第61話静かな侵食
1日半の時間を経て、東の地の港へ辿り着いた。
ニコの体調は治り、刺し傷も治療薬や船乗りのおじさんの中位スキルで完全に塞がった。
「船乗りのおじさんありがとな!マジで助かったぜー!」
ニコはおじさんの手を握り、ブンブンと縦に振る。
「ただの良心さ。残りのお仲間はここの港の冒険者協会にいるってよ」
「わかった。何から何まで助かる」
「おう。そんじゃあ、俺はまた巡回するから、ここでお別れだ」
船乗りのおじさんと別れ、桟橋を渡って港近くの冒険者協会へ辿り着いた。
見た目は寺院に近いが、何処となく俺が知ってる物とは違く、頻繁に冒険者達が出入りしていた。
中に入ると、古風な感じの木造建築。
なんだか懐かしい気分になって見惚れていると、ニコが先々と先へ進み、ハッと背中を追いかけた。
受付の女性が横を通りすぎ、軽く踏み込んだだけで床板が軋んだ。
やはりここは俺の大陸とは違う。
魔力を“外に出す”のではなく、“内に巡らせる”。
西とは、根本から違うのか。
機会があれば、ぜひ教えてもらいたい技だ。
「アイツら何処いんだよ…カイ、検討つく?」
「待ってれば来るだろ」
冒険者協会の壁に、"東の守護騎士団長”の肖像画が飾ってある。
顔は影になっていてよく見えない。
だが、その立ち姿だけで分かる。
俺はこの背中を知っている。
「受付の人に聞いてみるか。なあカイ、答えてくれると思うか?」
「特徴も伝えたら、具体的に答えてくれるんじゃねぇの?」
「んじゃ、ここで待っててくれ」
ニコは受付へ向かい、話を聞きに行った。
待っている間、東の人からの目線が刺さる。
視線が多い。敵意ではない。ただ、値踏みだな。
それにしても、やはり魔力の流れが違いすぎる。
父があんなに強かったのも、もしかして、東の知識を取り入れているからか?
そういえば、西では王国の兵士程度になれば身に付けさせられると聞いていたが、それとは練度が違うな。
「カイー、どうやら先に行ったみたいだぞ」
戻ってきたニコが、折り畳まれた手紙を持ってやって来た。
「ルシアンかららしい」
手紙を手に取り、それを開くとこう書かれていた。
カイへ
偶然、面白い人物と出会った。
魔法帝を快く思っていない者だ。
どうやらこの国は、既に内側から侵食されているらしい。
守護騎士団には近づくな。
その中心にいる男は、君が知る人物だ。
それと、これは君の自由でいいが、できれば来てほしい。
そう書かれていた文字の下に、住所らしきものが記されてあった。
「なんて?」
「ルシアンとアルヴェリウスは、面白いヤツと会ったとさ」
「んで、どうする?」
「ひとまずコイツらと合流するぞ。話を聞きたい」
港を離れ、石畳の道を進む。
西の街とは違い、建物は横に広く低い。屋根は緩やかに反り、軒先には風鈴のような金属片が吊るされている。
「なんか……思ったより普通だな」
ニコが小声で言う。
「ま、そんなもんだろ」
遠くの広場で、数人の若者が同時に踏み込む。
地面が僅かに沈み、砂埃が舞った。
魔法陣はない。
ただ、呼吸と肉体。
“内に巡らせる”力。
それを見て、胸の奥がざわつく。
俺の力は奪ったものだ。
こいつらは、積み上げたものだ。
その時――
通りの先を、白い外套を纏った部隊が横切る。
胸元に刻まれた紋章。
見覚えがある。
魔法帝の象徴。
東の兵が、それを身に付けている。
ニコも気付いたらしい。
「……あれ、西の紋章だな」
「いや」
俺は目を細める。
「もう、西だけのものじゃない」
建物の壁には新しい張り紙。
“秩序維持強化令”
その下に、守護騎士団の印。
そして、その横に見慣れた筆致の署名。
俺は無意識に視線を逸らした。
住所が示す先は、賑やかな通りから少し外れた地区。
石畳が土道に変わり、建物も古くなる。
だが、空気は重い。
まるで、誰かに見られているようだ。
「なあカイ」
ニコが足を止める。
「東ってさ、平和なんだよな?」
俺は答えなかった。
平和に見えるだけだ。
整えられた秩序の裏で、何かが締め付けている。
その先に、古びた門が見えた。
手紙に書かれた住所と一致する。
門の前には、一人の影。
腕を組み、こちらを見ている。
「ふむ…どちらも特徴が一致している」
立っているのは、黒髪で腰まである女性。
風が流れ、髪はわずかに揺れている。
目は切れ長で琥珀のような瞳が光り、和装寄りの戦装束を着ていた。
目が合う。
