第69話天暁
眩しい日差しが俺を飲み込む。
天暁へと向かう船は海をゆっくり渡っていた。
波は穏やかで、空は快晴。
航海にはうってつけの日だった。
「カイ、作戦内容には目を通したか?」
手すりに掴み、果てしない海を見ていると後ろから静が話しかけてきた。
「会議の時、ちゃんと聞いてたって」
「本当か。じゃあ私が見た、机にうつ伏せで動かないカイは別人だと」
「……こういうの、慣れてねぇんだよ。殺す時は全部怒りに任せてた」
「しかしカイ、作戦を使った方がいいぞ」
「そういうのじゃなくてな……」
静に詰められていると、横からルシアンが小さく笑いながら助け船を出す。
「そこまでにしてやれ、静」
その表情は本当にヴァンパイアかと思う程優しい。
ルシアンと静はなにやら話し合っているが、俺はその内容が頭に入らない。
なぜなら――
「………」
違和感。
アルヴェリウスはしつこく血を要求するが、ルシアンは俺と出会ってから一回も血を飲んでいない。
ただ我慢強い――と解釈も出来るが、俺はこの違和感を信じる。
女性なら一目惚れする程の美貌の裏に、底無しの絶望が垣間見えている。
「ルシアン、君は諦めが悪いな。しつこいから私は失礼するよ」
静は溜め息を吐きながら背を向け立ち去って行く。
「カイ、緊張してるみたいだね」
ルシアンは手すりを掴み俺と同じ体勢を取った。
「父親と戦うかもしれねぇんだ。そういうお前は?人生を賭けた敵なんだろ」
ルシアンは眩しい笑顔を見せる。
だが俺には、何も眩しく見えない。
「緊張はないね。高揚感と、やっと殺せるという楽しさしかないよ」
「……そうか」
しばらく間が空き、波と潮風の音が流れた。
「今日は1人にしてくれ、気が立ってる」
「そうか、なら僕はここで」
ルシアンは船の中へと帰って行く。
再び違和感。
アルヴェリウスは日差しがあるところにはあまり行かず、よく部屋に籠っていたり日陰にいたりしている。
ルシアン、お前は一体なんなんだ?ヴァンパイア?それとも――
ふと横を見ると、船の進行方向の先に大きな城が見えた。
高く積み上げられた石垣の上に、白い壁の城がそびえ立っている。
幾重にも重なる黒い瓦屋根が、空へと突き出すように広がっていた。
まるでこの海を支配しているかのような威圧感だ。
そして、そこは赤く光る雷雲に覆われていた。
「あれが……天暁か」
ドタドタと足音が聞こえ、後ろから静が走ってきた。
「カイ、かなりマズい状況だ」
「見りゃわかる」
「だろうな。驚くのは通信魔機械が天暁にいる一般人からの通信を拾った」
「待て、それはどういう?」
静は深刻そうな表情で語る。
「魔法帝は現在、東の地全土で器探しを始めた」
「じゃあ、守護騎士団関係なく民間人巻き込んでるのか」
「そういうことだ。なぜそんなことしているのかはわからない。私達への挑発かはたまた別の目的か」
「民間人を巻き込んだ以上、私は特殊部隊として民間人を天暁から救出しなければならない」
「戦いにはほぼ参加できないのか?」
「ああ……すまない」
静のような部隊が天暁で機能していないとしよう。
もしそうなら、静1人では困難な状況になる。
静は俺の胸に手を当てた。
「心配するな、君は自分の仕事をしろ」
「カイ、ニコ、ルシアン、アルヴェリウス」
「私がいなくても十分だろう?」
俺は無言を貫き、静は俺の肩を叩いて言う。
「怒りで戦ってきた」
「そうなのだろう?」
「……ああ」
「それに、少数だが私には生き残っている部下がいる」
「我々は天暁を飲み込んでいるあの雷雲を突破する。カイ、魔法帝は任せた」
