表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生スキル『貪食』  作者: とまてるの
第四章贄の儀式
53/66

第52話薔薇に選ばれた男

客席のざわめきが、波のように揺れていた。

貴族らしき着飾った男女、商人、平民――身分の差など最初から存在しないかのように、皆が同じ方向を見つめている。


舞台の天井から無数の魔導灯が垂れ下がった。

光量はゆっくりと落ちていく。

観客の視線は、いつの間にか一点に集まっていた。


――カン


どこかで小さく、澄んだ音が鳴る。

それを合図に、重厚な幕が軋む音を立てながら、左右へと開いていった。


現れたのは、豪奢という言葉では足りない舞台装置だった。

石造りの城壁、深く描き込まれた森の背景、床には淡く魔力が流れ、まるで“本物の世界”が切り取られたかのような錯覚を覚える。


舞台中央に一人の少女が立っていた。

背筋はまっすぐ、剣を模した小道具を携え、呼吸一つで空気が変わった。


次の瞬間、音楽が流れ出す。

低く、重い旋律。

少女は一歩、前へ踏み出した。

そして――語り始める。

声は澄んでいて、震えがない。

言葉一つひとつが、客席の奥まで正確に届き、観客の意識を物語の中へ引きずり込んでいく。


剣を振る仕草は無駄がなく、身体の軸が一切ぶれない。

演技というより、訓練された“動き”だ。

剣術が得意だと言っていたのは、伊達じゃない。

舞台が進むにつれ、観客の反応が変わっていく。


息を呑む音。

誰かが涙を拭う気配。

笑い声すら、計算された間で自然に引き出されていた。


そして、クライマックス。

少女は天を仰ぎ、叫んだ。

その声に合わせるように、魔導灯が一斉に輝く。

舞台全体が黄金色に染まった瞬間、カイの胸は高鳴り、思わず息を止めて見入ってしまった。


幕がゆっくりと降りる。

一拍の沈黙。

次の瞬間、割れんばかりの喝采が劇場を満たした。

歓声、拍手、称賛の嵐。

誰もが心から満足そうに笑っている。


ここはおかしい。

こんなにも完璧で、こんなにも幸福で。

その中心に、五帝の一人――美帝がいるという事実だけが、どうしても喉に引っかかった。


演劇が終わると、照明が照らされ観客達は、席から立ち上がって帰っていく。


とりあえず呪詛師の娘に会うか……


演劇場の観客席に清掃員が入ってくる。

素早く席に身を潜め、薄暗い視界のおかげで奇跡的にバレてはいない。

そして、スタッフや役者達の休憩場に侵入し、聴覚を変化させて娘を探る。


あの鼓動、声、呼吸。

これを覚えていれば、大抵は見分けがつく。

部屋には一人、化粧直しをしてるのか。


楽屋の扉を開け、椅子に座って鼻唄を歌っている女の子に近づく。


「スタッフさん?あたし、言いましたよね?美帝さんに言いつけますよ」


そうして不機嫌な様子の少女は、後ろを振り向いた。

母に似た黒い瞳に写る男の姿は、まるで人間の皮を被ったバケモノのように見えた。


俺と少女の視線がぶつかる。互いに一瞬、言葉を失った。

ここで声をかけるべきか、立ち止まるべきか――瞬間の判断で、この場の全てが決まりそうな緊張が体中を駆け抜けた。


「だ、誰……」


だが、少女はその男に見覚えがある。


「お前…」


俺も同様、少女に既視感を覚えていた。

初めて呪詛師に会った時、背後にいた少女だ。


「あなた、お母様とお話をしてた……というか、どうしてここに?」


「お前の母に言われてきた」


言い終えると、彼女は立ち上がり、手元の小道具のハサミを握った。


「お母様に、『連れてこい』って言われたんでしょ!あたし……もう帰らないから!」


小さく震える声が漏れる。眉間に皺を寄せながらも、瞳は強く光り、心の中で揺れる不安と覚悟を隠し切れていなかった。


「お前の母に伝言を頼まれた。すまなかったって」


「……あたしはもう帰らないと伝えてください」


なぜそこまでして母を拒絶するのか。

初めて呪詛師に会ったとき、背後でじっと見守っていた少女は、まるで騎士に守られる姫のように見えた。


「俺には関係ないかもしれないが、どうして……家出を?」


「家出なんかじゃない!夢を叶えるために出て行ったんです!」


少女は声を震わせながらも、眉間に力を入れ、目を逸らさなかった。


返す言葉はなかった。ここはただ相槌を打つしかない。


「わかった。ところで名前は?」


彼女は一向に言わず、その眼は先に名乗れと言わんばかりであった。


「カイだ」


「あたしはマリエル。美帝さんの一番弟子です」 


一番弟子?