わずかに下から、ほんの数センチ。
だが――
なぜか見下ろされている感覚があった。
「西の来訪者か」
声は低く、感情がない。
だが、拒絶でもない。
「こんなちっちぇのが面白いヤツなのか?」
「失礼だぞ」
「あっ、ごめんなさい」
ニコが「ちっちぇ」と言ったあと――
女性は視線だけを向ける。
それだけで言葉は発しない。
「……悪い」
俺は小さく言う。
「今日は黙っとけ、ニコ」
女性はそれを確認すると、視線を戻した。
「ルシアンから話は聞いている。私達は協力関係だ」
「私は東特殊警備隊隊長の東雲静」
「カイとニコで合っているな」
俺の足元の砂がわずかに沈み、彼女の周囲だけ空気が張り詰めている。
俺達は頷くと、静は俺達に背を向け、門へと歩き出した。
「話は中で聞こう」
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
外のざわめきが、まるで布一枚隔てた向こうにあるかのように遠い。
敷地は想像より広く、古い屋敷を囲む石壁、庭には砂利が敷き詰められ、足音が誤魔化せない造りになっている。
二つ、三つ――いや、もっとだ。
誰かが俺達を見てる。
屋根の上、回廊の影、庭木の裏。
気配は隠しているが、殺気はない。ただ監視。
「結界か」
俺が呟くと、静は振り返らずに答えた。
「察しがいい。ここは外から“認識されにくい”。万が一のためだ」
「万が一ってのは?」
「既に三度、摘発を受けている」
静はさらりと言い、ニコが小さく舌を鳴らした。
「……三度も摘発されてんのに、まだ平然としてるってことか?」
屋敷の中へ入る。
木と紙で作られた引き戸に中は畳のような床材が敷かれ、壁には地図と無数の印。
赤い印が、やけに多い。
「これが東の現状だ」
静が地図を示す。
「魔法帝の影響下にある地域」
赤は、港から王都周辺まで広がっている。
「支配……って感じはしねぇな」
ニコが言う。
静は首を横に振った。
「だから厄介だ。兵はそのまま。税もそのまま。だが、法が少しずつ書き換えられている」
壁に貼られた文書を投げる。
“秩序維持強化令” “武装管理再定義”
どれも正論に見える。
だが最後の署名。
見覚えのある筆致に喉が冷える。
「守護騎士団の上層部は取り込まれている」
「その団長もか」
静は一瞬だけ、視線を逸らした。
「……中心にいる男は、君が知っている人物だろう」
沈黙が落ちる。
その時、奥の部屋から声がした。
「遅かったな、カイ」
障子が開き、ルシアンが姿を見せる。
その後ろに、腕を組んだアルヴェリウス。
「歓迎はできない状況だがな」
ニコは一瞬だけ視線を合わせ、すぐ静の方を見る。
「……生きてんのかよ」
「今のところはな」
ルシアンは静を見る。
「隊長、彼はどうだい?」
静は俺を正面から見据えた。
「力はある。だが、自分を信用していない目だ」
ピリッと空気が張る。
「言ってくれるな」
「試すか?」
言葉は静かだが、拒否の余地はない。
庭へ戻り、砂利の上に立つ。
静は刀を抜いた。
音が、しない。
刃が空気を裂いた感覚だけがある。
本当にただ者じゃないな。
「来い」
静は踏み込みその瞬間、足元の砂が沈んだ。
速い。
だが魔力の奔流は感じない。
やはり体内で巡っているのか。
刃が迫り、剣を生成して受け止める――重い。
力任せではない確実な一撃、軸がぶれない。
俺は一歩下がると、斬撃が止まる。
喉元、数センチ。
「どうした、カイ」
「……俺とは違う強さだな」
スキルじゃない。
鍛錬だ。
積み上げた強さ。
流れを自分に持っていくのが上手いな……
刀を引き、静は構えを解いた。
「スキルは万能ではない」
「知ってる」
だが、思っていた以上だ。
静は言う。
「カイ……いいや、西の者達はどうやらスキルに頼りすぎなようだ」
その言葉に、ニコの目が細くなる。
「スキルがなきゃ、生き残れねぇ世界もあんだよ」
静は振り返らない。
「だから滅びかけているのだ」
空気が冷える。
「特にカイ、君は本当に酷い」
静は俺の横に立ち、視線を俺に向けて言う。
「魔法帝を倒すには、まだまだ実力不足だ。そのままでは私の隣にも立てない」
「明日からだ。西の者達」
俺の横を通り過ぎ、背後で見守っていたニコ達に言いながら、屋敷の中へ入っていった。
ほんの一瞬、静の皮膚が粟立つ。
何かを“抑えている”。
それだけは理解していた。




