第53話喰われていた記憶
「私はね?一輪の薔薇にしか興味ないの」
美帝は本気だった。
そう言った自分も恥ずかしいのか、頬を太陽のように赤らめ、すぐ目線をそらす。
「……こういうの、柄じゃないわね」
美帝は距離を取り、わざとらしく咳払いをした。
今の行動について、問い詰めようとするが、ここである危険性に気付く。
まだ美帝のスキルについて知らない。
もしここで、下手に質問を続ければ、術中にハマってしまうかもしれない。
「そうやって、俺を洗脳するのか?」
「もーー、あのさ?あなた…本当にモテないでしょ」
「俺は五帝について聞きに来ただけだ。お見合いだと思ってるのか?」
「フン…!まあいいわ。そこまで警戒するなら……」
美帝は立ち上がり、ゆっくりと首飾りを外して指輪をつけた。
「確認して?魔力、封じられてるでしょ?」
確かに魔力はない。
スキルも発動出来ないし、魔道具も起動できないだろうな。
「それで、私に聞きたいことは?」
「"名無しの帝"だ」
俺がここ数十日で調べた中でも、五帝の最後の一人だけ、何の情報もなかった。
唯一判明したのは、老けない事――
ここ、百数年は生きているらしい。
すると美帝はちょっと困った顔をして、微笑んだ。
「あー、言っちゃいけないのよ」
「なんだと?」
「私……いや、その名無しの帝を除く、他の帝みんなそいつの事知らないのよ」
「は?仲間じゃねえのかよ。まさか、庇ってんのか?」
「私と五帝を一緒にしないで。詳しく言ったら、あいつのスキル?か、呪いか知らないけど、言ったら死んじゃうのよ」
「言ったらダメなんだろ」
俺は側にあった紙ナプキンを取り、美帝の前に突き出した。
「書けよ、情報」
「あいつに関する情報がないのは、それを知ったり、もしくは思い出したりしたら死ぬの」
聴覚や視覚を変化させ、美帝をじっくり観察するが、こいつは本当に嘘をついていないらしい。
心拍も、視線も泳いでない、冷や汗一つもかいていない。
「八方塞がりか」
「そうよ、だからあいつに関する事は諦めて。他に聞きたい事はない?」
甘い声で囁き、ワインを小さく一口飲む。
「魔法帝とザイトライヒについてだ」
「いいけど、私そこまであの人達と仲良くないから期待しないで」
「嘘はつくなよ。いつだって分かる」
「あなたから魔力を感じてるから分かってるわよ」
美帝を手をパンパンと上品に叩き、黒いスーツを着た執事が、部屋の外からやって来た。
「私と彼に軽い食事を」
「かしこまりました」
軽くお辞儀をして執事は準備をしに行く。
「そういえば、聞き忘れてたがなぜ俺に興味があるんだ?」
「それはね……」
「あなたが特別"強い"から。"貪食"の力に、隠された肉体。毒帝と力帝を倒した男に惚れない方が変でしょ」
「なんでそんな見つめてくるのよ……さっ!とっとと話しましょ!」
美帝は姿勢を崩し、足を組み直して、会話を続けた。
「婚約してたけど、魔法帝のスキルは知らない。でも、複数のスキル――つまり魔法を使ってくるのは知ってる」
「例えば?」
「そうね、炎だったり水だったり、平均並みに使えるそうだけど、工夫が凄いのよ」
「居場所は?」
「さあね、離婚した後は私から離れちゃったし、そんなの知らない」
「失礼します」
執事が料理を持って現れ、俺と美帝の前に置き、立ち去る。
「次はザイトライヒね」
美帝は運ばれた菓子を一口齧り、美味しいのか口角が上がってある。
だが、ザイトライヒの話になった瞬間、声は低くなり、まるで怯えているかのようだった。
