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転生スキル『貪食』  作者: とまてるの
第四章贄の儀式
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第51話黄金の舞台と、疑いのない喝采

グラドマウンテンの濃い霧に呑まれ、俺は再びあの館へと訪れた。

霧の奥から姿を現した館は、前に来た時よりも小さく見えた。

それが距離の問題なのか、それとも――中身が壊れ始めているせいなのか、俺には判断がつかなかった。


手紙の内容は"助けてくれ"の一言。

あいつに貸しなどないが、俺をここまで進ませてくれたのは確実にあの女のおかげだ。

ここで見捨てるほど、俺は腐ってない。


館の門の鐘を鳴らそうとすると、門が開いているのがわかった。


襲撃されたのか?状況だけ見て無理だったら帰るか。


門を潜り、館の玄関を開いて中に入ると、床には割れた薬瓶と書類が散乱し、鼻を刺すような薬臭と、微かに焦げた匂いが混じっていた。

ただ荒らされたというより、"ただ感情的に暴れた"ようにも見える。


「一体……」


無意識に言葉が出ると、視界の端から幽霊の執事が出てきた。


「か、カイさん!」


執事は俺に近づき、生温い手で俺の手を取った。


「じゅ、呪詛師様が!」


「殺されたか?それとも、実験で死んだか?」


執事が口を開き、何か言うと思ったが何も言わない。

ただ、着いてこいと言わんばかりに進み始めた。


「見た方が早いです…」


先日とは違く、二階に上がってすぐ左の部屋へと招かれた。

扉を開け、俺は疑うことなく部屋へと入る。

部屋は薄暗く、女性の啜り声が大きく響く。


寝室か?


