第55話断罪の果て
水の大蛇に呑まれ、着いた先は山奥だった。
拳を構える俺に対して、ザビエクは手を振り下ろす。
その瞬間、体に付着した水が重く、張り付いたように落ちなくなる。
呼吸も浅くなり、力が上手く出せない。
重い!
いや、動かせない!?
俺は構えを取ったまま、接近するザビエクに猛打を繰り出された。
鳩尾や顎、横腹。骨で守られてない箇所や衝撃が伝わる部分を正確に潰す。
「グフッ……」
ザビエクは宙を跳ね、足を振り俺の顔面を蹴る。
頭に血が昇り、脳が爆発するような痛みが襲った。
蹴りで吹き飛ばされた俺は、大木にぶつかり、木片が飛び散り、大木には砕けたような割れ目が入る。
前から思ってたが、コイツやっぱ!修羅場越えてきただけあって、スキル以前に――
反撃に出ようとすると、ザビエクは軽く受け流し、俺の腕を掴んで横腹に一撃を加えた。
コイツ自体が強い!
「スキルを発動する際に、どうして詠唱をするヤツが少ないか知ってるか?」
「ザイトライヒ…アイツがここ数年で魔法書を破壊し回ったからだ。余程、自分より強いヤツが現れるのが怖いんだろうな」
俺は腹を抑え、うずくまる。
即座に立ち上がり、反撃に出るがザビエクはただ攻撃を躱すだけ。
「今じゃ、知識のないヤツはただスキルを発動させるだけ。工夫も、技術もクソもない」
「カイもそうだろう?奪った影での瞬間移動はまして、風スキルも詠唱したこともない」
「お前はザイトライヒの術中なんだよ」
ザビエクは腕に纏う水を地面に投げ、水は地面を伝って俺の体を拘束した。
「貪食がなぜ強いか――見せてやろう」
ザビエクはどす黒い布を被った数十にも及ぶ、死臭のする女性の霊を全身から放ち、空高く飛ばす。
上空を遥か遠くまで飛んでいった霊は、見えない程高く上昇していった。
「スキル、断罪落下」
おぞましい雰囲気に、動物の鳴き声や風で揺れる木の音は、不気味な程一気に止み、森は静かになった。
「究極クラスだったかな?このスキルはかつて戦争で最も使われていた」
「発動までに数十秒かかる。今じゃハズレのスキルと言われる枠さ」
今すぐ拘束を解かねぇと!
必死に縛られた体を引っ張るが、一向に剥がれる気配はない。
そんな中、ザビエクは淡々と続ける。
「貪食が恐れられ、処刑される理由はただ一つ。複数人でやっと使える火力を1人で出せるからさ」
「だから早く使えよ、カイ。スキルを奪ったんだろう?そのスキルで、私を殺してみろ」
「ガアァァァ……!!」
声を上げながら立ち上がろうとする。
まだ落ちていない霊の圧で、チカチカと視界がフラッシュしている。
「悪魔は罪悪感を感じる必要なんか、ないんだよ」
ザビエクが冷たく言い、最後に見えたその"眼"は、完全に俺を見捨てたようだった。
ズドンッ!!!!!!
上空から降り注ぐ霊の圧力が、俺の体を切り裂き、潰し、蝕む。
5秒間の攻撃は、まるで数時間に思えてくる苦痛に相応しい。
目を開けると地面には血溜まりが出来ていた。
全身が血みどろになり、ヒューヒューと聞こえるか細い呼吸音は、自分のだと思えなかった。
「どうするんだい?」
俺の魔力の量じゃ、精々傷は全部癒せても、酷い病み上がり状態に等しい……
つまり、治癒スキルで治したとしても、勝てる見込みはない。
俺はゆっくりとその場から立ち上がり、笑みを浮かべた。
「ザビエク……答えは"いいえ"だ!」
9割近くの魔力を消費し、治癒スキルを使った俺は完全に立ち上がった。
「残念だよ」
ザビエクが水スキルを放った瞬間、俺は手の平から鉄を生み出し、大きく広い鉄の盾へと変形させた。
「その防御も時間の問題さ」
強力な奔流のように放つ水を防ぎながら、俺は風の詠唱を唱える。
「風よ、我が意思に従え。流れを束ね、刃となり、我が前を阻むものを穿て!」
――だが、不発に終わった。
「罪悪感が仇になったな!カイ!」
鉄の盾は崩れ始め、魔力がなくなり意識が薄れていく。
俺は自分の道を選んだ。
後悔なんてない。
俺は水に呑まれた。
津波のような水は俺を巻き込みながら、高い崖へと俺を吹き飛ばす。
ただ無力に落ちていく俺を、ザビエクは見ていた。
「また会おう」
「"カイ"」
ザビエクは崖から背を向け、立ち去っていった。
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火、火花、暖かい、焼き魚の匂い。
溜め息、目線。
俺は……寝転がっている?
