第63話貪食の制御
「西の魔力の使い方は、外攻。東では内攻と言う」
魔力を沈める。
だが次の瞬間、腹の底で牙を剥いた。
胸の内で暴れ、喉元までせり上がる。
——沈めるどころか、俺の内側を喰おうとしていた。
「見ろ、これが君の“強奪”の限界だ」
静の声は氷のように冷たい。
「君の魔力は奪うことに特化しすぎている。自分の内を通すことを忘れてしまったのだ」
俺は言い返せなかった。
——貪食は選べない、でも、選ばなきゃ生き残れない。
静は畳の上で正座する俺に、ただ話し続ける。
あの日から数日が経過し、鍛練を続けたが、俺は絶対に内攻を習得することは出来なかった。
「カイ。一体何を隠してるんだ?」
「何をってのは?」
「カイは私に、強奪だというスキルと教えてくれた。でも私は、それは嘘だと思っている」
「あの時の君の魔力の禍々しさ…究極スキルに近いスキルなんじゃないのか」
時間の問題だとは思っていたが、まさかこれほどまでとは……
「教えてくれ。私は君がなぜ習得できないのか納得したい」
ここで言うべきか?しかし、下手をして関係を崩すわけにはいかない。
しばらく黙っていると、静は俺の目の前に座り、俺の瞳の奥を見る。
「教えてほしい」
俺、こういうのにつくづく弱いんだな。
「他のみんなには言わないでほしい。今みたいに時間の問題かもしれないが、それでもだ」
「約束しよう」
「俺は……」
これを言ってしまえば、また誰かが死んでしまうかもしれない。
また狙われ、また俺の代わりに誰かが死ぬ。
「俺は……喰う側だ。人も、魔力も、呪いも……それで、一人死んだ」
言い終えると、畳の上の空気が変わったのがわかる。静の瞳が一瞬見開かれ、呼吸が止まる。
——この瞬間、世界が止まったように感じた。
「……そうか」
静の声は低い。
理解ではなく、警戒の響きだった。
静はゆっくりと息を吐き、刀に触れた手を微かに震わせる。その手が止まるか、動くか——読めない緊張が走った。
「私にも秘密がある」
静は刀の柄を握る。
「私は元々、二刀流だった」
一瞬、視線が伏せられる。
「……片方は、奪われた」
その瞬間だけ、静の呼吸が乱れ、その言葉に、わずかな棘が混じる。
「盗っ人に奪われ、闇に流れた。あれは呪いの刀だった」
「呪い?」
「使えと命じられる。血を吸えと囁く。逆らえば、骨を軋ませる」
畳の上の空気が、冷えた。
「……だから、奪われた時、私は少しだけ安堵した」
「だが金目当てではない。あれは、呪いを知った上で奪っている」
俺の鼓動が、一瞬止まる。
「まるで……救い出すように」
喉がひどく乾き、その盗っ人が誰なのか、検討がつき始めた。
「その後、刀は闇オークションに流れた。私は安堵したよ。あのまま手元にあれば、いずれ私は壊れていた」
静は自嘲気味に笑う。
「だからな、カイ。私は盗っ人を恨んではいない」
「その盗っ人って、異名みたいなのあったか?」
「ああ、"泥棒猫"。そう呼ばれていたさ」
胸の奥が、焼ける。
あの夜、呪いを見抜きながら笑っていた少女の顔が浮かぶ。
——盗むことでしか救えなかった女。
あいつは最後まで、俺を責めなかった。
だから余計に、忘れられない。
「……その刀、今どこにある?」
「所在は不明だ。だが噂では、所有者が次々と破滅しているらしい」
呪いは、まだ生きている。
「もし君の“貪食”が本物なら——」
「その呪いごと、喰えるのか?」
呪いを喰うか……
「喰える」
自分でも驚くほど、迷いのない声だった。
静は俺の目を見たまま、瞬きをしない。
「本当か?」
試すような声。
疑いじゃない。覚悟を測っている。
俺はゆっくり息を吸う。
「魔力も、呪いも……一度口に入れたものは、残らない」
静の指先が、刀の柄をわずかに強く握る。
「代償は?」
当然そこに来る。
俺は乾いた笑い方をした。
「記憶と人格の崩壊だ」
一瞬、兄の笑顔が浮かぶ
——いつか、それすら消えるのかもしれない。
「甘いな」
静は即答した。
「崩壊するなら、なおさら制御しろ。力のせいにするな」
あの夜を思い出す。
呪いに侵された少女。 それでも笑って、俺の前に立った。
——奪っていいよ、と。
俺は目を閉じる。
「その通りだ。俺は守るつもりだった。だが俺は、あの時復讐を選んだ」
畳の繊維が擦れる音さえ聞こえそうな静寂。
「……それでも」
俺は目を開ける。
逃げない。
「それでも俺はこの力を使う」
「奪わなきゃ、死ぬ。守れない」
「だから次は選ぶ」
声が低く落ちる。
「喰われる側じゃない。喰うと決めた時だけ喰う」
静はしばらく黙っていた。
やがて、小さく鼻で笑う。
「……なるほど。化け物というわけか」
その言い方に、わずかな皮肉が混じっていた。
「私の刀は、血を吸わねば持ち主を削った」
「使えば使うほど、己を削る」
「君は逆だな」
「削られる前に、世界を削る」
静は立ち上がり、刀を静かに抜く。
「ならば確かめよう」
刃先が俺に向く。
「呪いを喰うというなら、その前に己を制御しろ」
「内攻は“沈める”技だ」
「飢えを押さえ込め」
空気が張り詰め、俺は立ち上がる。
胸の奥で、貪食がざわめく。
でも今は違う。
外へ出すな。
沈めろ。
「……今だ」
その瞬間、静が踏み込む。
飢えは消えない。
だが、鎖は握った。
喰うかどうかは、俺が決める。
魔力が、初めて暴れずに沈んだ。
胸の奥で、飢えが牙を引っ込める。
静の刃が、止まる。
「……成ったな」
俺は内攻を解き、息を切らした。
「これが限界だ」
「別に良い。君は貪食を制御できるようになれば良いんだ」
「気分転換に食事でもしようじゃないか。ニコも連れてね」
「そういやニコはどこまで進んだ?」
「私より少し手前まで進んだね」
「意外とああいうのが才能あるのかね……」
静は鼻で笑い、俺と静はこの部屋を出ていった。
俺は、俺の道を歩むことにした。