奥に進むと、ベッドで丸くなった呪詛師を見つけた。

全身を覆い隠す黒い衣装は着けておらず、青白い不気味な肌と、男を惑わすような美貌が現れた。

その姿を見た瞬間、胸の奥が僅かにざわついた。


いつも余裕と狂気を纏っていた彼女から、完全に“強者の気配”が消えていたからだ。

もし今ここで刃を向けられても、彼女は避けられない。

そんな確信が、嫌になるほど自然に浮かんだ。


「来てくれたか……」


「恋人の愚痴なら帰るぞ」


「い、いや、ただ、手助けをして欲しいのだ。お前にも当然、利はある」


「なんだ?」


呪詛師が涙を拭うと、またボロボロと泣きながら喋り出した。


「私の娘が――愛しき娘が独り立ちをして、演劇の場へと向かったのだ。だが、そこにいる雇用主が不安でな……」


「あー、わかった。それで?」


まるでどうでも良い母親の愚痴を聞くように、俺は適当に受け流した。


「雇用主が五帝の1人、"美帝"なのだ……」


「美帝?」


その名を聞いただけで、頭の中に嫌な予感が広がる。

五帝の中でも、彼女だけは意図的に接触を避けてきた存在だった。


「ああ……」


魔法帝を調べた時に、関連として彼女も出ていた。

確か、魔法帝の元妻だった女性だ。

だが、力帝や毒帝と違い、彼女はただの善人。悪い噂も聞いたことがない。


「俺に何をして欲しいんだ?」


「話が早くて助かるよ……」


呪詛師は話を続ける。

ふと、目に入った娘との写真が、呪詛師との関係を表していた。


「あの娘は呪詛師としての才能が無くてな…"あの人"に似て剣術が得意なのだ。そして、成熟した我が娘は演技の道を進んだ」


「だが、彼女が選んだ先は美帝の王国、"アウレリア王国"」


「何がそんなに心配なんだ?」


「幾年も私の元に離れなかった娘が、世で上手くやっていけると思うか?」


こいつの子か…確かに無理だろうな。


「いいや。上手くやっていけないだろうな」


「だろう?それに、私が様子見をしようとしたら、酷く断られてしまってな……だから、カイ。君が行ってくれないか?美帝にも会えて、情報も聞き出せる」


「そうだな……」


俺は悩む。

理屈だけで言えば、断る理由はいくらでもある。

だが、この話を逃せば、俺は一生“美帝”と向き合う機会を失うかもしれない。

こんな本当にどうでもいい事に時間を裂きたくないが、唯一コンタクトを諦めた美帝と話せる可能性がある……


アウレリア王国は北西にある離れた大きな島国。

気候もよく、美帝を崇拝しているのを除けば、俺でも住みたいと思える場所だ。


「受けてやる」


「本当か!?」


呪詛師は俺が数回見た中で、初めてとてつもない笑顔を見せてきた。


「移動は――」


「もちろん私が送迎する!魔法馬車でひとっ飛びさ!」


呪詛師のテンションにドン引きしながらも、返事をしてアウレリア王国へすぐ向かう事になった。

魔法馬車は他の馬車とは違く、馬が紫色の魔力で形成されていて、何処かいい匂いのする木製の座席に乗り、アウレリア王国へ出発した。


「ところでカイ」


「ん?」


出発してそろそろというところ。

呪詛師は真面目な顔をして話し掛けてきた。


「私の代わりに娘に謝ってくれないか?」


「いいが、一体何したらそこまで嫌われるんだ?」


「私が…そのな。しつこく言い過ぎたのだ」


「そうか」


それ以上聞くことはなく、魔法馬車はアウレリア王国の正門のすぐ隣に着地した。

帰る時は呪詛師がくれた石を破壊すればいいらしい。

そして別れを告げることもなく、俺は魔法馬車を降りる。


「ここがアウレリア王国か」


澄んだ空気と穏やかな風が、これまで訪れたどの国とも違う印象を与えていた。

美帝を崇拝する国――その言葉とは裏腹に、平和そのものの景色が広がっている。

まるでパレードが行われているのかと、そう錯覚するほど賑やかだ。


一番怖いのは、ここにいる皆、全員が本当に幸せそうにしていること。

不満を口にする者が、一人もいない。

それが、この国の異常さだった。

饗宴島と比較すると、天と地以上の差がある。


「そこの兄ちゃん!旅の者だろ。食ってけ」


ハゲの商人がりんごを投げ渡し、反射的に受け取ってしまった。

毒もなく、呪いもない。

ただの、甘いりんごだった。


その商人はすぐ人混みに呑まれ、俺はなにも言えず、りんごを持ちながら目的地へと辿り着いた。


大きな演劇場にある広告には美帝のモデル写真が、バカみたいに掲載されている。

こうして見てみると……確かに美しい。

彼女の下で働けば―― 


な、なんだ?今のは。


ドキドキと心臓が跳ね上がり、この感覚が何か知っている。

美帝のスキルも未知数。こいつの顔を見るのはやめておくか。


入り口付近には、12時に公演予定と掲載されている。

確かめる術はないが、この公演に娘は出るだろう。

もうすぐ公演だ。なんとかして会わなければ。


演劇場の中に一歩足を踏み入れた瞬間、外の喧騒が嘘のように途切れた。


高い天井から垂れ下がる魔導照明が、柔らかな金色の光を落としている。

派手ではない。だが、どこか“計算された美しさ”があった。


赤を基調とした客席は段状に広がり、既に多くの観客が腰を下ろしている。

貴族らしき装いの者、平民風の家族連れ、旅人――

身分の差はあれど、皆の表情は妙に揃っていた。


期待。

高揚。

そして、疑いのなさ。


ざわめきはある。だが、不快ではない。

むしろ心地よい。

この空間にいるだけで、感情が“整えられていく”感覚があった。


……嫌な感じだ。


舞台上にはまだ幕が下りている。

厚手の緋色の幕には、金糸で施された紋章。

王冠を模したその意匠を見ただけで、胸の奥が微かに熱を帯びた。


意識して目を逸らす。


客席の通路を進むと、舞台裏へと続く扉が見えた。

役者や関係者が出入りしているのだろう、警備は甘い。


だが――

誰もが俺を気にも留めない。


それが逆に不自然だった。


視線を向けられないのではない。

「問題ない存在」として、最初から舞台の外に分類されている。


この演劇場全体が、一つの意識を持っているみたいだ。


幕が、微かに揺れた。


もうすぐ始まる。

その確信だけが、理由もなく胸に落ちてきた。

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