第78話魔法帝殺し
目を開けると、そこは見知らぬ天井だった。
起き上がるとジャラジャラと鎖の音が響き、手錠は血塗れで、自分を閉じ込める壁は落としきれない血で染まっていた。
「化け物だ……!」
「魔法帝を喰ったらしいぞ!」
「近づくな!」
唯一外に繋がる扉からは、魔法帝殺しだの、貪食者だの、色々騒がれている。
目が覚めて数十秒、俺は事態を把握した。
「……ああ、そうか」
脳裏に焼き付いたのは、崩れ落ちるルシアンの姿だった。
別に後悔はない。
ただ、自分がすべきことをしただけだ。
俺は――魔法帝を殺した。
そして落ち着く暇もなく、扉を激しく叩かれた。
「カイ・アルベルト。ご同行を願う」
法廷は、異様な熱気に包まれていた。
傍聴席は人で埋まり、ざわめきは抑えきれず、まるで処刑を見に来た観衆のようだった。
その中で、静やニコは静かに見守っており、一際目立つフードを被った二人に目を奪われた。
あの二人……何処かで……
確かめる暇もなく、中央、拘束具を付けられたままの俺は立たされる。
両手首には重い枷。だが、その視線は一切揺れていない。
正面、高台に座る裁判官が静かに口を開いた。
「被告人、カイ・アルベルト」
「貴様は魔法帝の殺害、およびそれに伴う多数の被害について問われている」
一拍の間。
「……弁明はあるか」
ざわめきが一瞬で静まる。
全員が、俺の口を待っていた。
「ねぇよ」
その一言で、再び法廷が揺れる。
「ふざけるな!」
「英雄気取りか!?」
「ただの殺人鬼だろ!」
怒号が飛び交う。
裁判官が槌を打ち鳴らす。
「静粛に!」
音が響き、無理やり空気を押さえつける。
「被告人。状況は理解しているな?」
「魔法帝はこの国の象徴だ。その命を奪った意味がわからぬわけではあるまい」
俺は少しだけ視線を上げる。
「理解してる」
「だから言ってる。弁明はねぇ」
検察官が一歩前に出る。
「では確認する。被告人は魔法帝ルシアンを殺害した事実を認めるのだな?」
「認める」
「動機は?」
一瞬だけ、沈黙。
だが迷いはない。
「必要だったからだ」
その言葉に、空気が変わる。
怒りではなく、拒絶。
「必要、だと……?」
「何様だお前……」
検察官の声が鋭くなる。
「貴様一人の判断で、この国の象徴を殺したと?」
「それを“必要”と呼ぶのか?」
俺は、ゆっくりと答える。
「他にやるやつがいなかった」
ざわめきが、止まる。
ほんの一瞬だけ。
「……ッ!」
検察官が言葉を詰まらせる。
「責任を負う覚悟はあるのか?」
「ある」
「死刑になってもか?」
間を置かず、俺は即答した。
「構わねぇ」
その答えに、今度は誰も声を出せなかった。
軽い覚悟じゃないと、誰でもわかる。
だがそれでも――納得はできない。
裁判官が低く言う。
「では聞く」
「もし時間を戻せるとしても、同じことをするか?」
カイは、少しだけ目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは――崩れ落ちるルシアン。
そして、その奥にある無数の犠牲。
ゆっくりと目を開ける。
「……する」
「何度でもだ」
その瞬間、空気が完全に変わった。
恐怖でも怒りでもない。
“こいつは止まらない”という確信。
傍聴席の誰かが、ぽつりと呟く。
「……化け物だ」
俺はそれを否定しない。
ただ、前を見る。
そして裁判官が静かに宣言する。
「審議を続行する」
だが、その場にいる全員が理解していた。
この裁判は――
判決を下すためのものではない。
“カイ・アルベルト”という存在を、どう扱うか決める場だ。
そのまま裁判所から立ち去り、向かう場所は面会室。
「アルベルト。お前に会いたいヤツがいるらしい」
「行動はすべて見ている。妙な真似はするな」
そうして俺は面会室に入り、魔法が施されたガラスの前に座った。
そして、俺と話したいヤツが入ってきた。
「!!」
前に現れたのは、アルダであった。
「久しぶりだな。カイ」
アルダは椅子に座り、俺の顔を見る。
「この裁判に勝つ為に、超優秀な弁護士を雇った」
「わざわざなんで」
「そう思うだろ?それがな、お前を支持する輩が沢山いるからだ」
「例えば、今まで帝達に酷いことされても権力で捩じ伏せられていた人、その他にも奴隷とか、色々だ」
「逆に言えば、7、3でお前の支持の方が圧倒的に多い。だから弁護士を雇ってお前を救いたい」
「他にも色々話したいけど、そうしたら私まで捕まるからな。んじゃ面会終わり」
