第62話選ぶ怪物
屋敷に来てその日の翌朝。
ここは現在の西の天候とは違く、空気が冷たく朝は寒い。
それにしてもここの朝は静かだ。鳥の声すら、どこか遠い。
「早朝はカイだけ来い。他の皆は昼まで待機してくれ」
晩御飯にて静にそう言われたのを思い出す。
確か、庭にいるんだったよな。
屋敷を出て正門の方向にある庭に向かうが、そこには静はいない。
逆方向か。
正門とは真反対の方向にある庭へ向かい、そこには既に静が座っていた
刀は真横に綺麗に置いていて、ただ、目を閉じている。
「遅い」
目を開けずに言う。
「日の出と同時に始めると言ったはずだ」
「まだ出てねぇだろ」
ニコが空を見上げる。
「出る“前”だ」
静はゆっくりと息を吐き、白くなった息が立ち昇り空へと消えていった、
「東では、力は湧き上がる前に整える」
意味がわからん。
まあ、多少言いたい事は理解できる。
「まずは基礎だ」
静は自分の目の前にある、座布団をトントンと叩いた。
「座れ」
俺は向かい合う形で腰を下ろす。
「魔力を外に出すな」
「出してねぇよ」
「出ている」
即答だった。
「君の魔力は常に外へ向いている。奪うための構えだ」
胸の奥が、わずかに軋む。
「東では、まず“沈める”」
静は俺の腹に手を当てる。
「丹田に落とせ。巡らせろ。体の内で完結させろ」
目を閉じ、意識する。
呼吸を整え、魔力を――沈める。
何度やっても……沈まない。
どうしても“外”へ向く。
無意識に放とうとしたり使おうとしてしまう。
「力を使うな」
「使ってねぇって」
「使おうとしている」
また即答。
「それが染み付いている」
石を踏む音が聞こえ、ふと目を開けると、静の横にはニコが立っていた。
ニコが小さく笑う。
「カイっぽいな」
うるせぇ。
それから一時間、二時間。
時間だけが流れ、汗が滲む。
魔力は暴れない。だが、落ちない。
静が目を開ける。
「ニコ」
「ん?」
「できている」
「マジ?」
ニコの周囲の空気が、静かだ。
閉じている。
外に漏れていない。
「戦い方は荒いが、根は素直だ」
「君が扱うその魔道具である札、それが関係してるんだろうな」
ニコがにやけ、俺を嘲笑うかのように言った
「ほらな!」
「クソ……」
俺は――できていない。
静が俺を見る。
失望ではない。
観察だ。
「カイ。君は空だ」
コイツ……
「どういう意味だ?」
「中がない」
言葉が刺さる。
「奪った力で満ちている。だが、それは君ではない」
視線を逸らしそうになるが、逸らさない。
「積み上げたものがない…というより、君の"強奪"スキルは相性が悪いみたいだ」
……"強奪"、貪食の代わりに言ったものだが、バレるのは時間の問題だろうな。
「カイ、立て」
静が立ち上がり、刀に触れる。
「次だ」
刀を抜くと空気が変わる。
「受けてみろ。スキルは使うな」
「使わねぇよ」
「無意識に使うな、と言っている」
静は砂利を踏み込み、風と共に押し寄せてきた。
来る!
初速は昨日より速い。
短剣を生成――しかけて、止める。
手応えが一瞬遅れ、刃が迫る。
俺は咄嗟に刀を思い切り掴み、受け止めた。
「力で受けるな」
静の声が冷たい空気に響き、俺の手から離された刃が、俺の頬を掠め、思わず拳を握り締め反撃に出ようとした。
その瞬間――
本能が叫んだ。
"奪え!!"
足元の影が揺れ、風がざわつく。
貪食が反応する。
――喰うんだ!!
スキルを止めようとするが、言うことを聞いてくれない。
使うな……!
静の刃が俺の首に直撃するが――
斬れることはなかった。
刀は砕け散り、砂利に散らばる。
静はほんの一瞬だけ、目を見開き、急いで距離を取った。
……今の感覚、俺の魔力が、外に噴き出しかけていた。
静の目が細まり、ホッと息を吐いた。
「今のは何だ」
「……何でもねぇ」
嘘をついたが、静は理解しているだろう。
「制御できていないな」
「そんな事よりその刀、悪いな」
「別に良い。真剣とはいえ、実践向きじゃない」
するとニコが笑いながら割って入った。
「強いだろ、カイは」
「ああ、強い」
特に、あの禍々しい魔力はまるで……
「だが脆い。すぐに壊れる」
「魔法帝と戦えば、間違いなく使う」
確かにそうだが、スキルを使った方が確実に殺せるぞ。
「その時、君は君でいられるのか」
「何年"コイツ"と付き合ってると思ってんだ」
静は時間を確認し、コホンと咳をした。
「今日はここまでだ」
「当然、明日もやるぞ」
「そういや、ルシアンとアルヴェリウスは?サボりか?」
「彼らは吸血鬼、下手に技術を覚えれば自滅するかもしれない」
静は去り際、急に立ち止まった。
「カイ」
振り返らないまま言う。
「君は本当に強い。私の一太刀で斬れなかったからな」
「だが未完成だ」
「完成形を見たいなら、私の隣に立て」
挑発……ではない、宣告か。
「では私は先に食事へ向かう。覚悟が出来たなら私の元へ戻れ」
静が屋敷に入った後、ニコが横に来る。
「俺が先に出来ちまったなー?へこむか?」
「へこまねぇよ」
「嘘つけよ」
正直言うと、俺は今まで奪った力で肉を強くし、骨は鉄へと変化させた。
力帝に最初出会った時、俺はヤツに歯が立たなかった。攻撃自体が通らなかった。
結局、ヤツのスキルの弱点を突いて倒せたが、もしもその弱点がないとすれば俺は殺されていただろう。
つまり、今の俺は圧倒的に魔力をスキルに使いすぎている。
一度も自分の身体に魔力を使ったことはない。
だから、父さんに――届かない。
――静の言葉が頭の奥で過る。
「君は空だ」
空っぽ。
奪った力で満たしているだけの器。
俺自身の積み上げがない。
――それでも。
俺はこの手で、何人も喰ってきた。
正義なんて言葉で誤魔化しながら。
「ニコ」
「ん?」
「奪うのは悪いと思うか」
ニコは少し考えてから肩をすくめた。
「状況次第だろ。俺は生き残る方を選ぶ」
「だよな」
俺もだ。
奪わなきゃ死んでた。
奪わなきゃ守れなかった。
綺麗事で強くなれるほど、世界は優しくない。
でも静は“沈めろ”と言った。
内で完結させろ、と。
だが俺の力は外へ向く。
奪うために。
喰うために。
それが俺の在り方だ。
――だったら。
制御できるようになればいい。
奪わない?……無理だ。
奪うと決めた時だけ、奪う。
喰われるんじゃない。
次は俺が選ぶ。
「明日もやるぞ、って言ってたな」
「おう」
「なら付き合え」
ニコがニヤッと笑う。
「へこむどころか燃えてんじゃねぇか」
俺は屋敷を見る。
静の隣に立て、と言ったな。
なら立つ。
完成形を見たいなら――だと?
見せてやる。
奪い続けた先に何があるか、見てやる。
俺が壊れるのが先か、世界が喰われるのが先か。
喰らい続けて、俺は俺になる。