「"ザイトライヒは最強"。スキルの爆破には誰がどうやっても勝てないわ」
「見たのか?」
「ええ、彼自身の魔力量、スキルの威力。全てが過去最高の逸材よ」
「居場所は……確か、この大陸の反対側かしら?任務っていうか、彼の趣味だけど、悪魔崇拝の人達を片っ端から殺し回ってるわ」
「他には?」
「ザイトライヒはスキルとは別で、魔法も使う。代表的なのは飛行魔法」
「言えるのはこれだけかな」
魔法帝とザイトライヒについては聞けた。
魔法帝の居場所はあのエルフに聞くとして、あともう一つ聞きたいことがある。
「美帝」
「な、なに?」
「お前はどんな人間だ」
美帝は誇らしく胸を張り、髪をかき上げた。
「私?生まれもった姿でみんなを元気づける……」
「そんな事じゃない」
「名前、過去、お前を信頼するには、そのくらいの情報を言ってくれ」
「不平等だろ?お前は俺の帝殺し…俺の過去も知ってそうだしな」
一瞬で彼女の表情は暗くなる。
「名前はいいけど、過去は言わないわ」
「そうか。言えないほど残酷な事をしてきたのか?毒帝は稀血の人体実験、力帝は饗宴島」
「もし、お前が悪人なら俺はお前を殺す必要がある」
美帝の顔は怒りに満ち溢れ、目を見開いて指輪を引き抜いた。
「"アタシ"は!"悪人"じゃない!!」
俺は机を蹴り上げ、その拍子に倒れる美帝に拳を振るう。
「美しき記憶よ!私を守って!」
美帝の腹に拳が当たる寸前――
俺は綺麗に広がる草原にいた。
クソッ……!
瞬間移動か!?いや、でも、ここは、何か懐かしいような……
「お母さん!こんな所にいたよ!」
後ろから青年が声を上げ、ふと、後ろを振り返るとそこには懐かしい女性がいた。
「母さん!」
自分でもこんな声が出るとは思わなかった。
こんなに涙で震えた声で母に呼び掛ける。
「カイ、ダメよ!勝手に出ていったら!」
母は自分の足元にいたハイハイをして泥だらけの赤子を抱き上げる。
これは……過去の記憶か?確か、母さんの隙を見て外に出た時か。
「お母さん、カイはまだ赤ちゃんなんだからちゃんと見ててあげてよ」
見知らぬ青年がそう言う。
この子は誰だ?近所にいたか?こんな子。
「見つけてくれてありがとうねー、お母さん、ちょっと目を離してて……」
「はぁ、俺もうあと1ヶ月で出て行くんだから、しっかりしてよ」
「そうよね……」
母は赤子の俺を抱っこし、優しく揺する。
そんな俺は無表情で、今思えばかなり不気味だ。
すると母は青年に俺を譲る。
この青年も、もういない。
そう思った瞬間だった。
「カイ、ザビエクお兄ちゃんにありがとう言えるかな?」
――は?
鼓動が速くなる。
冷や汗が止まらない。
聞き間違えか?いや、違う。
この瞬間、貪食で消えた記憶が鮮明に蘇る。
こんなことを忘れていたのか。と感じるが、そんなことよりも――
兄がすべてを壊した。
村、家族、そして俺自身。
アイツはあの時、寂れた倉庫で話してくれた。
アイツは、家族がそこにいると知っていながらも、"貪食"なのにも関わらず、俺達を見捨てた。
"見殺しにした"
怒りは、なかった。
ただ、胸の奥に冷たいものが突き刺さった。
気付けばそこは客間。
俺はうずくまり、ただ泣いていた。
「……誰しもが、過去を思い出したいわけじゃないの」
「私にはあなたみたいな楽しい昔はなかった。ずっとずっと、変な大人達に囲まれてた」
美帝はうずくまる俺の背中を優しくさすり、耳元で言う。
「……思い出してしまった以上、もう戻れないわね」
自分の無力感と、感情に、俺は押し潰された。




