
少し前に入っただけなのに、この空間が息苦しくなってくる。
「なあ、ここ薄気味悪くねぇか?」
ニコが横にいる静に言うが、静は周りを囲む木々に集中していて聞いてはいなさそうだった。
「あのー、静さん?」
静は目を瞑り、立ち止まった。
ハンやアルダもその様子を見て立ち止まる。
突如、静は目を見開いた。
「カイ、警戒しておけ」
「まさか……」
静は腰に下げている刀に手を当てながら、ゆっくりと俺に近づいて答えた。
「カイを狙う者かもしれない」
俺は咄嗟に嗅覚を変化させた。
ヤツには聴覚で位置を探っても意味がない、それなら匂いで探知する他ない。
静の微かに残る和風の香り。
ニコの自分に似た落ち着く匂い。
アルダとハンの、少しだけ香る生地臭い匂い。
右後ろに、炭のような物の臭いを感じ、俺は短剣を生成して放つ。
「ハヒィ……!!」
短剣は老婆の手を貫通して、頬を刺していた。
老婆は瞬時に両手を合わせ、ブツブツと何かを呟き始めた。
そした静と俺が走り出した瞬間、階段を踏み外したかのような浮遊感が走る。
「なっ……!」
気付けば、そこは薄暗い青い松明で照らされた廊下だった。
静は刀へ手を伸ばす。
床は冷たく、まるで長年誰も踏み入れていない地下墓地のような湿った臭いが鼻を刺した。
青い松明の火が揺れるたび、壁に映る俺達の影が歪んで見える。
「……全員いるか」
俺が振り返ると、ニコは顔を青ざめながらも無事だった。
アルダもハンも武器を構え、周囲を警戒している。
「なんなんだここ……」
ニコが震えた声で呟く。
静は壁に手を触れ、目を細めた。
「空間転移……いや、幻術と転移魔法が混ざっている」
「つまり?」
ハンが聞くと、静は短く答えた。
「ここは現実でもあり、現実じゃない」
その瞬間――
カツン。
廊下の奥から、硬い靴音が響いた。
全員の視線が一斉に前へ向く。
暗闇の奥。
青い炎に照らされ、一人の男がゆっくりと姿を現した。
「ようこそ」
その男は、まるで旧友にでも話しかけるような穏やかな笑みを浮かべていた。
「私の城へ」
「誰だ」
男は俺の問いに、すぐ答えてくれた。
「私はゼルヴァイン」
「名無しの帝――」
「"幻帝"のゼルヴァインだ」
ゼルヴァインがそう答えた瞬間、俺は広い草原に飛ばされていた。
「一体……」
急いで周りを見る。
誰もおらず、敵も見当たらない。
そしてすぐ、ある既視感に違和感を覚えた。
目の前にはボロい小屋があって、小さくて見えないが人影がある。
俺は、それを知っていた。
罠だと分かりながらも、俺は走ってボロい小屋へ向かう。
次第に疑いは事実へと変わる。
「リリス!!」
「リリスッ!!!」
見間違えるはずがない。
銀色に輝く髪。
虎のように威張っているが、猫みたいに愛くるしい獣人の耳。
「カイ!」
すると目の前に突如出て来た霧から、毒帝の姿が現れた。
毒帝は向かって来る俺に動物のように飛び掛かり、覆い被さって拳を振り下ろす。
「よくも!よくも、殺してくれたな!」
毒帝は背中から蠍のような尾を、蜘蛛の脚のように出して、俺の横胸や、腹に突き刺して毒を注入した。
毒帝の拳が何度も顔面に落ちる。
骨が軋む音がした。
それでも俺は、あの日と同じように反撃するしかなかった。
「離れ…ろ……!!」
毒帝の後頭部を掴み、思いっきり頭突きをして拳を振るう。
怯んだ隙に蹴りを食らわせ、離れた瞬間を狙って立ち上がり、毒帝に向かって拳を突き出した。
突如、地面が沼のようになって脚が飲み込まれ、沈められる。
全身が沈み、真っ暗な空間に落とされ、地面に背中を打ち付けた。
そして次に突拍子もなく現れたのは、スーツを身に纏った力帝だった。
「貴様は何を成し遂げた?」
「周りを見ろ!貴様を信じていた者達は、貴様のせいで殺された!」
気付けば、足元にニコがいた。
虚ろな目をしていて動かない。
周囲にいたアルダやハン、静――今まで出会って来た仲間が地面に倒れていた。
「これは…これは幻だ!」
力帝は俺の目の前に現れ、耳元で囁く。
「遅かれ早かれ、こうなるのは目に見えているだろう」
力帝は俺の腹を殴り、腕を掴んで俺を高く持ち上げ、勢いよく地面に叩きつけた。
地面は水のようになっていて、俺は深く沈む。
冷たくて、それ以外は何も感じない。
遠くから、白く輝く閃光が向かって来る。
迫ってくるルシアンは沈んで行く俺の首を掴み、怒りの表情を浮かべながら言ってくる。
「お前は一体なんなんだ?」
「自分の欲だけを貫き、他人なんかどうでもいい」
「お前はずっとずっと、これから先も独りなんだよ。愛してくれていると思ってるヤツはみんな、お前に怯えてる」
「取り柄のないお前は、あの村で死ぬべきだったんだ」
水圧が強くなり、俺は溜めていた息を吐いて、踠き苦しみ始めた。
俺は言い返せなかった。
ルシアンの首を絞める力は強くなり、視界が暗闇に包まれる寸前、ヤツは悲しげな表情を向けた。
「俺は、ただ。報われない種族を救いたかっただけだ」
気付けば俺は海面に打ち上げられていた。
倒れている俺を跨いでいる力帝は、拳を掲げながら涙を溢す。
「私は、私は……。ただ、母を救いたかった」
力帝は拳を振り下ろし、俺の血がへばり付いていた拳は、ベンジャミンへと変わる。
「俺とお前は同じだ。それなのに、なぜみんなはお前だけを愛し、お前だけを信用する?」
瞬きをすると、目の前は真っ赤な太陽が俺を照らしていた。
「カイー!」
その声はハッキリ聞こえていて、何もなっていない体を起こして声のした方向を向く。
太陽が眩しくて顔は見えない。
それでも、彼女が誰かはすぐに分かった。
海の砂浜によく似合うワンピースを着ていて、隣には子供らしき小さな子もいる。
それは、あったかもしれない未来だった。
次に目を開けると、薄暗い青い松明で照らされた廊下だった。
俺は踞っていて、涙が溢れていた。
「カイ」
そう名前を呼んだ者は、俺に手を差し伸べた。
俺は恐る恐る、名前を呼んだ男の顔を見る。
「ハン……」
「安心しろ。お前は"独り"じゃない」
「………」
それに対して、俺は何も言わなかった。
だが、それに対しての返事のように、俺はハンが差し出す手を握った。