美帝のスキルか何かで、洗脳されてるに違いない。


「演じるのは好きか?」


「はい!」


その輝かしい笑顔を、洗脳されているというのには無理があるな。

流石に今回ばかりは呪詛師が彼女を束縛し過ぎている。

帰ったら一言文句言ってやるか。


マリエルの言葉を聞いて、あとは美帝と接触をしようとマリエルに背を向けた瞬間。

黄金に輝く髪に、青い目をした絶世の美女が扉を開けて現れた。


胸元が空いたロングドレスに、謎に美帝の周りに黄金が纏っている。


「美帝さん!」


マリエルは満面の笑みを見せながら、美帝の胴へと抱きついた。


「やあ、こんにちわ」


「"カイ・アルベルト"」


なぜ俺の名前を知っている。

焦りや混乱より、先に殺気が生まれる。

ここでヤツを殺さなければ、また面倒事に巻き込まれる。


ここで仕留めなければ、また同じことの繰り返しになる。

そういう予感だけが、胸の奥で蠢いていた。


それを感じ取った美帝は慌てて両手を振って否定し始めた。


「違う違う!私は微塵も敵対するつもりはないよ!」


こんな必死に否定するとはな……


「それに…あなたは、もう十分に壊れてる。これ以上壊す理由が、私にはない」


すると一瞬の間に、美帝は俺の耳元で囁く。


「わざわざ、気に入ってる男の子襲うわけないでしょう?」


「敵に色目を使うほど哀れな女だったとはな」


「び、美帝さんに酷いこと言わないでください!」


マリエルがそう言うと、美帝はまるでマリエルを妹のように、優しく頭を撫でた。

その姿は、五帝だとは思えない。

何処か、汚れを知らない町娘のようだった。


「コラコラ。そんなにシワを寄せちゃ、可愛い顔が見れないじゃないか」


撫でられたマリエルは妬ましい表情を浮かべ、俺に見せつけてくる。


「どうも思わねぇよ」


美帝は撫でる手を止め、両手を合わせて一見変わって真面目そうに言う。


「それじゃあ、私がここに来た理由を説明しよう」


確かに、美帝がわざわざこの小娘のために、時間を割くとは考えづらい。

偶然ではなく、必然だったのか……


「私に会いに来たんじゃないんですか?」


「それもあるけど、6割位はあなた目当て」


美帝は俺のこめかみに指先を当て、後ろへ回り込む。


「私について来て」


「"取り引き"しましょ」


酒に酔うような感覚だった。

心地よい、というより――危険なのに、目が離せない。


「じゃ、行きましょ。マリエルちゃんも、他のみんなに元気か伝えといてー」


「はい!"一番弟子"である私にお任せを!」


俺と美帝は楽屋から出て、黒く上品な扉を閉めた。


「ほーら、私のVIPルームに連れてってあげる」


美帝は俺の手を取り、廊下を進み始めた。


なぜだ。なぜ、さっきからコイツの殺意を感じない?

きっと何か裏がある。今まで相手をしてきたヤツらはみんなそうだった!


だが敵意がない人を――ましては、スキルを使っている気配も感じない女を、ただの直感で殺すのか!?


そんな事を考えているうちに、VIPルームへと辿り着いた。

客間であるここには、フカフカのソファーに、ワイングラス、それに加え、一面のガラス張りからの日差しが、彼女を明るく照らしていた。


「お高いワインがいい?それとも、水?」


「何か入ってそうだからな」


彼女はにやりと微笑み、ピンク色の唇から放たれる言葉が、刃のような鋭さを放つ。


「毒帝のスキルも効かないクセに……」


口元を手に当てて笑うその姿は、絵画で今後も語り継がれそうなほど、美しい。


「お前何処まで知ってやがる」


「大丈夫、アルダさんもハンさんも、私にとってはただの雑草」


美帝は互いの鼻息が当たる距離まで近づき、真っ直ぐ俺の茶色の瞳を見た。


「私はね?一輪の薔薇にしか興味ないの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