静はそれだけを言い残し、部下達がいる方へ走っていった。
しばらくして船は、赤く光る雷雲を突破した。
船は軽く破損したが問題ない。
無事に港へ到着し、船を降りた先には、地獄が広がっていた。
赤い雷が降り続け、火山灰のようなものが降り積もっている。
「正に地獄絵図だな」
横にいるニコは肘で俺の横腹を突きながら言う。
静とその部下は先に向かいこの場にはおらず、ルシアンとアルヴェリウス、俺とニコの4名だけがいた。
「作戦確認!今から俺達は、このまま城へ突入し魔法帝を叩く!」
ニコは腕組みをして言い、俺達はこの単純な作戦に耳を傾ける。
「では向かうぞ!」
そうして俺を先頭に城へ突入する。
城下町の石畳の道中には、人が倒れ、動物も死んでいる。
この空間に入ってからジリジリと魔力が削られる。
まるで魂そのものを削られている不快感。
それに耐えられなかった者達は――このようにして死ぬ。
それは子供も女も関係なく、病人や老人までも巻き込み、器探しに巻き込まれていた。
これが、魔法帝と呼ばれる英雄の正体。
歴史に隠された闇だった。
俺は拳を握り締めた。
石畳の道を歩くたび、足元で灰が舞い上がる。
それが火山灰なのか、それとも――人の成れの果てなのか。
考えたくもなかった。
「……酷いな」
ニコが小さく呟く。
いつもの軽い口調ではなく、珍しく真剣な声だった。
「これが魔法帝だ。貴様らが知らん本性だ」
アルヴェリウスの表情は怒りに満ちており、ルシアンは何も言わない。
ただ城を見つめていた。
その横顔は、どこか暗い影を落としている。
「行くぞ」
俺は短く言った。
立ち止まっている時間はない。
城へ続く石畳の道を進み、木の門に差し掛かった時だった。
ギィィと重い音が響き巨大な木製の門が、ゆっくりと内側から開き始める。
「……おいおい」
ニコが眉をひそめる。
「歓迎されてるみたいな」
門が完全に開き、その奥には人影が立っていた。
素性を隠すように、長い黒いマントを羽織った男。
マントの隙間から、見覚えのある傷の刻まれた顔が覗いていた。
「……久しぶりだな」
低い声が響く。
俺の視界が、一瞬で赤く染まった。
「カイ」
そいつはゆっくりと剣を抜く。
金属が擦れる音が、静かな城下町に響いた。
男の姿形を見ると昔の記憶が浮かび上がる。
「カイ、見とけ。剣ってのは、力任せに振るうもんじゃない」
まるで地平線まで広がっているような草原に立っていた父は今、燃え盛り、肺が腐るようなこの地獄の空間に立っていた。
「よくここまで来た」
その顔を、俺は忘れるはずがない。
「父さん……」
守護騎士団団長。
そして――
俺が殺す男。
父の辺りが"光"とはいえないどす黒い血溜まりを広がせようとした瞬間、ニコやアルヴェリウス、ルシアンは父を無視して城内へと、目にも止まらない速さで向かっていった。
「一体なんの真似だ」
「さあな。父さんの相手は俺だけで十分ってことだろ」
父が脚に力を入れた瞬間、短剣を生成し一気に距離を詰め、父の喉元に刃を当てた。
「スキルを出せよ、父さん」
「なぜ態々カイと戦わなければいけないんだ?」
その問いは単純な疑問と挑発が混じっていた。
「まだやったことなかったろ」
「"親子喧嘩"」
父は鼻で笑い、微かに昔の父を思い出した。
俺は背を向けて歩き、距離を置いてから振り返り短剣を構える。
「調和と反発」
調和は味方を強化する力。
そして反発は、敵の力を削る。
魔法帝の研究によって生み出された父だけのスキル。
これは炎や水など自然の力を複数扱える魔法帝にしか出来ない――
"神業"であった。




