第83話再会の温度
殺してやる。
目覚めた瞬間、そう感じて俺は右手を突き出した。
「び、ビックリした!!」
「ヴァルグは何処だ!」
ベッドから体を起こすと、急な吐き気に襲われ、俺はそのまま床に吐瀉物をぶち撒けた。
「あーあ、そりゃそうなるよ」
横に座っていたハンは立ち上がり、看護師を呼びに行った。
そして俺は、猛烈な吐き気と歪んでいく意識に飲み込まれ、気を失った。
再び目が覚めると、ベッドに寝かされている自分に気付いた。
「……ヴァルグは、何処に行った」
掠れた声で言うと、聞き慣れた女の声が横から聞こえた。
「……帰ったよ。あんたを殺さずにね」
「は……?」
「“気に入った”ってさ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわつく。
悔しさでも、怒りでもない。
——理解できない感情だった。
「……ハンは?」
「アイツなら……まあ落ち着いたら話すよ。絶対お前起き上がって行くから」
「なんだよそれ」
周りを見るとここが治療室だということがわかる。
ふと俺は右手を見る。
砕かれたはずの骨は、既に再生していた。
「誰が治してくれたんだ?アルダか?」
「カイ、それ自分で治したんだぞ。時間を掛けて動きながらな」
確かに、治癒スキルで治したとしては絶対に見ない傷痕が見える。
だけど、そんな化け物みたいな力を得るはずがない。
「そんな……はずない。だって、気を失ってたんだぞ」
「私にも分かんないよ」
「ただ、カイがもう人間じゃなくなってきてるってことでしょ」
右手はハッキリと動く。
「とりあえず、ハンは何処だ?」
「ハンは今、ニコさん達と連絡を取ってる最中だ」
「ニコがここに?」
「そうそう、わざわざこんな辺境の地まで来てくれたんだってさ」
そしてしばらくアルダと世間話や色々服屋の愚痴を聞いていると、突如治療室の扉が開かれた。
「よおカイ。今度は吐くなよ?」
「わかってる」
ハンは横になっている俺に近づき、手を差し出した。
「カイ、ニコと会えるぜ」
俺はその手を受け取り、ベッドから起き上がった。
調子は遥かに良い。
唯一、気になるのは右手。
そして俺は、ハンが糸スキルで作り出した服を着て、ハンとアルダと共に街中の雪道を歩く。
外は暗く、太陽が沈み掛けていた。
太陽の代わりに下を照らす街灯の元。
そこに、二人の女性がいた。
「カイー!」
茶色の肩まで届かない髪。
瞳はまるで草原のように穏やかな緑。
長旅で女性らしくないズタボロの装備で走って抱きついてきた。
遅れて静が歩み、俺は視線を合わせて挨拶を交わす。
「ん?なんか少しデカくなった?それに……その右手どうしたの?」
「治癒スキルなしで治したんだと。まるで化け物だな」
横にいたハンがそう言い、ニコは俺から離れてハンに近づく。
「カイにそんな言い方すんな、ハン」
「ニコさんはどう思うんだ?自分の手までトカゲみたいに再生させちまったカイを」
「別に……どうも思ってない」
ハンがニコに詰め寄ろうとした瞬間、二人の間に静が割り込む。
「二人とも喧嘩はやめてくれ。それに、今はカイとの再会を祝うべきじゃないか?」
ハンは黙り、俺の方を見る。
「カイ、今の自分がどう見えてるか分かってねぇ」
「正直に言う」
ハンは、真っ直ぐ俺を見た。
「怖いんだよ」
ハンの言葉が、夜気よりも冷たく場に落ちた。
誰も、すぐには口を開かなかった。
街灯の灯りが揺れる。
降り始めた雪が、音もなく肩に積もっていく。
「……まあいいだろ?」
最初に口を開いたのは、アルダだった。
わざと軽く笑ってみせる。
「せっかくの再会なんだしさ。ハン、そんな顔させたらニコも泣くぞ?」
「誰が泣くかよ」
ニコはそう言いながらも、ほんの少しだけ視線を逸らした。
静が小さく息を吐く。
「……祝おう。無事に生きて再会できた。それだけで、十分な理由になる」
誰に言うでもなく、静かにそう告げる。
ハンは一瞬だけ迷うように視線を落とし——
やがて、諦めたように肩をすくめた。
「……ああ、そうだな」
俺は何も言わず、そのやり取りを見ていた。
胸の奥に残る、拭いきれない違和感。
だが——それでも。
「……乾杯でもするか」
自分でも驚くほど、普通の声が出た。
アルダがすぐに乗る。
「いいね!じゃあ店戻ろう。まだ空いてるだろうし」
「さっき窓割れた店に戻るのかよ……」
「直ってるって、多分!」
軽口が、少しだけ空気を和らげる。
俺達は、並んで歩き出した。
雪を踏みしめる音だけが、静かに続く。
誰も、さっきの言葉には触れない。
触れれば、壊れると分かっているからだ。
それでも——
隣を歩くニコの体温だけが、やけに現実的で。
「……おかえり、カイ」
小さく、そう呟かれた。
俺は、答えなかった。
答えられなかった。
ただ——
その言葉だけが、妙に重く胸に残った。
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「今更俺に面会したいヤツがいるなんてな」
車椅子に座っている男は、看守に運ばれながら面会室へと辿り着く。
向こうには豪勢に着飾っているゼルヴァインが座っており、男はニヤリと笑う。
「君の事はよく調べた。我が計画に参加してほしい」
「計画って言ってもな……この体じゃな?」
男は車椅子を叩いて笑う。
「治してやろう」
「治す……か。複雑な脊椎と神経を治せるのか?」
「ああ、その代わり、私の計画に参加してもらう」
「俺にメリットは?」
ゼルヴァインはある男の写真をガラス越しに見せる。
魔法帝を殺し、世界に混乱を陥れた存在。
「私の計画はこの男をなんとしてでも殺すこと」
「いいだろう。頼まれてやるよ」
男は極秘の施設から消え、ある王国の大きな病棟に連れてこられた。
清潔で最新技術が入れ込まれた手術室。
「心拍数、正常」
「背中切ります」
うつ伏せに寝かされた男の背中に手術ナイフが入れられる。
「脊椎確認しました」
そこに背骨の一部の形をした魔道具が慎重に丁寧に付けられ、音を立てながら男の脊椎と接続していく。
「あとどれくらい掛かる」
ゼルヴァインは外の廊下から窓越しに様子を見ていて、隣にいる責任者に問い掛ける。
「予定は48時間後に手術が終わります」
「………本当によろしいのですか?もしもこの事がバレたら―――」
「構わん」
「貪食者は、殺さねばならんのだ」
また魔道具の一部が男の脊椎に付けられるのを、ゼルヴァインは窓越しから見る。
「彼が一番適任だ」
ゼルヴァインの言葉と同時に——
手術台の上で、男の指がわずかに動いた。
麻酔で意識は無いはずだった。
それでも——
「……殺してやる」
誰にも聞こえないほどの、小さな声。
だが確かに、その口はそう動いていた。




