第87話鼓動のない男
ベンジャミンは両手に短剣を生成し、刃を掴み壁に向かって投げ飛ばした。
二つの短剣を壁を跳ね返り、俺の腕は裂けながら腕から盾を生やし、全身を守る。
予測不可能な短剣の一つは盾で防ぐが、二つ目は腰に突き刺さり、ベンジャミンはその隙を見て距離を詰める。
突き刺さった箇所は痛くない。
再生する肉によって短剣は押し出され、次の瞬間、床へと落ちた。
俺は走って詰めてくるベンジャミンに、逆に走って向かい、姿勢を低くして背中に両腕を回し、捕まえた。
そのまま離さず走り続け、ベンジャミンを宿の壁に叩きつけ、壁は崩壊し石片が雪の中へ弾け飛ぶ。
「相変わらず投げるのが好きだな」
ベンジャミンは笑いながら、俺に向かって走る。
俺は素早く体勢を立て直し、ベンジャミンの拳を受け止め、拳を振るうがベンジャミンは頭を傾けて躱す。
そして即座に前蹴りをして俺を吹き飛ばした。
隙を与えないようにベンジャミンは次々と生成したナイフを投げる。
それを体勢を立て直しながら回避し続け、ベンジャミンは歩いて距離を詰める。
「カイ、これは俺とお前だけの戦いじゃない」
「お前自身の戦いだ」
ベンジャミンはナイフを投げ、咄嗟に俺は防御の姿勢を取った。
「……?」
ベンジャミンは笑っている。
「お前……」
ただの通りすがりの女性の頭に、ナイフが刺さって倒れていた。
ベンジャミンはただ口が裂けるぐらい笑い、騒ぎを聞き付けた民間人達が集まってくる。
「ひ、人が死んでるぞ!」
「警備隊!誰か警備隊!!」
俺はベンジャミンを見つめる。
「なあカイ、俺はお前を演じてきて自分が分からなくなってたんだ」
ベンジャミンは女性の頭から流れる血を見て思い出す。
「……いや、きっと昔から分からなかったんだ」
ベンジャミンは右手の指の間に生成したナイフを挟み、腕を振るって一気に投げ飛ばした。
鼓動が、四つ――同時に跳ねた。
嫌な予感が背中を走る。
だが、遅い。
次の瞬間、四つとも消えた。
クソッ!!
一拍遅れて、音が消えた。
誰も叫ばない。
振り返ると、四人が立ったまま――崩れ落ちた。
「一体何がしたいんだ!ベンジャミン!」
「俺は自分を見つける方法がわかった」
ベンジャミンは周りにいる民間人の姿が、段々赤頭巾を着た女の子に見えていく。
「それは死なんだよ」
「そして、お前を殺す事によって、"完成"する」
ベンジャミンは両手にナイフを生成し、両腕を大きく振るって投げ飛ばす。
俺は盾を生成して投擲物を防ぐが、弾かれたナイフは、左右へと別れ―――
男と女の首を切り裂いた。
「ッ!!」
「カイィ……また死なせてしまったな?」
「あの"女"だけじゃ、物足りないってか?」
「テメェ……!!」
ベンジャミンは笑みを浮かべながら、崩れた宿の壁から宿へと入っていった。
ニコ!
宿から悲鳴が鳴り響き、宿に入るともう遅かった。
受付カウンターは血塗れになっていて、反撃しようとした冒険者もなす術なく殺されていた。
あれだけうるさかった鼓動の音がなくなり、あと一つだけとなっていた。
「ニコ!」
俺は走り出し、ニコがいた部屋へと入る。
そこには腹をナイフで裂かれ、首を掴まれてベンジャミンに持ち上げられているニコがいた。
ベンジャミンはニコの首元に当てていた短剣を持ち変え、部屋の照明を割り、灯りを消した。
聴覚を変化させ、音だけを頼りにベンジャミンを探る。
「ニコ!大丈夫か!」
「あ、ああ……大したことねぇよ…」
ニコの鼓動が、途切れかけている。
さっきまでうるさいほどだったのに――今は、遠い。
それなのに、ヤツの鼓動は一切聞こえない。
すると右から微かな木の床が軋む音が聞こえ、俺は拳を振るった。
だが、何の感触もない。
「どうして俺が聞こえないのか、わからないのか?」
「自分の鼓動が聞こえないのと同じ――」
「俺とお前は、同じなんだよ」
「"化け物"だ」
背中から、何かが体を貫いて突き出た。
内側から焼けるような痛みが広がる。
「ごばっ!!」
左胸を見ると貫通したのか、刃の先が見えていて、背後にいたベンジャミンは俺を蹴り飛ばし、窓から突き落とした。
真っ暗な空が見える。
ゆっくりゆっくり、自分が窓から地面へ落ちていく過程が流れていく。
ベンジャミンの笑い声が、鐘のように響き渡る。
ああ―――
この景色、見たことがある。
俺は腕から鎖を投げ飛ばし、建物に突き刺して自分を引っ張り、窓から部屋へと入った。
立っていたベンジャミンを蹴り、ベンジャミンは部屋の壁に衝突する。
「がはっ……!!」
「ニコ…!」
俺はニコの腹の傷を治癒スキルで癒す。
「内臓までは治せない。すまないが、魔力を温存させてくれ」
「別にいいよ…札でなんとかする……」
俺はニコを抱えて窓から飛び移った。
ベンジャミンから距離を置くため、雪道を歩いていると、鳥肌が立つような金属音が聞こえた。
次の瞬間、俺の太股にナイフが突き刺さっていた。
「ぐっ……!」
「カイ!俺も戦えるから、下ろせ!」
「皮膚と肉を適当にくっつけただけだぞ!下手に動けば――」
続いて肩、腰、背中に三本ナイフが突き刺さった。
「ッ!!!」
肉体が耐えきれず、ニコを抱えたまま跪く。
「カイ、お前は人間じゃない……人間じゃなくなったんだ」
「それは一番お前が理解してるだろ?」
ベンジャミンは手にナイフを生成する。
耳の奥を直接引き裂くような音が、何度も何度も叩き込まれる。
俺は振り返り、手を突き出してベンジャミンが投げたナイフを身を犠牲にして受け止めた。
突き刺さったナイフを抜いて、ベンジャミンに向けて投げ飛ばし、太股、肩、腰、背中に突き刺さったナイフを投げ、隙が生まれた瞬間を見て、ベンジャミンの下半身に体当たりをした。
ベンジャミンは倒れ、俺は馬乗りになってベンジャミンの顔面に向けて、拳を振り下ろす。
自分の拳が血に濡れていく中、ベンジャミンの笑いは止まらない。
ベンジャミンの首を絞め、ベンジャミンは何も抵抗しない。
すると町の向こうからベルの音が聞こえてきた。
ベンジャミンは口から血を吹き出しながら笑う。
「カイ……警備隊が来たぞ…?」
「お前も逃げなくちゃなァ…!」
俺は力を弱め、ベンジャミンから放れてニコを抱き抱えた。
「俺を殺せないのはどんな気持ちなんだ……!?言ってみろよ……!」
「アハッ…アハハハッ……!!!」
ベンジャミンは雪を血で染めながら、俺が猛吹雪の中消えていくまで、ずっとずっと笑っていた。
雪の音に紛れても、その笑いだけは消えなかった。
ずっと、耳の奥に残り続けた。