全身に野太い針を刺されたみたいな激痛に耐えながら、俺はゆっくりと目を開いた。
「起きた?動くなよ、死にかけだし」
「ん?礼はいらない。魚焦げるから黙って寝てろ」
短く肩までもない茶色の髪。
軽装で、武器を持っている様子はなく、女は寝ている馬に背もたれていた。
この安定した治療――
この女、手慣れてるな。
「なんで助けた…」
「理由いる?目の前で死なれちゃ、気分悪いだろ」
「……化け物だぞ。俺は」
「化け物なんか散々見てきたっての」
女性は焼いていた魚を、大きな一口で齧る。
女性というより、仕草はまるで少年みたいだ。
「お前、名前は?」
俺は無言を貫き通し、女性は心配したのか、近づいて俺の顔を覗き込んで来た。
「俺はニコ。名前、覚えてる?」
「言いたくないだけだ…」
「なんだよそれー、もしかして指名手配?」
体がビクッと動きかけるが、その事はもう済んだ話だ。
助けてくれた人だ。名前くらい言ってもいいか。
「カイだ…」
「うん!よろしくな」
ニコは手を出して握手を求める。
「動けねぇの知ってんだろ…」
「あ、ごめんごめん」
ニコは座り、寝てる馬に背もたれる。
「なあ、カイ。どうしてそんな怪我したんだ?」
「崖から落ちた…」
「いやいや、思いっきり魔力の攻撃あるし」
「魔物にやられた…」
「ここら辺はもう魔物いないから……」
コイツ、馬鹿そうなのに、こうも騙せないとは。
「言いたくないならいいや」
俺は無言のまま何も返さず、30分後ぐらいだろうか、気まずいのか、ニコが話しかけてきた。
「……こういうの慣れてないだけだ。変な意味じゃないからな」
「急にどうしたんだ」
「俺、男の人と話した事ないから。俺の村じゃ、同い年みんな女の子だったし」
「……その村は、まだあるのか?」
「え?うん」
その言葉を聞いて何故か安心した。
「家族、元気にしてるといいな」
「そうだなー、最近会ってないしなー」
ニコは俺が話してくるのが相当嬉しいのか、笑みを隠しきれていない。
なんだろう。
やんちゃな男子小学生を相手にしてるみたいだ。
「んじゃ、俺は寝るから」
「おう!」
目を瞑り、焚き火の音だけを聞いて眠りについた。
かなり寝ていたのもあるが、すぐに目を覚ましてしまい、目を擦りながら立ち上がると、ニコは馬に背もたれながら寝ていた。
「あんな高さから落ちたのかよ」
崖は首を真上に上げないと見えないほど高い。
体力も傷も、昨夜でほぼ治ったのか。
落ちた時の尻の青アザだけ気になるな……
そんなことを思いながら、ポケットに入ってあるクッシャクシャの地図を開く。
コイツが起きたら礼言って、さっさとあの風車の村に行かねぇと。
あの時の水で濡れて、それに加えて激しい動きをしたから、地図は開いた瞬間一瞬でビリビリとなりオマケに色が落ちている。
困ったもんだ。
方位磁石は、魔物の影響でよく壊れるし、記憶頼りで行ってもいいが、あの風車の村は一度しか行ってないから道を覚えてない。
「………」
腹の音が鳴る。
なにより腹が空いた……
金は…落ちた時に失くした。
だから地図も買えない。
今は彼女と共に進むしかないのか…?
日が昇り、鳥が鳴き始めた。




