第60話秩序の名のもとに
冷たい風。
肌に染みるような潮風。
俺――俺達は、船に乗り航海していた。
果てしなく続く海……とかではなく、意外とチラホラ辺りに島が見える。
「思ってたよりも、すげー大地。みたいのじゃないんだな」
ニコが手すりに寄りかかりながら呟く。
「東の大陸は交易もあるからね。完全に閉ざされているわけじゃない」
「知ってるかい?東の地では、僕らと顔が違うらしいよ」
ルシアンは海図を眺めながら答え、瓶ビールを飲み干す。
「ヴァンパイアって血以外飲めんのか?てか、日の下平気なのかよ」
俺がそう聞くと、ルシアンは血を飲めない苛立ちを隠すように、また飲み始めた。
「血とアルコールは同じものさ。エネルギー補給でいえば別だけどね」
ルシアンは再び目的地も見えない向こうを見始めた。
海……
幾戦のも戦いをしてきたが、こんなに気が良くなるのは久しぶりだ。
ツルッと手すりを掴んでいた手が滑り落ち、違和感がある自分の右手を見る。
手は震えていて、瞼が重くなり始めた。
船の上にいる間は休憩しとくか。
そう思っていた矢先、アルヴェリウスが低い声で言う。
空気が一瞬で冷え、深刻な雰囲気となった。
「最近、戻らぬ船が増えている」
「海賊か?」
「違う。痕跡がない」
痕跡がない。
沈没でも襲撃でもない。
消えている。
ルシアンがふと空を見上げた。
「……監視されている可能性は高いね」
「は?」
「魔法帝は“待つ”男だ。自分の支配圏に入った瞬間、気付くだろう」
俺は海を見る。
静かすぎる。
波も、風も、鳥も妙に静かだ。
ただ、前方から海にはない石ころが飛んできた。
俺とルシアンの間を通りすぎ、2人は小石を目で追う。
やがて小石は膨れ上がり、形を変え、人間の形となった。
「なッ!」
「マズい……!」
異様な魔力。
全身を覆い隠す装備。
そしてなにより――
俺はこの男を知っていた。
この未知数な存在が、この戦場に現れ、瞬きをする間もなく、スキルを発動させた。
"調和と反発"
ルシアンは血界支配を使い、足元から水溜まりのように血が溢れ出る――が、スキルは発動せず、ルシアンの血界支配は崩壊し、奇襲者の蹴りによって向こうの手すりまで吹き飛ばされた。
「ぐはっ!!」
次々と刺客が送られる中、ルシアンは奇襲者を見つめる。
僕の魔力のコントロールが上手く利かない…!
他の刺客達の魔力や身体能力は大幅に上がっている。
つまり、アイツのスキルは調和!ただし、ただの中級スキルじゃない!
同様、アルヴェリウスもこの異常事態に気が付いていた。
何故だ?さっきから俺の魔力が乱れる。
呼吸も、動作も……
アルヴェリウスは迫ってくる刺客に防御体勢を取ろうとした瞬間、顔面に衝撃が走り、床に転がった。
視界も何もかもワンテンポ遅い!
「カイ、気を付けろ!コイツら、何か変なスキル使ってるぞ!」
「分かってる」
ニコの言う通り、この男は何かおかしい……
ニコ達が刺客達を相手している間、奇襲者は俺に迫り、俺は明らかに動揺を隠せていない。
「久しいな、カイ」
奇襲者から聞こえるその声は、なんだか落ち着き、懐かしさを感じる。
「……父さん?」
喉が勝手に震えた。
忘れるはずがない。
あの夜、血に濡れながら俺を庇っていた背中。
「安心しろ。今から行うのは秩序だ」
奇襲者はガード上から俺を殴り飛ばし、呆気なく防御は崩れた。
幸い、アイツらよりかは少しマシだ、貪食が抵抗してくれてる。
視界も動作も、貪食を使えば問題ない。
……動ける。だが、噛み合っていない。
奇襲者が走り出したと同時に、俺は一気に距離を詰め奇襲者の懐へ入る。
俺の踏み込みが半拍遅れた。その瞬間、父は既に俺の死角にいた。
「うぶっ……!!?」
俺は蹲り、その場から立てなくなる。
痛みや身体の強さには自信がある方だ…!
