天理を編纂する暁の透鏡《アドミン・アヴローラ》
「今死ぬには惜しいな? 天才少女」
刑の執行を待つばかりだった私の元に若い女性の声が届く。
鑑定眼を使われないようにと、地下牢の中で目をふさがれていた私は声でしかその人を判断できなかった。
「お前をこっから出してやる。保釈金はもう支払った」
「……あなたは誰? クリスタリア家の人じゃないでしょ?」
両親は私が冒険者になることを認めていなかった。
そのせいもあってか、私が殺人者として捕まったと知るやいなや一方的に縁を切って来た。
だから、私を釈放しようとするこの人は実家の人間ではない。
「アタシか? アタシは——いや、その目で確かめてみろ」
スルッと私の両目を覆っていた布が取り払われ、目の前に小さな少女の姿があった。
「え……こ、これは……!」
鑑定眼によって一気に流れ込んできた彼女の情報に私の脳は処理しきれなかった。
けど何より気になったのは——。
「スズカ・ラピス——。あなた、呪われて……!」
私の親友と同じ、目の前の少女はディスパテルの呪いを受けていた。
けれど、彼女の時とは違い周囲に感染するタイプのものではなかった。
それでも呪いによって本来の力を失い、少女の姿のまま成長を止められていた。
だから、見た目と年齢に乖離があった。
そして、スズカの名前の横に彼女と同じ赤い旗印が表示されていた。
私の人生でこれを見るのは二人目だった。
「さ、これで話が早くなったな。あんたの親友がディスパテルの呪いを受けてたんじゃないかって噂を聞いてな。アタシはあいつをぶっ飛ばしたいんだ。けど、こんな体になっちまって一人じゃ相手にすんのが大変でよぉ。仲間探してんだ」
ディスパテルに対して恨みを持っているであろう私を彼女は勧誘しに来たのだ。
当然、私は断った。
復讐したところで彼女は戻ってこない。
それ以上に生きていることがしんどかったから。
「まぁ、それならそれでしゃーなしだな。だが、お前を釈放させる金はもう払っちまった。だから、お前はもうアタシのもんだ。勝手に死ぬことは許さねぇからな」
それから私は『紫苑の猫』で過ごすことになる。
けれど、部屋に閉じこもるだけの日々を過ごしていた。
ギルマスによって死ぬことを許されなかったから、仕方なく生きてきたにすぎない。
今でも生きる意味が私にはなかった。
「けどな、俺とお前は多分違う。お前の方が上等な人間だと思うぞ」
「え……」
暴風が止んで、私たちは再び地面に戻ってくる。
「どういう意味?」
「お前は生きる意味がなくてもまだちゃんと生きてる。お前と似たようなことがあったとき、俺は一度人生を自らの手で終わらせちまった。これが二回目の人生ってやつなんだ」
意味が分からなかった。
人生を自ら終わらせた? 二回目の人生?
何を言っているのだろうか。どう見てもジークは私より年下のはずなのに。
「何が言いたいかってぇと、生きてるだけ偉いってもんだ」
「それは違うわ。私は死ねない呪いにかかっているだけ」
ギルマスに死ぬなと言われただけじゃない、あの日あの時、私のレイピアが彼女の心臓を貫いた瞬間、彼女の残した言葉。
『リオちゃんは、ちゃんと生きてね』
それが呪いのように私を蝕んでいた。
最初は守る気のない約束だった。
けど一度、刑から逃れて生き延びてしまってから何度も彼女の言葉が頭の中にリフレインする。
あの子とギルマスが私を死なせてはくれない。
「何言ってんだ? この世界で呪いをかけられるのはディスパテルだけだろ。だから、それは呪いじゃない」
「っ!」
ジークは足を止めて、追ってくるイクリプスと向き合う。
過去のことを思い返していたせいで私はイクリプスの動きに気付くのが遅れた。
イクリプスが口を大きく開く、蒼色のブレスを吐き出す。
「絶対、止める!」
ジークは私を地面に降ろし、両手を前に突き出す。
空気を硬化させ、目には見えない透明な盾を形成する。
まだ王都とそう離れてはいない。
狙いは私たちとは言えこのままブレスが放たれれば、直撃とはいかないものの王都も巻き込まれる。
だから、それを防ごうとジークは体を張って前に出る。
「ダメ……!」
いくらジークがスキルを使いこなせるようになったといったところでイクリプスのブレスを防ぎきれるほどのものではない。
あれは国を消滅させられるだけの威力がある。
「はああああああああああ!!!!!!」
「———っ! うそ……!」
押され気味であるがジークはイクリプスのブレスを押しとどめている。
「俺はっ……気づいちまった……ぜ!」
歯を食いしばりながらイクリプスのブレスを止め続けているジークが私に声をかけてきた。
「生きてていい……理由がっ……目の前にいんじゃねぇか!」
「あなた、なにを言って」
「人類の七大試練……こいつらぶっ飛ばせば……俺も、お前も——胸張って生きていいって思えるよな!」
この世界に厄災をもたらす七つの存在。
それはいつか人類が乗り越えなければならない壁。
けど、誰しもそれは今じゃないとどこかでそう思っていた。
五年前、七大試練の一角、魔王レーヴァテインが討伐された。
歴史上はじめて七大試練を乗り越えられた事実に世界中が湧きたった。
そのせいでもしかしたら他の七大試練も乗り越えられると勘違いしてしまった。
現実はそう甘くはなかった。
他の七大試練に挑んだ者たちは例外なく殺されてしまった。
人は再び思い知らされる。
七大試練の恐怖を。
私もその一人だった。
「やろうぜ、ドラゴン狩りを! どうせ死ぬなら、やること全部やってからにしようぜ!」
ああ、まったく……あれはそういう意味の印なのね。
ジーク・エヴァンス。
その名の横には赤い旗印。
私が彼について来た理由。
三人目。
その全員、あまりに私の人生を大きく変えてしまう。
「あっ……やべっ……!」
空気の盾がひび割れ、今にも破壊されそうになる。
「いいわ、あなたの誘いに乗ってあげる」
私は肩に乗った布団を脱ぎ捨て、立ち上がる。
「そして、見せてあげる。スキルのその先を——」
かつて、スキルは神から賜った秘儀——神秘と呼ばれていた。
その神秘にはそれぞれ名が与えられており、その名を呼ぶことで、能力は一段階進化する。
「神名解放——“|天理を編纂する暁の透鏡”」
パリンッと音を立てて破壊される空気の盾。
私はそこに割って入る。
「くそっ! 死んだか、俺!?」
「バカね。ちゃんと私が防いであげたわ」
「——っ!? お前、リオナか?」
ジークの反応も無理はない。
今の私は引きこもる前の全盛期の肉体に戻っている。
髪は短くなり視界良好。しっかりと体に肉が付き、元のナイスバディへと戻る。
さっきまでのやせ細った姿とはまるで違う。
「なんでグラサンかけてんだ! 西日が強いとか言ってる場合じゃねぇぞ」
「え、そっち?」
真っ先にジークの目に入ったのは私のかけているサングラスだった。
「これは私のスキルを具現化したものよ。後で説明してあげるわ」
「じゃあ、そっちの髪はどうした? 失恋か?」
「ええ、三年連れ添った布団と別れたわ」
「そっか。んじゃ、あのトカゲの肉で盛大に慰安会でもしようか」
「そうね」
私たちは二人でイクリプスの前に立つ。
「お前は俺たちの——」
「あなたは私たちの——」
「「生きる糧となれ」」