言うことだけ言ってアルダはその場から立ち去ろうとした。
「待て」
俺がそう言うと、アルダは立ち止まり、耳を傾けた。
「……ハンとの服屋は続いてるか?」
「おうよ!」
元気な返事だけを残して、アルダは去っていった。
しばらくの時間が経ち、俺は再び裁かれる場へと導かれた。
裁判官が口を開く。
「それでは、弁護側の意見を聞こう」
静まり返った法廷に、一人の男がゆっくりと歩み出た。
黒い外套に身を包み、無駄のない動きで被告席の横に立つ。
「弁護人、レグルス・ヴァインです」
軽く一礼し、顔を上げる。
その目は、まっすぐに裁判官ではなく――観衆を見ていた。
「まず、前提を確認させていただきたい」
「被告カイ・アルベルトは、魔法帝を殺害した」
「……これは事実です」
ざわめきが走る。
だが弁護士は構わず続けた。
「ですが、その“事実”だけで裁けるほど、この件は単純ではない」
「問題は一つです」
一拍、間を置く。
「――魔法帝は、本当に“守られるべき存在だったのか”」
空気が凍る。
検察官が即座に反応する。
「異議あり!魔法帝は国家の象徴――」
「その“象徴”が、民間人を儀式に巻き込んでいた場合でもですか?」
言葉を遮る。
一切の迷いなく。
「証拠は既に提出済みです」
「儀式により犠牲となった人数、記録、証言」
「それらすべてが示しているのは――」
「魔法帝が“守護者ではなく加害者だった”という事実です」
ざわめきが一段と大きくなる。
裁判官が槌を打つ。
「静粛に!」
弁護士はゆっくりとカイに視線を向ける。
「では、被告に確認します」
「あなたは、彼を“悪”だと判断したのですね?」
俺は即答する。
「した」
「そして、止める手段が“殺害”しかなかった?」
「……ああ」
弁護士は小さく頷き、再び前を向く。
「ここで重要なのは、“選択肢”です」
「国家は止められなかった」
「騎士団も機能しなかった」
「誰も止められなかった」
「――だから、彼がやった」
静まり返る法廷。
検察官が声を荒げる。
「それでも殺人は殺人だ!秩序を壊していい理由にはならん!」
弁護士は即座に返す。
「では聞きます」
「秩序とは何ですか?」
「人を守れない秩序に、何の価値がある?」
言葉が刺さる。
観衆の一部が黙り込む。
「被告は英雄ではない」
「正義でもない」
「ですが――」
「“誰もやらなかったことをやった”」
弁護士は最後に言う。
「この裁判で問うべきは、“殺したかどうか”ではない」
「その行為を、この国がどう受け止めるかです」
「処刑するのか」
「利用するのか」
「それとも――」
一瞬だけ、カイを見る。
「認めるのか」
法廷は静まり返っていた。
弁護士が一歩前に出る。
「被告カイは極めて危険な存在です。常人の倫理観を逸脱しており、更生の見込みはありません」
「よって――生涯にわたる精神病棟への収容が妥当と判断します」
ざわめきが広がる。
誰もが俺を見ていた。
狂人を見る目。
化け物を見る目。
――だが。
俺はただ静かに口を開いた。
「……なるほどな」
一歩、前に出て、拘束具が鳴る。
「俺を閉じ込めるか」
「正しい判断だと思う」
一瞬、空気が止まる。
「俺は確かに人を殺した」
「これからも、必要なら殺す」
「だから社会に戻すなってのも、間違っちゃいねぇ」
弁護士がわずかに息を呑む。
「けどな」
その目はまっすぐだった。
「お前らが裁いてるのは、“俺のやり方”だろ」
「俺が何をしたかじゃねぇ」
「魔法帝を止めたのは誰だ?」
「民間人を巻き込む儀式、止めたのは誰だ?」
「……お前らか?」
誰も答えない。
「違うよな」
「全部、俺だ」
一歩、また一歩と踏み出す。
「法も秩序も守れなかったから、俺がやった」
「それだけの話だ」
視線が突き刺さる。
それでも俺は逸らさない。
「俺は正義じゃねぇ」
「英雄でもない」
「ただの加害者だ」
一瞬、間を置いて言った。
「でもな」
低く、吐き出すように言う。
「必要だったんだろ?」
「俺みたいな存在が」
空気が凍る。
「違うって言うなら――」
「次は、お前らがやれ」
誰も動かない。
誰も答えない。
俺は小さく笑った。
「できねぇくせに」
そして最後に、静かに言い放つ。
「閉じ込めるなら閉じ込めろ」
「だが覚えとけ」
「檻の中にいるのは、怪物じゃねぇ」
「お前らが目を逸らした“結果”だ」
そう言い、法廷が静まり返った瞬間。
法廷にとてつもなく大きな爆発音と、砂埃が舞い上がった。