だが、これは違う……
魔力は使えず、次第に視界と動作がズレていく。
「心配はいらない。矯正するだけだ」
「そこの刺客、お前らは船を破壊しろ」
「……はい」
「俺は先に帰る」
奇襲者は何らかのスキルで黒く渦巻き、小さな黒い球体となると、船から飛び去って行った。
クソ……まだあの気持ちの悪い余韻が…!
俺達全員その場から立てれず、刺客達はなにか言いたげな表情をしながら、宙に浮かび、巨大な炎を放って船を半壊させた。
水に沈んでいく中、意識が薄れていく最後に、ガヤガヤと何かが聞こえた。
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眩しい日差し。
目を開けると、そこは錆び臭い鉄の上だった。
「おー、起きたか」
「お前さん大丈夫やったか?心配したぞ」
物凄く見慣れた人種の顔が俺を覗き込み、日差しが遮られた。
あのスキルの"違和感"はない。
アイツらは……まあ大丈夫か。
「助けてくれたのか?」
「支え合い、助け合うのが人間だろ?ほら、立てるか?」
船乗りのおじさんは手を差し伸べ、その手を掴み立ち上がろうとした。
「おっ……、最近の若い連中はこんなに重いのか…?」
「無理すんなよじいさん」
俺はおじさんの手を離して、自力で立ち上がった。
立ちくらみもないし、吐き気もない。
水に浸かったおかげで逆に気分が良くなったか?
「大丈夫か?」
「立てる、平気だ」
「それより、俺の他に誰かいたか?」
「ん?ああ、兄ちゃんの連れか?」
「そんなところだ」
「状態確認したいなら来い。と言っても、あんまり期待すんなよ」
おじさんは船の下に繋がる扉を開けて、階段を降りる。
この船、錆びた鉄板ボートだと思ってたが、まさか潜水艦だったとはな。
廊下を渡り、薄い魔光灯に照らされた部屋に連れられた。
「ま、そんなに心配するほどじゃねえから安心しろ」
頷き返し、部屋の扉を開けると、寝そべっていたのはニコだった。
「容態は?」
「熱と刺し傷だ。熱は薬で治るし、傷も感染しないように頑張ったぜ」
「残りの2人は?」
「ああ、別の船からの無線で届いてたぞ。そいつらもお前さんの連れか」
「ああ」
「なら、きっと港で会える。安心しな」
「なにからなにまで本当に助かるよ」
「別にいいさ、そんじゃあ俺は魔動力を起動するから、好きに回ってくれ」
そうして船乗りのおじさんは、部屋から立ち去っていった。
俺はニコに近づき、側で座る。
「死ななくてよかったな」
「だな……」
ニコは半目でしんどそうに話し、笑顔を見せた。
「俺、何にも出来なかったな……」
「仕方ない。あのスキルは初見殺し過ぎる」
「死ぬところだったんだ…そんな呑気な事言えないぜ……」
「だから死ななくてよかったなって言ったろ」
「今は寝てろ。悪化したら、ほんとに死んじまうぞ」
「んじゃ、お言葉に甘えて……」
俺はニコが眠りにつくまで見守り、夜中――
適当な食べ物が入ってる皿を床に置き、ニコを見ながら考える。
父が生きていたこと、そして、俺を殺そうとしたこと。
なにより、父が東の地にいるのは、確実に魔法帝が関係してるだろう。
"安心しろ。これは秩序だ"
父さんの言葉が頭から離れない。
俺は父さんを殺さなければならないのか……?
いいや、きっと、兄貴みたいに選択できるはずだ。
アイツは――魔法帝は種を殺すだけではなく、無関係な家族を巻き込んだ。
俺はまだ選べる。
この代償は絶対に死で払わせる。




