第88話壊れゆく存在理由
冷たい空気が肺を刺す。
血の匂いが、やけに濃かった。
猛吹雪が少し弱まり始めた頃、人々は外の騒ぎを聞き付けていた。
指先に力が入らない。
視界が歪む。
それでも――止まれない。
ニコを抱き抱え、辿り着いたのは別の宿屋だった。
「怪我人だ!退いてくれ!」
騒ぎで起きていたのか、宿の広場に集まっていた人達は、怯えて下がり、血を見て吐く者もいた。
俺はニコを寝かせ、治癒スキルを使おうとするが、心臓を貫かれたせいで集中できない。
「カイ!」
すると、宿の二階からアルダと静、ハンが降りてきた。
俺は心配するアルダと静を押し退け、ハンの肩を掴んで壁に叩きつける。
「……ずっと何してた」
声は低く、震えていた。
「ずっと何してやがった!!ニコを殺す気かよ!テメェ!」
「お、落ち着け……」
「落ち着け!?落ち着けだって!?」
「か、カイ、その胸……」
俺はハンを強く押し、宿の木の壁がミシミシと音を立ててへこんだ。
殴りたい衝動を、歯を食いしばって押し殺す。
今やるべきことは――違う。
「とりあえず、ニコを助けろ……」
ハンに怒りをぶつけた俺は、そのまま皆から離れて人気のない場所で、埃が被った木の箱に座り、背中に刺さったナイフを引き抜いた。
「ッ……!!」
呼吸が乱れ、視界が感じたこともない程揺れる。
そのまま魔力をすべて消費して、負傷した心臓を治す。
「………」
何かがおかしい。
あいつは、死んだはずだ……なのに、生きている。
ヤツは力帝殺害未遂、数十人の殺人の罪で処刑されたはずだろ?
「俺と…同じなのか……?」
俺は7、8年投獄していた事がある。
それでも、処刑させることはなく、今まで逃げてきた。
禁忌スキルである俺が即処刑にならなかったたのには何か裏がある。
脊椎に問題があったベンジャミンは、問題なく動いていた。ということは、第三者が加入しているだろう。
だとすれば、俺が長らく処刑されなかった理由は………
俺は、生かされてるんじゃない。
……違う。
使われてるだけだ。
じゃあ――俺は何のために存在してる?
「カイ」
左には心配して駆けつけてきた静が立っていた。
「ニコの容態は安定してる、安心しろ」
「ならニコの側にいてくれ」
俺が冷たく静を突き放すと、静は逆に近づいてきた。
「カイ、最近変わった事があるんだろう?」
「ない」
「嘘が下手だな」
静は手から炎の魔剣を取り出し、それを俺に渡すように差し出す。
「早く受け取れ」
魔剣を手に取り、魔力を集中させて体内に収納する。
「私には分かる。カイは、人間ではなくなってきている」
「それ、比喩とかじゃなくて、本当に俺が変わってきているのか?」
「そうだ」
静は俺の手首を掴んだ。
「鍛練のために内功を会得しようとした時と比べて、カイの魔力は別人のように変わってしまっている」
「それがなんだよ」
「……そうだな。これだけは分かる」
「君は化け物になりつつある。それは、人間のような人生を辿れないということだ」
静は俺に背を向け、そこから立ち去る。
そして立ち去り際に言った。
「カイ、落ち着いたらニコを見てあげてくれ」
「ニコにとって、君は本当に"大切"な人なんだ」
静はそうして俺の前から消えた。
俺は額に手を当て、今までにない程考える。
もし、俺がこのまま復讐の道を辿れば――
また、大切な人が死ぬんじゃないのか?
だとすれば……俺は。
俺は、どうすればいい。
「復讐なんか忘れろ、カイ」
そう、父親の声が聞こえた気がした。
「………」
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左目が潰れ、頬は猛獣の爪で引き裂いたかのように傷が入っている。
空を飛んでいるヴァルグは、猛吹雪を突き抜け、雪原地帯とは異なる温暖な地帯へと入った。
ヴァルグが向かう先は王都ラウメリア。
魔法帝殺しを支持する、異様な国であった。
ヴァルグは凍った血を手で払い、王都の城の庭に着地した。
「き、貴様は何者だ!」
その場にいた兵士が槍をヴァルグに突き立てる。
「ここにザイトライヒが訪問しているはずだ。案内しろ」
「ま、まさか……ヴァルグ様?そのお怪我は!?」
「気にするな、そんなことより父上は何処だ」
「あ、案内します……」
兵士は槍を引き、そのまま国王がいる客間へと案内した。
「国王陛下とザイトライヒ様はここにて密会しております」
「わかった」
ヴァルグは客間な大扉を開き、茶菓子を食べながら話している二人と対面した。
「父上、遅くなりました」
国王はヴァルグの姿を見ると、思わず口を開けて驚く。
「ヴァルグ、どうした?その傷」
「昔、父上が出会った"貪食者"と戦いました」
「強かったか?」
ヴァルグは満面の笑みで答える。
「はい」
ザイトライヒは嘘偽りもない返事を聞いて、満足した表情で答えた。
「ヴァルグ、傷口に雑菌が入るとダメだ。早く手当てしてもらえ」
「父上」
ザイトライヒが一言言って国王との話に戻ろうとした瞬間、ヴァルグは遮って言う。
「カイ・アルベルトは、必ず私が殺します。それまではどうか、手出しはしないでもらいたい」
「わかった」
ヴァルグが立ち去ろうとすると、ザイトライヒは何かを思い出したのか、ヴァルグに優しい口調で言った。
「ヴァルグ、貪食者到着で来週大きな祭りが開かれるそうだ」
「その時に、闘技大会が開かれる。参加してみたらどうだ?」
「……考えます」
そうしてヴァルグは客間から立ち去り、ザイトライヒは震える手で紅茶を飲む国王に話し掛ける。
「それで、話の続きをしよう」
「は、はい」
「魔法帝殺し、禁忌スキル保持者であるカイを支持する。王国に迎え入れるという行為は反逆罪として見られても仕方がない」
「だから、私は今日ここに来た。この王都を滅ぼしに」
そう言いながら、まるで天気の話でもするように微笑んだ。
国王は冷や汗を垂らし、唾を飲み込む。
今にも気絶してしまいそうなのに、必死に意識を保つ。
「しかし、彼は毒帝、魔法帝を殺し、力帝を世界から地の底まで突き落とした」
「ど、毒帝様や力帝様はアルベルト様とは関係ないのでは?」
「ああ、そうだったな」
ザイトライヒの匂いを嗅いで紅茶を飲む。
「私はこの王都の反逆活動を支援する。誰かがもし、この国に戦争を仕掛けようなら私が止めてみせよう」
「これは一方的な私からの押し付けだ。お礼のお返しはいらない」
「ただ、私は復讐で向かってくる少年を捩じ伏せたい」
「言うなら、君達の神様を殺す。それを見ていてほしい」
ザイトライヒは席から立ち上がり、国王の肩を優しく叩いてその場から立ち去る。
「上にはちゃんと安全だって報告しておくよ」
「しばらくここに滞在するけどいいだろ?」
「い、いいだろう」
客間の外からザイトライヒは国王に向けて手を振り、気楽に挨拶を交わすようにして消えていった。




